第34話 四天王

 泣いた泣いた、大泣きに泣いた。男泣きなどと格好のつくものでない、叱られた子供が泣いた時と同じ涙だ。

 後悔と懺悔の入り混じったその涙が枯れるまで、彼女はずっと黙って傍らに立っていてくれた。思えばいつもそうだった、相棒として契約をした当初からずっと、彼女はいつも僕の傍に立って支えていてくれた。けどもう終わりにしなければならない。


 兄と違い、勇無き身な自分は、自分の名でもある忠を頼りに生きて来た、だがそれも間違った忠だと心より大切に慕っていたあの方に否定されてしまった。ならばこの身には何も残っていない。そんな自分は彼女にはふさわしくない。


吉野よしのさん、今までどうもありがとうございました」

「そんな事はありません、そしてその先は言わないでください」

「どうしてですか、僕にはもう何も残っていない。元より僕は非才の身。忠義だけを胸に抱きそれを頼りに生きてきました、それが否定された今、僕には何も残っていないのです」

「そうかもしれません、ですが、その様な事は関係ございません。

 私には貴方と過ごした思い出がございます、貴方と潜り抜けた日々がございます、貴方の努力を知っています、貴方の流した涙の意味を知っています、知っているのです」

「……そうですね、僕は昔から泣いてばかりだった」

「優しい方なのです貴方は、その傍で過ごさせて頂いたのです」

「ありがとうございます吉野さん、僕の傍らにいたのが貴方でよかった」

「私もでございます」

「吉野さん、僕は今から行こうと思っています」

「分かっております、忠信ただのぶ様」

「力を捨てよとあの方に言われた身で有りながら、最後の力を振るおうと思います」

「わかっております、忠信様」

「貴方を巻き込むのは身勝手が過ぎると承知しています、ですが貴方に傍らにいてほしい」

「わかっております、忠信様」


 そうして2人は抱きしめ合う。

 忠信は砕けた忠をかき集め、最後の戦いに赴かんと。吉野は絶やさぬ信を胸に抱き愛する人を支えるため。


 2人が進むは平家の旗艦、そこで領袖の身となっている継信と屋島の元へ、これからの牛若の戦いに彼らの力が必要だと確信して。

 だが、それは困難な道だった。元より平家側の伊勢とは違い、忠信と吉野については最大限の警戒と対策がなされている。そして何よりも忠信の戦闘スタイルは待ちを得手とする狙撃手である、敵の本拠地に囚われた人質を救出する事など無謀と言って差し支えが無かった。

 だけど、2人は歩みを止めることは無かった。ゆっくりと確実にそして迅速に歩んで行った。





 ごうごうと、風がなっていた。


 みしみしと、大地が鳴いていた。


 とても寂しく、寒々しい。


 そこは、世界の終りだった。





「大丈夫ですか、主殿。何やらうなされてございましたよ」


 目を覚ますと、俺の腹を枕にゲームをしている牛若が居た。あまり覚えていないが何だか悲しい夢を見たような気もする、って言うかうなされたのはこいつが原因じゃないだろうか。


「何をおっしゃいます。某は弁慶に教えられて、急いで駆け付けたと言うのに」

「そんでもって、俺を枕にゲームしてりゃ話はねぇよ!もっとこう手を握るとかあんだろ」

「いやまぁ、そんな主殿のうめき声を枕にした弾幕ゲームとやらもなかなか趣があってよかったですよ」

「くっそむかつくなこの女は!」


 おれが掴みかかろうとすると、奴はひょいと身をかわし背後から抱き付いて来る。


「まぁまぁ、心配したのは本気でございます。何事も無く僥倖です」

「それを言うならコントロールパッドを手放してから言うと良い台詞だぞ」


 奴は、あははと笑いながら、俺におんぶされるような格好でそのままゲームをし続けた。

俺は、奴の視線を遮らないようにと首を傾け続けたので、起きながら寝違えたようになった。





 俺がこっちの世界に来て1週間。俺は相変わらずのモルモットな日々を送っている、だが、研究と言うのはそううまくいかないらしい、与一さんの様な変態は、分からないことがあればあるほど嬉しい等とのたまうが、いつ終わるともしれない研究の日々は重いプレッシャーとなってのしかかってくる。とは言え俺にできる事と言えば、指示通りに実験材料となる日々でしかないのだが。

 

 そんなある日の事だった、実験を終え、いつも通りの通路を通って自室に帰ろうとした時だ。目の前の曲がり角からスーツケースを持った誰かが歩いて来――


「全く、無防備にも程があるのではないでしょうか」


 伊勢義盛いせよしもりにとって、古巣への侵入など、まさに勝手知ったると言った所だった。例え警備システムに多少の手が加えられようとも、その施設自体が持つ根本的な方向性と言うのはそう易々と変えられるものではなかった。


 そうして、隠形術や偽造ID等を駆使し、ハードとソフトの両方を欺いた彼は、易々と施設に侵入し、呑気に予定通りの順路を通る真一を見て、いつも通りの頼りない苦笑いを浮かべていた。

 勿論罠と言う可能性もある、しかも相手には牛若が居る、基本的な戦術などは彼が仕込んだものだが、彼女の突飛な発想はとうに彼をおいて行ってしまっている。


「しかし、此処は仕掛け処ですね」


 真一は無防備に窓がある通路を1人で歩いている。周囲に人影はないし、調べでは牛若はまだ別の場所で検査に付き合っている。正に拉致してくださいと言わんばかりの絶好のシチュエーションだった。

 彼は、罠の可能性を考慮したうえで仕掛ける、彼の心算では生け捕りできれば儲けもの程度、そう考えれば非常に楽な任務と言えた。


 普段は立てない足音を自然な程度に抑えて立てる。監視カメラの目はごまかしている。 肉眼で捕えたとしても、隠形術で気配をおぼろげにしているので自分を見ても誰だか気が付くのに暫くの時を有するだろう。

 もっとも、そんな時間は必要ない、出会いがしら、通り過ぎる瞬間に首筋に手刀を浴びせる。

 ストン、彼は自分が誰と出会ったのか、何をされたのか理解する暇も無く、脳震盪を起こし気絶し――


 ビービーとけたたましいアラームが真一の服から鳴り響く、それと同時に警備システムが瞬時に反応。周囲の防災シャッターが、ギロチンの様に落下する。

 そして止めとばかりに防火装置から防犯用の追跡スプレー及び麻酔ガスが噴出された。


「これはこれは、真一さんが気絶すると警報が鳴る様に仕込まれていましたか」


 伊勢は嗅覚をシャットダウンし目も閉じる、強烈極まる悪臭は嗅神経のみならず角膜へも強烈な刺激となり、涙が止まらなくなるからだ。

 だが、彼ほどのものになれば、5感の内2つを封じられても通常行動は可能だ。


(しかし、麻酔ガスも投与とは、刺激と麻酔を同時に与えても、効果はあやふやになってしまうぐらい理解の上でしょうに)


 伊勢は、牛若の不可解な罠に多少呆れながらも、真一に仕掛けられたアラームを破壊した後、真一を小脇に抱え逃走の準備を開始――


 チカリと小さな火花が非常灯に散った。麻酔ガスは可燃性、そこに火花が散ればどうなるか子供でも想像できる。


 通路が炎に包まれた。炎は密閉空間の酸素を一気に消費つくし、そこは一瞬にして無酸素状態となる。


(無茶苦茶な!)


 スプレーもガスも、全てはこの状態を作り出すための偽装。それにしたって乱暴すぎる、後先考えないにも程がある。誘拐犯である自分のことはともかく、人質である真一の事など釣りに使う生餌以下の扱いだ。


 これほどあんまりな囮捜査なんて聞いたことも無い。と愚痴を浮かべつつ脱出路を考える。このまま時間が経てば目標は死亡して任務は達成するが、自分も死んでしまう。それだけはごめんだ。窓には防災シャッターが落ち、強力な壁となった。更に気が付くと天井から追跡スプレーの代わりに粘性の高い液体が降り注いでくる。


(真一さんを殺す気ですか!?)


 そのあまりにも容赦のない攻撃は、目標が連れ去られるならいっそ自分の手で殺してやるとでも言わんばかりの容赦のないものだった。勿論、妨害はあると想定していたが、此処までの攻撃は想定外だ。


 取りあえず、目標の命を助けるために壁を破壊する。バックドラフトが起きるだろうが仕方がない、このまま時間が経てば目標は死亡して任務は達成するが、自分も死んでしまう。それだけはごめんだ。


 スーツケースから破砕機を取り出し壁面にセットする。こんな大仰な道具は使いたくなかったが、背に腹は代えられない。今は1秒を争う事態だ。


 ボンというくぐもった音が鳴り、モンロー効果で増幅されたメタルジェットが一斉に壁面に穴を開ける。それと同時に屋外から大量の酸素が流れ込み、室内は再度火炎に包まれた。





「ふぅ、酷い目にあいました」


 煤だらけで、真っ黄色になった特殊コートは脱出して直ぐに廃棄。だが、体のあちこちに蛍光黄色のペイントと煤がへばりつき、おまけに強烈な匂いが染みついている。このままでは――


「いい格好だな、義盛」

「直ぐに見つかりますよね」

「勿論だ、しかし臭すぎるぞ貴様、近くによるな」

「それでは、見逃して頂けませんでしょうか」

「馬鹿を言うな、その生ゴミ以上粗大ゴミ未満な主殿を置いて、ついでに貴様の首も忘れていくが良い、さすれば命だけは見逃そう」

「いえいえ、普通の人間は首を忘れたら死んでしまうのですが」

「皆まで言わせるな恥ずかしい、死ねと言っておるのだ某は」


 有毒の雨が降り注ぐ寂れた街角、そこで牛若と伊勢、かつての師弟は対峙していた。


「皆の者気を付けよ、アレなるは我が師にして、罠の達人。我らは敵を追い詰めたのでなく、虎口に入り込んだと心得よ」


 牛若は、包囲陣を引きつつある弁慶や研究所の警備兵に注意を促す。


「やり辛いですね、もう少し油断して頂けると助かるのですが」


 そう言い、伊勢は真一を盾にしてじりじりと後ずさる。両者の緊張が最高潮に高まったその時だった。





「ったく、結局失敗してんじゃねーか」

「いやはや、誠に申し訳ございません」


 伊勢の包囲網の一角から、血に濡れた2振りの太刀を手に持った教経が手勢と共に現れた。


「正気か貴様?ここは一応中立都市と言うことになっているが?」

「はっ、今更だぜ小娘。とっくの昔に戦争は始まってるんだ、場所なんか知った事か」

「まぁ、その通り。某も取りあえず言ってみただけだ」


 軽口を叩くが状況が悪い、敵は教経を抜きにしてもかなりの精兵。とてもじゃないが警備兵ではつり合いがあっていないのは明白だった。警備兵3人ほどで敵兵1人を相手にできれば勝ち目はあるが、如何せん数は此方がやや少ない。教経らに時間を掛ければ真一は連れ去られてしまうだろう。


(某が教経と相対している間に、弁慶に伊勢と相対してもらう。いやとなれば警備兵は即座に全滅し……手が足りんな)


じりじりと、何とか両者を分断する様に間合いを詰めようとする。だが無論相手はそれを待ちなどしない。


「何時までぼっとしてんだ、テメェはとっととそいつを連れて行け」

「それは結構ですが、御一人で大丈夫なのですか?」

「はっ、嘗めるな下郎。こっちは2刀抜いてんだ、2対1でちょうどいい塩梅だ」


 そう言い、教経は2刀の切っ先を牛若と弁慶に向ける。ぬるりと、唯の金属の薄板のはずのそれが2頭の蛇が鎌首を傾げた様にそれぞれの視野を埋める。


「ちッ」


 牛若は、その尊大な物言いに舌打ちを付いたものの、教経の実力は本物。それは真一の世界での戦いでよく味わっていた、あの時は妙な幸運が重なり何とか互角の戦いが出来たが、今度もそういくとは限らない。教経の言う通り、2人がかりで漸く相討ちと言った所だろう。



「それじゃ、3対1ならどうだってんだ?」


 のそりと、聞き覚えのある声が闇の中から響いて来る。ごつりごつりと鳴り渡る足音は、しっかりとした大柄の男の物。差し込む光に見え隠れするその手には、歴戦を物語る使い込まれた大手甲。背丈は教経と同等だが、体の厚みは教経を半回りほど上回る、佐藤継信その人だった。


「テメェにゃ、弟が随分と世話になったな」


 ミシリと、拳を固める音が鳴る。


「他にもだ」


燃えるような闘志がはちきれんばかりの筋肉に溢れる。


「他にもテメェには散々世話になってるな」


 髪は逆立ち憤怒に満ちている。


「今ここで、その借りまとめて返してやらぁ!」


 継信は文字通り烈火の勢いで、教経へ突撃する。街角は紅蓮の炎に包まれた。





「継信さんの方はよろしかったのでしょうか」

「愚問だな、貴様の首を疾くあげてから加勢に行けばよい」


 炎に包まれた街角から少し離れた路地裏を、牛若、弁慶が伊勢を挟み込むように追走する。


 ふむ、此処までかと。伊勢は覚悟を決めた、こうなってしまえば真一は邪魔な荷物でしかない。嫌味はたっぷりともらうだろうが、自分の命に代えれば安いものだ。

 2人からは見えない位置で、真一の体に爆薬を付ける。最新の高性能爆薬だ、真一の命は勿論、上手くいけば2人にも深手を負わせられる。

 そうして準備が出来た後、真一を壁面に叩き付ける様に投擲――


「何時までも、ぐーすか寝てるわけないでしょ。伊勢さん」


 真一は牛若と長い間暮らしてきた、そして何度も何度も牛若に投げられ続けて来た。

 かつて、伊勢は語った「牛若は直ぐに自分の腕を追い越した」と。

 ならば、例え遊び半分でも、伊勢よりも腕の立つ牛若に投げられ続けて来た真一に、伊勢の投げはどう映ったか。


 真一は投げられた瞬間に身をひるがえし、伊勢の腕を両手でつかむ。そして投げられる方向に、勢いを足すように全力で伊勢の腕を引き込める。その結果2人纏めて体勢を崩しもんどりうって道路を転げまわる事となった。


 先に立ったのは、真一だ。彼は焦って立ち上がり2人に対してこう叫んだ。


「やべぇ!なんか仕掛けられた感触がし――」

「主殿そのまま」


 白刃一閃。牛若と弁慶が放ったその一撃は真一を交差する様に流れ、真一に仕掛けられた爆弾を無効化した。





「ここまですねぇ」


 伊勢は、地面に横たわったまま、降りしきる雨を顔に浴びていた。ここまでだ、ここまで長い間戦い続けて来た、自分の信念に基づき裏切り、裏切られてきた。だが、どうやらここまでのようだ。


「何か、言い残す事はあるか」


 突きつけられた牛若の太刀が、月明かりを受け美しく光る。言い残すことも、後悔も、勿論山のようにある。だがそれは彼自身に向けた言葉だった、彼の望みは彼の内に、他人にどう思われようと知った事ではないし、他人の望みなど知った事でもない。彼はそんな生き方しか知らなかった。彼の能力はそんな生き方しか彼自身に知らせなかった。彼はただ、平穏無事に暮らしたかっただけなのだ。

 伊勢はいつもの様に困った顔をして、牛若の問いに首を振った。瞬間彼の首は胴体から別れを告げた。





「駄目です、やはりシステムに侵入できません。おそらくは暗号特化型が3対がかりで防御しているものと思われます」


 牛若に別れを告げられた2人は、何食わぬ顔で平家の旗艦に戻ることにした、元々変える気のない片道旅。知盛に離反を気取られず侵入した方が。慣れない潜入工作を試みるよりも何倍も成功率が高いと踏んでの事だ。

 だが、その期待はあっさりと裏切られる。乗船した途端に平家の警邏に囲まれる運びとなった。


「どういうおつもりですか、牛若様の説得に失敗すれば即座に投獄との話は聞いておりませんが」

「俺たちもそんな話は聞いていない、俺たちが受けた命令は『あんたらが戻ってきたら捕えろ』それだけだ」


 期待は裏切られた、いやそうではない。ある意味で予想されて当然の事態だった。平知盛

と言う人物はそう言う人間だ。警戒心と猜疑心が強く、その冷静な頭脳で平家を支えている人間だ。


「そうですか、仕方ありません」

「あらあら、困りましたね忠信様」


 疑心暗鬼が溶けるまで、大人しく言う事を従うか?それも無理だ、おそらく牛若は直ぐにでも元の世界に戻るだろうとの確信が、忠信にはあった。そんな事をしていては間に合わない。忠臣としての最後の勘がそう告げていた。

 ならば、強引にでも押し通すしかない、おそらく牛若なら、継信ならそうしたはずだ。


「分かりました、では大人しく従いません」

「そうだ、大人しく……なに?」


 忠信は警邏の刺す股を引き寄せ、逆の警邏に叩き込む。それと同時に、吉野は電磁警棒を展開し、体勢の乱れた警邏の鎧の隙間に叩き込んだ。


「行きますよ、吉野さん」

「はい、お供いたします」





 艦内に警報が鳴り響く、その音は継信が捕えられている牢獄にまで響いていた。何者だと彼は思う、常識的に考えれば自由の身である牛若が救出に来たと考えるべきだが、生憎と彼の上司は常識では測れない。もしかすると彼の事なんかすっかりと忘れて、温泉に行っていてもおかしくはない。だとするとこの世界に居る彼の縁者とすればそう多くない。


(もしかして、あの馬鹿(ただのぶ)か?)


 継信は耳に意識を集中する、戦場で鍛えた彼の5感は、警報と足音の反響音から騒ぎの主が何処に向かっているのか目星をつける。


(やっぱりあの馬鹿か)


 当りだ、騒ぎの主は一直線にこちらに向かってきていた。この船の構造を知りつつ、自分を助け出そうとするものなど、彼の弟しかいやしない。


「おい!看守!何の騒ぎだ!五月蠅くて眠れやしねぇぞ!」


 継信は看守に向けてそう喚き散らす。何度も騒がれ、ついには溜まりに溜まった平家への悪態を散々と織り交ぜていくと、ついには激怒した看守が牢に近づいて来た。

 だが、継信は手枷で壁に拘束されており、前面の鉄格子に近づいても何も出来ないのは普段の生活から実証済みだった、そのはずだった。

 看守が、鉄格子に近づいた瞬間、パチンと言う軽い音がして鎖が引きちぎられた。


「ばっ!?」


 続いて驚き固まっている看守の顔面にその鎖は凶悪な鞭となって叩き込まれる。当然、看守は顔面を地に染めて倒れ伏す事となった。


「ったく、こんな常人用の拘束で安心してんじゃねぇよ。こちとら為朝の旦那を除けば、源氏無双の怪力の持ち主だぜ」


 継信はそう言い残し、牢獄から騒ぎのする方へ駆け出していった。





「継信様!こちらです!」

「なっ!?吉野さんあんた何でここに!」


 混乱渦巻く旗艦の通路を、道行くもの皆なぎ倒しながら進む継信が出会ったのは、ボロボロになり壁に寄りかかって座る吉野だった。


「裏切りの謝罪はまた後で、それよりもお急ぎください、こちらが屋島が囚われている居場所でございます」


 吉野はそう言って、一枚の地図とメモリーチップを手渡す。


「これは?」


 本国への通信手段が記されています、屋島に渡せば分かります。


「分かった。あんたも逃げるぞ!」

「私は忠信様の援護がございます、一緒には行けません」

「援護って、裏方担当のあんたに何が出来るってんだ!」

「ふふ、私にも出来ることがあります。継信様、ここに来るまで敵が少なかったのはお分かりでございますか?」

「……そういや」

「メインの警備システムには侵入できませんでしたが、忠信さまが倒した敵から拝借した通信装置より欺瞞情報を流し、敵の流れを操作しております」

「ひゅぅ、やるねぇ」

「えぇ。私にだって戦場でも忠信様の隣を歩けるのです。さぁ屋島が待っています、継信様はお急ぎ下さい」

「いや、そう言う訳にはいかねぇ。この船にはまだ教経が残っているはずだ、あの馬鹿がそん所そこらの敵に負けるとは思わねぇが、あいつだけは別格だ」

「大丈夫でございます。教経様はつい先ほど元の世界に帰還したばかり、今が最大の好機なのです」

「そいつはマジか、ならいけるか?」

「ええ、ですのでお急ぎください。幾らお2人が強くても多勢に無勢、平家はそれほど甘くはありません、いずれ混乱より収束し包囲されます、そうなってはどうにもなりません」

「……分かった、いいか!俺はあんたたちの裏切りを忘れない。だから、キッチリ2人そろって頭を下げてもらうからな!」





 継信様はそう言って、屋島の元へ駆けて行かれました。こちらを2度と振り向くことなく。えぇ、もしかしたら気づいていたのかもしれません、私はデータ上の嘘を付くことには慣れていますが、屋島の様に上手く口は回りませんから。

 教経様が帰還したと言うのは真っ赤なウソ、本当ならばそのタイミングで仕掛けられたらよかったのですが、彼の人のスケジュールは厳重に守られており、抜くことは敵いませんでした。忠信様は今まさにその教経様と戦っている最中。思い残すことはもうございません。

私も、一緒、に――

 ずるりと、吉野は崩れ落ちる。

 継信に決して見せなかった、吉野の背中には、

大きく、深い、傷が刻まれていた。





「敵勢が激しくなった、ああやはりなと思った、これも戦場の習いだ、戦友の死には慣れちまっている、だがよ、肉親の死ってのは!」


 拳を振るう、蹴りを穿つ、炎を纏った継信は全身これ兵器以外の何者でもない。

 だが、相対するは平家の武の象徴、平教経。刹那の見切りでもってそれをかわし、交差する様に着実に刃を差し込んでゆく。

 攻撃しているのは、継信のはずだが、手傷を負うのは一方的に継信のみと言う戦闘が続いた。





 あぁ強えぇ。いやそんな事は端から分かっていた、所詮俺は力任せに突撃するだけの猪武者。こいつや嬢ちゃんの様な真の兵には及ばないってことは。だが、だが!


「がッ!」


 ずるりと冷たい感触が腕を走り、ぼとりと巨大な手甲が中身ごと地面に落ちる。


 嬢ちゃんと弁慶なら、大将に出会えるはずだ、隠し玉をいくら持っていようとも、伊勢はとうに現役を退いた身。全く心配する必要はない、自分の仕事はこいつを引きつけた時点でとうに終わっている、ならばあぁ、後は好きにやらせてもらう!


「限界突破ぁ!青糸威過剰律動ぉ!」


 轟と、切り取られた右腕から炎の腕が生えた。肉の焦げるにおいがする、鎧の焦げる黒煙が上がる。継信は鎧のリミッターを解除し、残り全ての力をこの一撃に掛けた。


「敵ながら天晴。だが、平家の海はそんなに浅かねぇ」


 教経の2刀には切っ先に返しがついてある、教経はその返しに1刀の柄尻を引っ掛けて、全力で振りぬいた。

 投槍器と言うものがある、投げ槍が引っ掛かりやすいように突起、若しくは窪みが付いた単純な棒状の器具であるが、それを使用すれば素人でも、投槍の金メダリストの記録を優に抜く、飛距離と精度を出せるものだ。

ならばそれを達人である教経が使用したらどうなるか、教経から発射された1刀は音速の壁を突き破り、炎を穿った。1刀は超高音によりその身を瞬時に溶解させつつも、何とか形状を保ち続け――


「がっ」


――継信の首を貫いた。





 真一たちが、基点であった燃え盛る街角についた時には全てが終わっていた。そこには生者は居ず、ただ燃え尽きた遺体と、切り捨てられた遺体のみが転がっていた。

 牛若はその中で、片腕のない大柄な死体の前にそっと跪き、付近に転がっていた切断された右腕を合わせてやった。


「全く、堪え様のない奴よ。某が来るまで守勢に回り死力を尽くせば何とかなったやも知れずに」


 そうかもしれないし、そうでなかったかもしれない。

敵は強大で、継信は自らの誇りと義侠心を持ち、全力で戦い抜いた、その結果がこうだった。これはただそれだけの話だ。


 真一に言葉は無い、その死にざまを前に、震える拳を、強く、強く握りしめ、只々涙を堪えて立ち尽くすのみだった。「俺はここまでだ、嬢ちゃんの事、後は頼んだ」そう言われている様な気がした。





 弁慶が研究所に連絡を取り暫くすると、遺体回収のための大型エアカーがやって来た。そしてその中には屋島の姿があった。


「あーあ、死んじゃったかー、つぐっち。全く、あんたは真ちゃんみたいな特異体質じゃないんだから、そんなになったら死ぬに決まってんじゃない」


 屋島は、継信の遺体を前に、そうさらりと言ってのける。


「済まない、屋島さん。俺がさらわれたばかりに……」

「あー、良いの良いの。そんなこと言ったら私達だって平家にさらわれたおまぬけさんだしねー、お相子お相子ってなものよ」

「でもっ!?」


 ぶちゅりと、謝罪の言葉を続けようとする真一に対し、屋島は突然舌を絡ませる濃厚なキスをしてきた。


「なっ!屋島!突然何をやっておる!」


 ガバリと、牛若は突然の奇行を起こした屋島から真一を引き離す。


「えっへっへー、そーそー、牛ちゃんたちはそうやってわいわい騒いでるのが似合ってるって。あの馬鹿も湿っぽいのは苦手だしさ『戦場の習いだぜ』って野太い声で一礼したら後は元通りだよ」

「屋島……」

「私もおなじさー。なんたって私は医療用アンドロイドだよー、自慢じゃないけどこの中じゃ誰よりも私が一番、人の死に触れて来てる。その私が保証するよ、この馬鹿は自分の思いに正直に生きて死んだって、だったら認めてあげなきゃ、こいつの旅の終わりをさ」

「そういう、ものなのか」

「そーそー、そんなもん。そりゃ人が、それも身近な人が死んだら悲しいに決まってるけどさ、いいんだよそれで、ずどんと一発悲しんで、そしたらケロッとまた明日でいいの。自分の性だとか変に抱え込まなくったって、こいつは好きにやってたんだから問題ない。自分のお尻は自分でふける男だよこいつは」

「そうか、でも、悲しいよ」

「うんうん、よしよし、泣くがいいさ若人よ。そして涙が枯れたらまた立ち上がればいい、どうしても無理だって言うのなら、また私がキスしてさしあげよう」

「ははっ、いや。もう大丈夫。ありがたいけど遠慮しとくよ、何かと心臓に悪い」

「はっはっはー、世の殿方にはアンドロイドとの浮気はノーカンって人も多いよ、まぁ真ちゃんの場合は、牛ちゃんがついてるから駄目だろうけどねー」


 そう言って屋島は、慈愛に満ちた微笑みで、真一の腕を離さない牛若を見つめた。継信が最も大切にしていたもの、最も心配していたもの、最も守りたかったものたちの行末を見守る様に。

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