第33話 世界を救う研究所
「うっわ!ほんとに普通だ!異常なのに異常がない!異常がないのにこれ以上ない非常識!ほんとわっくわくしますねー」
ルンルン気分で俺の体をいじくる与一さん。正直おっかなくてたまらないが、そこは八正プロジェクトの主任研究員。彼女は、動きに淀みや迷いなくテキパキと検査を進めていく。
「そう言えば与一さん。ここには平家側の人間は居なかったの?」
「あー勿論いましたよ。ウチは源氏と平家が3割、残りの4割を中立の北条が出資した研究所ですからね。けど彼らは何も知らされておらず、騒動のあと政子様が全員と面談をし「平家に帰るか、それとも唯一人の研究者として残るか」結論を出させたんですよ」
それで、結果は半々と、まぁ暇つぶしの話題だ。しかしそうやって不可侵条約を無視して戦乱を招いた責任として平家の影響がそがれたおかげで、現在この研究所は源氏が支配していると言ってもいい。
検査についてだが、今の検査は唯横になっているだけで暇な事この上ない。ただ、今後のスケジュールでは、牛若に参加してもらい、俺の八正としての能力も検査することになっている。
「ところで与一さん、八正のコアって何なんですか?」
ふと、以前から気になっていた疑問を口にしてみる。俺の心臓である八正、そのコアは平家所縁のブラックボックスとしか分かっていない。だが、主任研究員である彼女なら何か知っているのかもしれない。
「んー、極秘情報なんですが、平家と袂を分かっちゃった今ではアレですよね。それにまぁ大した事は教えられないんで佐藤さんになら言っちゃいますか」
「大したことじゃないんですか」
「正確には大したことはわかないですけどね。八正のコアは小さな青緑の鉱石です」
このっくらいのと、彼女は指先が付くかつかないか位の隙間を開けて俺に示した。
「それが俺の胸にあるんですか」
「そうそう、以前行った弁慶さんのスキャンでは発見できなかったんだけどね。今回のスキャンではほら」
そう言って彼女は画像を拡大する、そうすると胸の中心に極々小さな光点が見えた。
「この米粒大のがそれです、おそらくは報告にあった木曽義仲の八正を取り込んだことで大きくなったのだと思われます。それが全てのコアに共通する性質なのか、佐藤さんと一体化したことで、その様な性質を得たのかは残念ながら希少素材のため実験の許可が下りなかったんですけどねー」
「まぁそりゃ、当然でしょう」
「コホン、話がそれました。で、その石が何の鉱石なのかは、私達には知らされてませんが。それには次元に干渉する不思議な効果がありましてね」
「次元に干渉って、八正空間のことですか」
「そう、その効果を利用して虚数次元にいるGENを現実次元に引き上げていると言う訳なのです」
「じゃあ八正ってのは、その石の効果を増幅するための装置なんですね」
「せいかーい」
「それじゃ、お尋ねついでに聞きますが、俺を分析してシステムの解明がなされた後はどう応用する予定なんですか、まさか……」
「あははは、流石に人体実験は許可されてませんからね、そこは取りあえずアンドロイドの方にご協力頂く事になっています」
「それって、大丈夫なんですか?」
「んー、成功するかはともかく危険性は低いと思いますよ。機械の体に機械を埋めこむだけですからね。人体に変なパーツを付けて心臓代わりに動かすなんて離れ業と比べたら天と地の差がありますね」
「はは、まぁそりゃそうですけど」
その答えには、苦笑いでそう答えるしかなかった。
もぐもぐと自室にて1人飯を食らう、自由で誰にも邪魔されないのはいいことだが、肝心の飯が正直言って不味い。こっちに来た日に食べた牛若お帰りパーティの料理は普通に上手かったから、文化の違いじゃなくて、食材の違いだ。具体的にはこの合成肉、科学100%の無機質な味わい……有機物を食べているんだが。
まぁ食肉の牛1頭の飼育に、人間の約40人分の穀物等の植物を必要とするとかの話を聞いたことがある。この世界で天然ものと言うのはどれ程高価かと言うのが、胃にしみてわかる話だ。
窓から外の世界を眺める、今日も今日とて雨模様。それでも一度くらいは外に出てみようかと相談したが、お勧めはされなかった。理由は危険だから。
それは、治安の問題でもあるが、より重大なのは健康上の問題。俺の(この世界の住人と比べ)脆弱な呼吸機能では重篤な健康被害をもたらす可能性があるとの話だ。
全く、こちらの世界は酷く世知辛い。
「主殿ー、入りますよー」
そう言ってノックと同時に入室してくる牛若、その背後には弁慶さんもいる。
「おう、お疲れ。牛若は今終わったのか」
「そうです、全く報告書なら弁慶が出しているのに、某から直接所感が聞きたいとせっつかれまして」
牛若はやれやれと首を回しながら、机の向かいに座り昼食を並べる。いざとなれば刃で解決できる戦場と違い、やたらとグイグイ来る研究員たちの質問攻めには流石の牛若にも疲れが見えた。
「まぁ、俺のため、頼朝さんのため、そして何より世界のためってやつだ、出来ることは全部しといて損はないだろ」
「それもそうなのですが、奴らのしつこい事しつこい事」
確かに彼らのバイタリティは物凄い、俺も当初は食堂で食事をしていたが、砂糖に群がるアリの様に一気に取り囲まれ質問攻めにあってしまい、とても食事どころではなくなったので、こうして自室まで食事を運んでもらっていると言う訳だ。
「仕事熱心なのはいい事じゃないか、まぁ半分以上趣味と言うか生態みたいなもんな気がするが」
「全くです、奴らは未知を解明し続けないと死んでしまう生き物なんでしょう」
それは業の深い生き物だ、けど彼らのバイタリティが悪い方向に進んでしまった結果がこの星の状況だと考えれば、少しの方向転換で旨い方向に進んでくれるのかもしれない。
そんな風にダラダラと昼休みの時間を過ごしていると、部屋の連絡器から声が届いた。
「あっ、どうもー、休憩中申し訳ありません」
「ん?どうしたの与一さん」
モニターに現れたのは、先ほど別れた与一さんだった、午後からは別の人が担当だったはずだが、スケジュールに変更があったのだろうか?
「いえちょっと、都合のよい、もとい緊急事態が発生しまして」
「緊急事態?」
「そうですー、奴らが、GENがしゅつげんしたんです!」
「なんだ、そんな事で某らの休息をじゃまするでない。防人ならいくらでもいるだろう」
「いえいえ、折角の機会です。ここは牛若様と佐藤さんにご出陣頂き、データ収集にご協力頂きたいと。えぇこのことは勿論政子様の了解も得ています」
「やれやれ、そんな事とは思ったが。主殿如何します?」
「さっき出来ることはするって言ったばっかりだからな、協力するよ」
「ありがとうございます!それでは至急転送室までお越しください!」
彼女はそう言うと慌ただしく通信を切った。モニターが暗くなり、部屋に静寂が舞い戻る。
「ほんとに元気な人だ。それじゃ行くか牛若、弁慶さん」
「了解です主殿」
「了解でございます」
これがもし俺の世界で起こった事なら、何をおいてもダッシュで駆けつける所だが、そここれは牛若の世界。さっき牛若が言った通りGEN災害に対する対処法が確立された世界だ、俺たちが行かなくても問題は無いと考えると、余裕を持った気持ちで対処できる。
そうして転送室にたどり着いた俺たちを待っていたのは、ズラリと並んだ研究員たちだった。
彼らは俺たちの姿を確認すると、口をそろえてこう言った。
「俺(私)のモニターを使ってくれ!」
「…………貴様らはほんとに元気よな」
出発前からの盛大な挨拶に、やる気をごっそりと削られる俺達であった。
「主殿、奴らと遭遇する前に注意点が一つあります」
「なんだ、改まって。こっちのGENは強力なのか?」
転移装置を使い最寄りのターミナルへ、そこから源氏のエアカーを使って高層ビルの谷間を飛んでいる最中、もう少しで接敵する段階になって、牛若はそんな事を言ってきた。
「いえ、強さだけなら、主殿の世界の奴らの方が圧倒的に強力です。あのように変化に富んだ攻撃など全く無かったです。ですが、この世界の奴らは濃いのです」
「濃い?」
「えぇ。存在感と申しますか、不快感と申しますか、兎に角濃い存在です。ですので、気を強く持っておく必要があります。始めて奴らを直視した者の中には、それだけで気を失うものもいるのでご注意を」
「注意って言われても、よく分からんが。覚悟だけはしておくことにするよ」
「えぇ、それが賢明です」
そして現場に到着する。どこがやられているかは一目でわかる。周囲のビルは明りがともっているが、そのビルだけ暗闇に包まれていたからだ。
一応俺の存在は、極秘事項となっているので、車外へ出る前に八正化する。牛若が俺の胸に手をやり集中すれば完成だ。俺と言う人間は無くなり、八正と言う機械装置となる。
この状態の俺は意識だけが牛若の周りをフワフワと浮いている様な感じで、八正空間展開時と異なり、視覚や聴覚なんかの感覚は肉体を持っている時のまま。言い換えると牛若の背後霊とかになった気分で、頼りなくも自由でもある。
そして奴らの姿を捕えた。
それは、世界に開いた穴だった。通常の空間にぽっかりと開いた穴が闇を覗かせていた。いや、闇ではない、無だ。世界の欠落、世界の終りがそこに在った。
『なる程、お前の忠告が分かったぜ』
「お役に立てて、なによりです。百聞は一見に如かずと申しますが、その一見で精神を病んでしまうものもいる有様です」
「不本意ながら、よく分かる。俺も、俺の世界のGENを見てなかったらやられていたかもしれん」
まさに、星の病気、世界の終わりを体現する漆黒だ、こんなものが現世に存在してはいけない。こんなものが存在する世界なんてまともじゃない。
忠信さんの気持ちも分かる、こんな異常な世界からは一分一秒でも早く、大切な人を逃がしてやりたい、そう思っても無理はない。こいつ等を見ていると、否応なしに世界の脆さを痛感してしまうからだ。
『気色悪いな。牛若、とっとと終わらせるぞ!』
「了解!行きます、八正跳び!」
「ねーねー!与一っちゃん!見てよこれ!」
「なんです?」
先ほどの戦闘時における、八正の状態をチェックしていると、同僚から声が掛かる。彼女は画像分析班だが、何か面白いことがあったのだろうか。
「これなんだけどさ」
「ふむふむ」
「ここ、コレよく見て」
「…………偶然と言う線は?」
「それが、あっちの世界での前回の戦闘で――」
「ふむふむふむふむふむふむふむ、これは興味深い現象ですね」
「でしょー」
盛り上がりは瞬時に周囲を巻き込む。「俺が俺が」「私にも」突破口を求めていた研究者の前に現れた極上の得物(しんいち)の最上の部位だ。そこを逃がすような間抜けは、この研究所に居やしなかった。
「ヴぁー、しかし、やっぱり、お前の世界って大変な所だな」
「なんです、藪から棒に」
戦闘が終わった後は、即座にデータ収集の為の検査に回され、それがすんで漸くの自由時間。へとへとになり、部屋に戻った俺を、ゲーム中の牛若が声だけで迎えてくれた。
「なんか、未だに匂いやらなんやら染みついてる様な気がするんだよな」
部屋に帰って直ぐにシャワーを浴びたが、まだ違和感が拭えない。
八正空間となって、全能感とも言える五感を手に入れた俺は、劣悪な環境も余すことなく全存在で体感出来た。臭い、汚い、気持ち悪いの3K使用な牛若達の世界ハッキリ言って最悪だった。
お前はどうよと、牛若の髪を一房手に取り匂いを嗅いでみる。うむ、この世界は消臭技術もまた完璧であった。
「なんですか、くすぐったい」
「いやホント、よくあの中を生身で行って平気だなと」
「まー主殿の世界に比べたら、ドギツイ工場の中を歩いてるみたいな感じですからね。けれど、某たちにとっては生まれついての環境、慣れもしますって」
「まぁそりゃそうか。しかし温室育ちの俺にはきつい環境だぜ」
「強酸性雨、に特濃スモッグの世界はそうかもですございますね、けど主殿。我々も元は主との同レベルの環境耐性だったそうですよ」
「ん、まぁ。世界は違えど同じ人類だからな」
「正確には、我らは新人類って感じですかね。100年ほど前、安倍晴明なる天才科学者が主たちと同じような能力だった、旧人類に遺伝子レベルであれやこれやといじくりまわし、この環境でも問題なく暮して行ける様に仕上げたのが、某達です」
「…………デザイナーズベイビーとか、そんな話か?」
「いえいえ、きちんと母の母体で育ちますよ。唯その過程において様々な処置を行うことで、環境耐性等が高い赤子が生まれると言う訳です」
なる程の事実。こいつ等はてっきり異世界人だからスペックが異常に高いのだと思っていたが、この世界で生き抜くために後天的にスペックを引き上げられた、強化人間みたいなものだったのか。
しかし、たった100年足らずで、よくもまぁそんなに馴染んでいるものだ。ワクチン接種レベルでの技術でもあるまいし、いやこの世界だとそのレベルの技術と言う事になってしまうのだろうか。
「じゃあ、この世界に生きる全員がその処置を受けた、人工的な超人って訳なのか。羨ましいような、そうでないような感じだな」
「ははは、某たちはそれが当たり前で生きてきましたからね。逆を言うと主殿のひ弱さに最初は面喰ったものですよ」
今となっては懐かしい、出会った当所の事を思い出す、こいつは最初から訳が分からんやつだった。
「それと、勿論全員がその恩恵に当れた訳ではありません、適性が無かったものや、対価の払えなかったものもございます故」
「まぁそれは悲しいけど俺たちの世界でも同じだよ。俺たちの国では当たり前に受けれる予防接種でもよその国では、難しい事なんかざらだ。こればっかりは星の巡りとしか言いようがない」
「後は、生まれてくるのが早かった者たちですかね。まぁその様な者たちは残念ながら成人前に亡くなるのが常ですが……とそう言えば、平清盛(くそじじい)もその処置を受けていないと言う噂がありましたね」
「当たり前だけど、そんな殿上人のような人間でも、そんな事はあるんだな」
「まぁあくまで噂ですけどね、基本的に屋敷の奥にこもってばかりの人間だからそんな噂が流れただけかもしれませんし」
カチャカチャッターンと、結局牛若はずっと画面から目を離さずに俺と会話をし続けていたし、弁慶さんは甲斐甲斐しくもその失礼な主の世話を黙って焼き続けていた。
まぁ俺たちの中に、今更無礼もくそもあったものじゃないが。
「あっ?マジかよ」
「本気じゃ、親父直々の命令でな」
知盛の執務室において、知盛(とももり)と教経(のりつね)がいつもの様に言い争いを行っていた。
「でも、調整は始まったばかりだろ?俺が抜けていいのかよ」
「だぁほ、それもこれも貴様があの小娘を逃がしたからじゃ。儂の指示レベルの内に完遂しとけば済んだ話やのにのう」
「がっ、それを言うんじゃねぇよ」
「まぁ、あんときゃ儂もそこまで本気や無かったっちゅぅのもあるが、ともかくこっちの軟な世界にお前ほどの戦力を置いといても無駄っちゅーこっちゃ、とっとと元の世界に戻って、例の八正の小僧とやらを、確保若しくは殺してこい、これは親父命令じゃ」
「ちっ、親父の命なら仕方ねぇ。だが奴らは源氏の懐に居るんだろ?俺がそこまで出向いたら、今までの様な小競り合いとは違う全面戦争になっちまうけどいいのか?」
「阿呆が、誰が部隊率いて突撃しろ言うか、安心せい当代きっての忍びを用意しちゃる」
「……あいつか、だけど俺にはあまり信頼出来ねぇがな」
「まぁそりゃ儂もじゃがな、奴は2重スパイ、何処で裏切るか分からん様な奴じゃが、この状況で再度裏切っても、あの小娘の逆鱗を逆なでるだけじゃろ。
だが、忍びの腕は確かじゃ、奴なら易々と警戒をすり抜けて目当てのものを入手するじゃろうて」
「そんなら奴にその小僧を暗殺でもさせとけよ」
「ド阿保が、あの小僧は2つの世界を見てもたった一つの存在や、殺すのは最終手段に決まっちょろうが」
「あーはいはい、悪かった悪かった」
「総大将の貴様を行かせるのは馬鹿げた話っちゅーのは承知しちょる、じゃが俺は貴様以上に腕が立つ男を知らんでな。あの小僧の希少価値っちゃうんは、貴様を向かわせる程度にはあるっちゅー話じゃ」
「……よっしゃ分かった、任務は把握したぜ。潜入任務だ駒は少なくていい、人選は俺に任せてもらう。その代り侵入経路と脱出経路は任せたぞ」
「了解じゃ、そんじゃ後れは取らんようにな」
「はっ、親父の命だろ。今度は最初から遊びは無しでやらせてもらうぜ」
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