地球防衛少女
第32話 牛若たちの世界
時間の流れが迷子をしていて、長いのか短かったのかよく分からない旅を終えると、そこは、光あふれるメカメカしい工場の様な場所だった。
「お帰りなさいませ
「落ち着きなさい
俺達を出迎えたのは、やたらとグイグイ来る与一と呼ばれた、瓶底メガネを掛け、白衣を着用した、くすんだぼさぼさの茶髪を頭の後ろで適当にまとめた小柄な少女と――
「こほん、それでは改めて。お帰りなさい牛若さん、弁慶さん。そして、ようこそいらっしゃいました
丁寧な手入れが行き届き、まるで日本人形の様な整った印象をもつ、着物を着た女性だった。
「ごめんなさいね、真一様。騒がしくしてしまって」
「いえ大丈夫です。俺の世界の常識が通用しないのは牛若で慣れていますから」
あの後も、抜け駆けしようとした与一さん以外にも、様々な人が俺を拉致しようとして、牛若に片っ端から投げ飛ばされていた。
「あらお恥ずかしい。ただ此処はこちらの世界でも最先端の研究所、みんな好奇心の塊なのです」
「研究所って、
「そう、表向きは八咫(やた)航空技術研究所などと名乗らせて頂いていますが、その実、北条・源氏・平家が共同出資して設立された、八正とGEN、そして平行世界の研究所です。
そして改めまして、私はこの施設の顧問を受けさせて頂いています。
北条政子、牛若から聞いた話では、北条銀行の跡取り娘で、牛若の兄、
「それにしても、真一様には大変な苦労を御掛けてしてしまったそうで、この世界の住民を代表して、謝罪させて頂きます」
「いえそんな、お顔を上げてください、好きで、と言うのは語弊がありますが、自分で選んでやって来た事ですから」
最近は異常な人間とばかり接してきたので、いきなりこんな美人に、常識的な対応をされても何を言っていいか分からなく、アタフタと定型文を返す。
まぁ実際は、選んできたと言うより流されてここまでやって来た、と言った感じではある、腰を据え腹を決めて行動してきたことなど、今までの人生であまり覚えがない。人生塞翁が馬が座右の銘だ。
「お気づかい感謝いたします、そうは言っても、常人では計り知れない体験をしてきたと、報告に上がっております。私に出来る事なら協力いたしますので、遠慮なく仰ってください」
政子さんはそう言って、俺の手を優しく柔らかく握ってくれ、俺の目を正面から覗きこむ。その手の暖かさと、瞳の深さ、そして漂ってくる控えめだが上品な香りに飲み込まれそうにな――
「主殿、ご注意ください。それは政子殿の良くやる手でございますよ」
「!?」
麻酔を掛けられたようにモヤが掛かった思考が、牛若の一言で一気に晴れる。
「あらあら、牛若さんっときたら、困った人ですねぇ」
「ちょっっと、すみませんが手を放して頂けますでしょうか」
「あらっごめんなさい、私は感謝の念を伝えたかったばかりに断りも無く」
そう言ってすんなりと彼女は手を放してくれたが、なんだろう。惜しかったような、危なかったような。ヤバイ、なんか怖いこの人。
「主殿お気になさらず、政子殿は商いの天才であると同時に、人心掌握の天才でもあるのです、通常の人間が心に隙を見出せば一気に持っていかれます」
「あらいやですわ、そんな私を妖怪か何かみたいに」
そう言って彼女は悲しげに涙をふくふりを見せる。駄目だ、ベクトルこそ異なるが、この人は俺たちの世界で語りつがれる北条政子その人だ。強烈極まりない個性と我で己の目的を達しようとする人だ。
「さて、冗談はさておき現在の状況を説明いたします」
感謝しているのは、本当でございますよ、と彼女はおつきのアンドロイドに説明の用意をさせる。
それに記されたのは日本地図だった、だが、俺の世界のものとは所々で色々な差があった、中でも目を引くのが海岸線、おそらくは大規模な埋め立てをあちこちでしているのであろう、直線が異様に多いまた、湾と言う湾に巨大な人工島が浮かんでいた。
そしてその地図は2色で塗られていた。
「ぬぅ」
それを見て牛若が唸る。
どうした牛若?
「ご説明しますね、真一さん。この地図に記されている赤が源氏側、白が平家側となっております」
ふむふむ、これによると鎌倉から東京を中心に源氏の赤で、それ以外は平家の白と言った所か。
「大分、攻め込まれております」
「そうですね、牛若さん。貴方たちが出立するまではほぼ半々だったのですが、その後しばらくして平家の大攻勢が始まりました。おかげで現在源氏の支配領域はおよそ1割減と言った所でしょうか。
突然のその攻撃に、我ら中立の北条も幾度となく平家に抗議を致しましたが、勿論なしのつぶて。私の個人的なコネクションで何とか平家の頭領
ですが、牛若さんたちと連絡が取れ、漸くとこの攻撃の意図がわかりました」
「それは?」
「適性検査、あるいはふるい落としと言うべきでしょうか、源氏を相手に大規模な戦闘行為を行い、実戦を兼ねた訓練をしているのでしょう」
「なんとまぁ、スケールのデカイ。だけど、そんな事で貴重な戦力や兵站をすり減らさなくても」
「将兵や物資に劣り、少数精鋭を取らざるを得ない源氏と、将の質こそやや劣るものの、多数の兵と資源を抱える源氏とでは、ドクトリンが異なるのも当然です」
「そんなに違うんですか」
「大体倍は違うかと」
「…………よく均衡を保ててましたね」
「そこは、頼朝様の采配と
彼女のその発言に、えへんと胸を張る牛若。いや、総大将の器はともかく、個人の戦闘力だけで2国間の軍事バランスを左右するなんて、あの人は何やってたんだ。
「それが急速に落ち着いて来たのはここ1・2週間の事」
「なるほど、あの2人が主殿の世界に行ったからですね」
「そうです、
「それは、総司令不在と言うだけでなく」
「はい、戦争の目的が達成されたからだと判断いたします」
「『思い出作りの大運動会』そんなふざけた名目の為に多数の犠牲を出して平家と言うのはどんな存在なんですか」
「頭首である平清盛による絶対的な支配体制です。平家の民は皆彼に対して信仰とも言える忠誠を抱いています。そしてそれを与えるだけの強力なカリスマ性を備えています」
成程、自国の民にその様な試練を与えるような存在だ、他所の世界の住人を多少犠牲にしたって屁でもないってことか。
「それで政子殿、兄上からの伝言と言うのは」
そう言えばそうだった、今回の帰国、帰世界?はその頼朝さんの命令によるものだった。
「そうですね、当初はその平家の進攻の理由が、そちらの世界にあるのかと思い、その為に詳しい話を聞く予定でしたが、今は理由が変わっております。
その詳しい話については直接頼朝様よりお聞きください」
私の口からは異常でございます、と言う言葉で政子さんからの説明は終わりを告げた。
「またのお越しをお待ち!お待ちしております!ええ何時でも診察台は開けていますので!」
と、熱烈な惜しみの言葉を背に、俺たちは頼朝さんの待つ本社ビルへと向かう事となった。だが、移動手段は俺の世界の様な車と言う訳でない、超単距離転移装置とか言うもので一気にワープするとのことだ。
その装置のある部屋に移動するまでの間に、窓から牛若達の世界を見ることが出来た、空は一面の灰色で昼か夜かも分からなく、世界にはよくわららないモヤが立ち込めていた。天からは雨がしとしとと絶えず泣く様に降り注ぎ、その隙間を埋める様にで高層ビルの灯りが彼方此方でぼんやりと輝いている、そんな世界だった。そんな寒々しい世界だった。
忠信さんの嘆きが思い出される。『私たちの世界は終わっている』自然環境はともかく、何処まで続くか見えない高層ビルの隙間を、原理の分からない小型飛行機がシュンシュン飛び交う世界に、そこまでの言葉はふさわしくないように見える、おそらくはここで暮らす住人達もそんな事を考えている人は少ないだろう。だが、忠信さんはその結論にたどり着いてしまった。
思考を止める、今それについて深く考えることはやめよう。全ては頼朝さんと話してからだ。
本社ビル最上階。むやみやたらとだだっ広いその部屋に、俺たちは政子さんの案内で通された。そこで待ち受けていた人物は――
「おお!待ちかねたぞ我が愛しの妹よ!よくぞ無事に戻って来た!」
牛若を抱きしめてグルグル回る、1人のシスコンだった。
「あのー、政子さん?」
「はぁ、仕方ありませんね、頼朝様は」
そう言い彼女は、傍に控えるアンドロイドから黒い筒状のものを受け取って、容赦なくメリーゴーランドと化している二人にぶち込んだ。
「何をするんだ政子、危ないじゃないか」
いつの間に、目を離した覚えはないと言うか、その奇行を凝視していたはずだが、いつの間にか政子さんの眼前にいた頼朝さんは、片手に牛若を抱いたまま、政子さんが持つ銃を腕ごと抑えていた。
「むっ?誰だその男は?もしやその男にそそのかされたのかい?なら首だ。政子に手を出す奴からは首を、牛若に手を出すような奴からは心臓を頂こう」
「落ち着いてください、頼朝様。以前報告した佐藤真一さんでございます、彼方の世界で牛若さんがお世話になっている方ですよ」
ホールドアップ、危うく心臓を刺殺されそうになった俺は両手を上げ恭順の意を示していたが、間一髪で政子さんに命を救われた。
「ははははは、すまんすまん。君が例の少年か、いやいやうっかりうかっかり」
爽やかな笑顔で、今までの奇行を流す頼朝さん。いやまぁうん、いいんだけど。
「そうでございますよ、兄上。主殿は某にとても良くしていただいておりまして、裸の付き合いと言う奴を何度――」
「牛若、やめてお願い」
ホールドアップ、心臓を以下略。まったく天丼が好きな兄妹だ、付き合わされる度に寿命が削れる。
「それで、話だったね」
「ええ、そうでございます。ここに至っては包み隠さずにお伝え願いたく存じます」
牛若が聞いているのは、単なる帰還の理由と言うだけでない、GENの正体、世界の真実についてだ。
ここまで、前線で命を張って来た彼女には、それを聞く権利と義務がある。それはもちろん俺にも通じる、GENに対抗するために作られた八正を胸に宿す俺は無関係どころか、ある意味では中心にいると言ってもいい。
「そうだね、弁慶からの報告書は読んだ。忠信の考察はいい線を行っている、今思えば彼に事実を話しておけば、あのような暴挙は防げたかと反省している」
忠信さんが思いつめた末の裏切り、だがその前提が間違っていた?
「完全に間違っている訳でない、世界が終わりを向けようとしているのは事実だ、だが、解決の可能性はあると言うのが私たちの計算だ、まぁかなり厳しい賭けになるがね」
「何故、忠信さんにそれを明かさなかったんですか」
「明かさなかったのは、彼だけにではないよ。この件はごく限られた上層部の人間にしか伝えていない、ショッキングな内容だからね。自暴自棄になられても困る、この件を知っているのは政子が選りすぐった、タフな連中だけだ。
忠信は真面目で正義感が強いが、少し硬すぎる。それを慮って彼には伝えていなかったのが裏目に出てしまったようだ、責ある人間として謝罪しよう、誠に申し訳なかった、責任は全て私の不徳によるものだ」
そう言って彼は深々と頭を下げる。だが、政子さんを数えると2度目の謝罪だ、俺はそれを落ち着いて受けることが出来た。もしかすると政子さんのあの暴挙の半分はこれを見越しての事だったのかもしれない……。
だけどその半分が単なる悪ふざけと言うことは何となくだが理解してしまっている。良くも悪くもこの世界の住人の奇行には慣れてしまった。
「それで、頼朝さんが出した結論について詳しくお尋ねしたいんですが」
「そうだね、世界は死につつあるそれは事実だ、これも我ら人間が母なる大地である地球を酷使し続けた結果と思えば父祖を恨みたくなるが、今更言っても詮無きことだ。
ところで、忠信の発言にあった星の病気についての例えは覚えているかな?」
「あぁ勿論だ、既存の生態系を常在菌として、その現象が致命的な病原菌の繁殖を許したと言う話だろ?」
「その通り、そしてその例えは正鵠を得ている。故にその先に行きついたと言った所だ」
「その先とは?」
「星が病気なら、治療をしてやればいいと言う話だ。それでは尋ねるがそちらの世界で、治療と言えばどういったものがあるかな?」
「治療って言っても幅が広いですが。大別すると外科的か内科的かですね、他もいろいろありますが、主に行われるのはこの二つです。
外科的治療は、悪い部分を切り取る。内科的治療は投薬により害となるモノを減らしたり、足りないものを補ったりですね」
俺自身、頼朝さんの質問に答えながら、丁寧に理解しやすく話の筋を整理していく。
「その通り、それが忠信、そして平家が選択したのは外科的手段と言う事だ、移植手術とは真逆になるが、悪い部分まみれのこの星を捨て、健康な星に移住する方法。それに対して我々が選択したのは内科的手段、星の病の象徴となったGENに対する特効薬を探す方法だ」
「それが、何かは分かりませんが。GENを退治すれば星は救えるんですか?」
「計算ではそうだ。目に見える形となって星を浸食しているGEN、奴らは星の死の概念とも言える存在になっている。奴らを取り除けばこの星は救える」
「では、その特効薬とは?」
牛若の旅は、それを探す旅だったのか、なんとも雲をつかむような話だ。
「…………」
沈黙が、広い室内に広がっていく。やはりそんな都合のいいものは見つからなかったのだろうか、頼朝さんの視線が俺と牛若に注がれる。
「そうだね、ここで黙っていてもしょうがない。まだまだ憶測でしかないのだが、そのカギは君が握っているものと我々は判断している」
「………………俺?」
間抜け面で自分を指さす。確かに今の俺は八正人間なんて訳の分からない存在になっているが、それを除けば普通の人間だ。その特異性が星を救う助けとなるのか?
「何ですかそれ、全員に八正を埋めこめばいいと?」
「ははは、確かにそうすれば死滅した星でも生きて行けるかも知れない、だが八正は有限でね、とてもじゃないが全人類にそれを行う事など出来ない。
我々が注目しているのはその事ではない、君が君の世界のアンカーとして選ばれたことだ」
「アンカーって、あれですよね。平行世界への転移にあたり不安定な両世界を結ぶ基準点ですよね」
確か牛若に聞いた覚えがある。
「その通り、アンカーに選ばれ、転移がなされた時点で君はその世界の代表、いや現身(うつしみ)となってしまった。いわば星の擬人化だ、そのメカニズムを解明することによりこちらの世界でも同様の事を行えないかと考えているんだ」
「そしてその擬人化した人間の治療が出来れば、この星を救えると?」
「計算ではね」
そう言い、頼朝さんは肩をすくめた。理論としては大まかに出来上がっているが、具体的方法としてはまだ、模索中と言った所か。
会談が終わった俺たちは、頼朝さん、政子さんに別れを告げ、休憩を取るため牛若の部屋にやって来た。
そこは社員寮の様な所で、8畳ほどの洋室に、一見ゴミのように見えるゴミの様な私物が所狭しと配置された、ゴミ箱の様な部屋だった。
だがまぁ、牛若との共同生活が長い俺としては特に驚きはない、こいつの家事能力は良く知っている、むしろそんな長い独り暮らし生活でこれだけしか貯めていないなんて調子悪いのか?と心配になる程度だ。おそらくはまぁ弁慶さんが定期的な清掃をしてくれているおかげだと思うが。
「まぁまぁ主殿、取りあえずそちらにお座りください」
「と、言われても。俺の目にはクッションじゃなく、乱雑に放置されたお前の衣類(下着含む)の山にしか見えないのだが」
「ふむ、それもそうですね。おい弁慶頼んだ」
「了解でございます」
閑話清掃
流石は万能従者弁慶さん。彼女の力によりあっという間に片付いた部屋に俺たちは漸くと腰を下ろす。
「で、これからどうする?」
「どうすると申されても、主殿には楽しい検査の毎日が待たれている様でございますが、某にはしばらくやることがございません」
「うっ、そうなんだよなぁ。あのテンションの研究員たちにわが身を任せるのは不安があるが、そう言ってもいられないしなぁ」
研究員のテンションに比べ、俺のテンションは反比例だ。何だろう、万が一平家に与する事になったとしても俺の待遇は同じではなかったのか。
だが、牛若の言った通り、ここから先は切った張ったの世界でなく、地道な研究の世界となる。となると本格的に俺はいつ帰れることになるのやらさっぱりだ。
「まぁまぁ、今更どうこまねいても始まるものも始まりますまい。
おい弁慶アレだ、アレを出せ。何分からん?えーいリストを出してみろ」
そう言って、暫し二人でごそごそやった後、牛若の部屋に出て来たものとは。
「ゲーム?」
「そう、暇つぶしにはこれが一番、思考を放棄してダラダラやれば無限に時間が潰せます」
テレビとゲーム機本体、そして山の様なソフトが牛若の部屋の一角を占拠することとなった。
「しっかしお前、こんなに気に行ったんだな」
ギュンギュンと、俺の操る黒衣の巨漢が様々な猛獣を吐き出しながら攻撃をする。
「えぇ。このアナログ故のもどかしさはたまりません」
ヒュンヒュンと、牛若の操る学生服の少年がナイフ片手に画面中を動き回る。
「アナログて、まぁあんなすごいVRを使って遊べる奴からしたらアナログだろうがって負けた」
やはり俺の腕では牛若に敵わない、いや超人バトルに参加し続けたおかげで、多少目は追い付いてきたが、行動が追い付くのはまだまだ先の話だ。
その後、政子さんから俺の部屋の用意が出来たと言う事で、俺は八咫研究所の社員寮にあてがわれた個室に向かった。因みに警護の名目で牛若が同室させろと言い張り、それを聞きつけた頼朝さんに殺されそうになったり、どの研究員が最初に検査するかで何をどう決まったか早いもの勝ちと言う結論に至った彼らが、俺の部屋の前で銃撃戦を開始したりと、ハートウォーミングな引っ越しとなった。
そう言う訳で、研究所での暮らしが始まった。
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