第14話 旭将軍 2
絶え間なく響く巨大な生物の喉鳴の様な重低音と、気がふれた指揮者に操られる、違法薬物を投与されたフルート奏者達が奏でる様な音が鳴り響く。
そこは巨大な部屋だった。窓のない作りな上に、天井もまたはるか上にあるために、室内は薄暗い。その広大な空間には、壁面や宙、至る所にキャットウォークが張り巡らされているため、巨大なクモの巣にも見えるかもしれない。
そのクモの巣の中心にあるのは巨大な装置、あるいは門に見えるかもしれない。その門へ至る通路には能面の様な顔をした1人の女が立っていた。
「定刻になりました、ご準備はよろしいでしょうか木曽様、オリジナル様」
「うむ!もちろんだとも!準備万端!意気軒昂!この義仲に抜かりなしだ!」
「あはははぁ。私も大丈夫ですよ002さん。で、そちらの準備も大丈夫なのでしょうか」
「こちらも問題なく、調節は十全でございます」
「あははぁ……。そうですかー、大丈夫ですかー、延期は無しかー」
「なーにを言っとる巴!この作戦には俺の栄光が掛かっておるのだ!前金で当座の資金繰りはしのげたが、完遂した報奨金が手に入れば大きな飛躍が可能となる!今まで木端仕事で燻らせてしまってたのだ、とっとと終わらして子分共の尻を叩いてやらねばな!」
義仲様は相変わらずのご様子だが、私の危機感ゲージの上昇は止まらない。今日初めて案内されたこの部屋にしてもだ。いったいどれ程のコストが掛かっているのか見当もつかない。もし首尾よく任務を終えることが出来たとしても口封じに消されてしまうのではないだろうか。いや、私が首謀者だとしたら間違いなくそうするだろう。
「と言うことは何度も相談したんですがねぇ……」
「ん?何か言ったか巴?」
「いえいえ、何時もの愚痴ですのでお気になさらず。
しょうがありません、この巴も覚悟を決めました、先ずは目の前の任務に全力で取り組むとします」
「うむ!何だか知らんがそれでよい!この木曽義仲、旭将軍と呼ばれた兵だ!旭の登らぬ日が無い事を天下万人に知らしめてやる!」
目の前の装置を見上げる。1m程の土台の上に設置されたその装置は、幅20m高さ10mはある巨大な門だ、それには、人間だったら数えるのが面倒になる程には盛りだくさんのケーブルが連結されており、周囲に設置された様々な機器と連結されている。
門外漢の私には分からないがともかくすごい機械だろう、まぁ門外漢もなにもこの装置が設置されているのは公式には世界で1基しかないので、目にしたことがある人の方が少数だろう。
「うむ!これが、次元跳躍装置であるか」
「左様でございます木曽様、それではこちらをお預けいたします」
そう言って、002は端末を差し出す。
「うむ!これとの付き合いも随分と立つ。1つの機器の習熟にこれ程の準備を掛けられた贅沢な任務はこれが初めてだな!」
義仲様は笑いながらそれを受け取る。それの名称は演算装置八正と言うらしい。内部構造は極秘、ネジ1つにも封印がなされていて何一つ調べることは出来ない。まぁ単なる戦闘補助用アンドロイドである私では十分な解析なんかできはしないが。
それにしてもGEN騒動が始まる前に、喧嘩別れの様に飛び出してきたので、事の詳細は分からないが、それまで犬猿の仲だった源氏と平家が共同で事に当らざるを得なかった特大の案件だ。これらの装置や機器一つ一つが超特大の厄ネタの塊でしかない。
さっき決心したばかりなのに、また不安の虫が顔を出してきた。これ以上ここにいても気持ちが落ち込むばかりなので、いっそのことさっさと先に進みたくも思ってきた。
「それでは準備が整いました。只今より作戦開始でございます」
「うむ、それでは巴!そしてレプリカ達よ!いざ出陣だ!」
「はい、義仲様」
「「「「「「了解しました」」」」」」
号令をかけた木曽義仲を先頭に、その相棒である戦闘用アンドロイドの巴、そして巴と同じ容貌をした数十体のレプリカ達がその後に続いて門へと向かって歩を進めた。
「牛若様」
「つぐっち!」
会議が終わり、簀巻きにしていた牛若のご機嫌をとっていると、アンドロイドの2人が突然大きな声を上げる。
「なんだ弁慶」
それまで、子供の様にむくれていた牛若は、その一声で戦士の顔になる。
「はい、八正の反応を確認いたしました、場所は当所より南西約120kmでございますが……」
「どうした?いつになく言いよどむではないか。忠信の反応ではないのか?それとも?」
「はい、忠信様の反応ではございません。それどころか今までにない様式の反応ですので、少しお時間を頂くでございます」
弁慶さんはそう言うと、屋島さんの方に向き直る。アンドロイド2人で計測値の答え合わせをしているのだろうか。2人無言で手を合わせて立ち尽くす事数秒。
「計算終了しましたでございます。
場所に変化はございませんが、問題は八正の出力でございます。
我々の計測の結果、只今出現した八正の出力は、現用品に比べおよそ100倍の出力でございます」
「……100倍だと?」
「肯定でございます」
沈黙が部屋を支配する。その静寂が事の重大性を物語る。出力が大きいことが単純に能力が高い事に直結しない事は多々あるが、それでも100倍は出鱈目すぎるだろう。
牛若達の世界とこちらの世界では次元跳躍の際に多少時間のズレが生じる事は分かっているが、それにしても高々数か月でいきなりそれ程の技術革新が起こったと言うのだろうか。
「義盛、どう見る」
「ははは、いやはや何とも。言葉が出ませんな……。
次にこちらに現れるなら一緒に出立した忠信君のはずが、そこに割り込むように現れたこの特異反応。
研究所の計算では、第一陣である牛若様がこの世界に到着した時点で2つの世界の時間軸が固定され、次元跳躍がなされても、遅れる事はあれど、時間が逆光することは無いとされていましたので――」
そこまで話した伊勢さんは、ため息を一つつき。諦めたように言葉をつなげた。
「我々とは別口でこの世界へやって来た者がいらっしゃったようですね」
そうなるのだろう。牛若達の使用した次元跳躍装置で第二陣として出立したのは計5人で、残るは継信さんと吉野さん。時間の逆光が起こらないと言う法則があるらしいので、後続の第3陣が到着するとしても、その2人より後に到着することになるが……。
「……けど」
万が一の場合がある、思いついてしまった。俺が言うべきことなのか分からないが―
「くはは、なーに青白い顔してんだ大将。いいぜ、大将が思いついたこと当ててやろうか。あれだろ、忠信が次元跳躍の途中でロストしちまって、次世代の八正を持った第3陣が到着したんなら矛盾はねぇってとこだろ」
不敵に笑いながらそう言う継信さんに、俺はゆっくりと頷いた。
「まぁその理屈は正しいぜ。梶原の旦那達みたいに次元跳躍中の事故であっけなく逝っちまうってのも無くはない話だ。だが忠信の馬鹿は無事だぜ」
「何故だって面してるな?あの馬鹿はな、俺の弟だからだ。奴が逝ったなら、例えそれが次元の狭間とかだろうが、俺には分かる。兄弟だからな、そんなもんだ。
それにあいつは俺には劣るがいっぱしの兵だ、次元跳躍ごときでくたばったりはしねぇよ」
その目に、その言葉に一片の不安も迷いもなく、継信は胸を張って堂々とそう答えた。
「はっ、大言を吐くな継信よ。むらっけのある貴様よりも、細やかな忠信の方が戦場では勘定をしやすいぞ。
だが、忠信が無事と言う事に異議は無い。梶原殿の長所は文官としての調停力ゆえ、予期せぬ刃傷沙汰には遅れをとってしまったが、忠信ならその点は抜かりない。
そもそも某と弁慶の到着時間のズレに比べれば、貴様たち3人は早く着きすぎた程だ。ならば今すべきことは、予定外の訪問者に挨拶しに行くにほかならん」
おうそうだな。と継信さんが立ち上がる、が。
「いや、貴様は留守番だぞ継信?」
「はぁ!?そりゃねぇだろ嬢ちゃん!」
「たわけ、我らの本懐はGEN討伐。医療係である屋島と連携する貴様が此処を離れてどうすると言うのだ」
「が、ぐ……」
行く気満々だったのに、正論を言われて肩を落とす継信さん。それを無視して牛若は支持を続けた。
「未明の敵には取りあえず全力で叩き潰すが必定。
それでは、某、弁慶、伊勢、主殿の4人で出立することとする」
「了解でございます」
「微力を尽くします」
「おう、分かっ…………た?」
「ん?どうしたのでございますか主殿?」
「ん?え?聞き間違い?何で俺がそっちに行くの?」
「主殿の郷里は丁度現場付近と聞き及んでおります。地の者が同行下さるなら何かと心強いのと……後は何となくでございます」
「へ?郷里?そう言えば場所ってどこなんだっけ?」
と、100倍八正のインパクトですっかり忘れていたが、その反応がどこで確認されたのか改めて説明してもらう。
弁慶さんが表示した地図では長崎県の中核都市にピカピカと明りが輝いていた。
「うむ!ようやく到着した様だぞ巴!」
「はっはいー、そのようでございます義仲様」
混乱した計器類を落ち着かせる。時間も上下左右も訳の分からない、次元跳躍を終え漸くに感じ取れる正常空間の感覚に安堵を覚える。義仲様と一緒だったので、次元の狭間とやらにお邪魔して、タコ怪人とでも一戦交えないかと冷や冷やしていたが、今回は平穏無事に到着できたようだ。
「で、ここは何処だ?」
「あー、少々お待ち……」
わいわいがやがや。
なんだろう、改めて周囲を見回してみると、私たちを取り囲む人垣の山。いや違うか、どうやら人垣の山のど真ん中に転移してきてしまったようだ。
転移時の融合事故を避けるために、転移場所に物質があった場合、それを押しのけるように転移することになっているので、その余波を受けて多少は埃っぽいことになっているが、まぁ仕方ない、何しろ私達を含めて総勢100体での転移だ。
わいわいがやがや。
「ええい、鬱陶しい。巴!こやつらは一体何を言っているのだ!転移先は日ノ本の国ではなかったのか!」
「ええっーと、お待ちくださいお待ちください。外来語、外来語、大陸の言語ならある程度インストールしているんですが、欧州の言語っぽいですよね。西班牙か葡萄牙だったらよいのですが……」
わいわいがやが――
「おい!お前たちは何者だ!一体どこから出て来た!」
人並みの中から数人、日ノ本語を語る人間が出て来てくれた、が。腰に手をやりこちらを警戒しながらの問いかけ、と言うか糾弾、あるいは警告の類だ、まぁさもありなんと言った所だが……。
「はっ!ようやく日ノ本語が使える者が出て来たか!遅い!遅すぎるぞ!
だが、聞いたな!この私の名を聞いたか!よかろう、ならば答えて進ぜよう!
遠からん者は音に聞け!近らば寄って目にも見よ!私こそは日ノ本にその名の響く大将軍、天下にその名を轟かす旭将軍!木曽義仲とは私のことだ!」
「……………………お前は何を言っているんだ?」
唖然とする警邏と思しき男を無視し、場違いな名乗りを上げる義仲様。それは場違いも場違い、何といっても世界レベルで異なっているのだ、通じるはずがない。と思っていたら集団の後方で騒ぎが起こった。
「ふえっ?002さん何が起きたんですか!?」
外見こそは私のコピーだが、内部の仕様は色々と異なり、データリンクは行っていないので、こう言った場合には直接聞くほうが早い。
「082が敵対行動を受けたので反撃いたしました」
「はぁ!?死人は出てないですよね!」
「肯定します。弾き飛ばしたのみで殺傷までは至っておりません」
「貴様たち何をした!抵抗をやめ大人しく捕縛されろ!」
周囲の緊張が一気にレッドゾーンまで高まる。
「なんだと下郎が、この私を縛にするだと?不遜極まる、手打ちにしてくれる!」
抜刀仕掛けた、義仲様を全力で制止する。
「義仲様、義仲様!おやめ下さい!多分この人達この世界の防人かなんかですよ!手を出したら絶対めんどくさい事になりますって!!」
「かと言えこの増上慢、捨て置くわけにはいかぬ!」
「大事の前の小事でございます!任務の本懐を忘れ徒に無駄な労力を費やす場面ではございません!」
「ええい貴様ら!大人しく両手を頭の後ろで組み地面に伏せろ!」
「なんだと下郎、この私に地に伏せろだと!!」
周囲からは『ふり伊豆ふり伊豆』と言う意味不明な合唱が木霊し、後方ではレプリカの数名が障壁を張って押しくらまんじゅうをしている。混乱具合は秒単位で上昇し、それが決壊するのは目と鼻の先だった。
「義仲様後生でございます!この者たちを切り捨てるのは容易でござりましょうが、容易過ぎて刀の錆とする価値もございませんって!路傍の虫けらが道を横切った程度で、一々火の海にしていては、おちおち散歩もままなりませんって!」
「虫けら?虫けらとは言ってくれるじゃないか、そこのお嬢さん」
「ひっ!すっすみません、つい勢いで!」
「はっはっは!何を謝ることがある巴。虫を虫と言って何が悪い!」
「ひーん、ほんとすみません!後生です!後生ですからー!」
「ふむ、まぁよい。興がそがれた、この場は引いてやろう」
「はっ?何を言っている海軍(うち)を嘗めているのか、これだけの騒ぎを起こしておいてすんなりと逃がす訳がないだろうが」
「はっはっは!その言葉を聞いて、興が乗った、数刻後の貴様の吠えずらを見れぬのが残念だ!者ども試運転だ!八正を使うぞ!」
「八正!?あっまぁそうですね、それが一番安全に抜けれますね」
一触即発、MP達がテイザーガンを抜くのと同時。
「正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定、是則八正道、我が威光は旭日の如し、伏して拝めよ秘伝八正跳!」
一瞬の間で、米海軍に囲まれた総勢100名は陽炎の様に姿を消した。
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