第13話 旭将軍

「木曽(きそ)、義仲(よしなか)だと。なぜ此処であの裏切者の名が上がる」


 市長、いや日本政府との合意についての彼是が済んだ後。伊勢さんがもたらした報告にその男の名があった。

 そして、その名が告げられたとたんに発する牛若の殺気。背筋が凍り臓腑が冷えるこの感覚は、平々凡々と生きて来た人間には味わえなかった新しい感覚だ。


「牛若、落ち着け。お前がそんな調子だと話が進まなくなる」

「……承知しました主殿」


 10人いたら10人逃げ出すだろう、手負いの獣の様な、切れと深みとコクのある目をした牛若を落ち着かせる。


「はっはー、この調子の嬢ちゃんを一言で落ち着かせるなんて。頼朝(しゃちょう)位しか出来ねぇ技だぜ。大将も随分と手なずけたもんだ」


 その様子を見て景気よく大笑いをする継信さん。豪放磊落かつ牛若とも親しい彼にしたら、十分慣れたことなのか全く持っていつも通りだ。

 人の振り見て我が振り直せ、俺もこの殺気に当てられずにすんでいるのだからもう十分に一般人ではないのかもしれない。まぁ変な機械と一体化しているので、肉体的には何処に出してもおかしくない逸般人(いっぱんじん)だ。


「伊勢さん済みません、話の腰を折ってしまって。続きをおねがいします」


 こちらもいつも通りに、平静と言うか冷静と言うか、ともかく落ち着いていた伊勢さんに話の続きを促す。まぁ彼は何時も少し困ったような顔をしているので判断が難しい所だが、彼の経歴から言ってそんなことは無いだろう。

 継信さんも『伊勢の旦那は油断ならない歴戦の兵(つわもの)』だと高評価していた。





「そうですね。真一さんへのご説明を兼ねて彼の略歴からお話ししましょうか」


 伊勢さんはそう言って話をつづけた。


 木曽義仲。こちらの世界では、旭将軍とも呼ばれ源平合戦の際、一時期は京を手中にかけた兵だ。そして何より牛若丸、源義経にその野望を砕かれた男でもある。

 そしてあちらの世界の木曽義仲はと言うと。


「独立開業ですか」

「はい、そうです。元々我が社の一部門を任された、将来有望な社員でしたがやり手を数人引き連れて不意打ち的に離職いたしまして」


 伊勢さんは、ほんの少しながら眉を落として話をつづけた。

優秀ではあったが、おだてに弱く調子に乗りやすかった彼は、周囲の色々な思惑に乗せられ源コンツェルンに後足で砂をかけながら退社。だが根回しや相談もせず、いわゆる仁義を通さずに独立開業した彼を待っていたのは横槍の嵐だったそうだ。


 勿論横槍を差したのは源コンツェルン、だがダシに使われた彼だけでなく、彼を唆した勢力にもキッチリとケジメをつけこの件は終いとしたそうだ。

 その後、彼にも手を差し伸べたのだが、プライドからか彼はその手を握ることは無かった。そして細々と小さな会社の経営者として過ごしていたらしいのだが。





「あの蛆虫が八正を入手しただと」


 牛若、スティ。と彼女の物理的拘束(せわ)を屋島さんに任せる。牛若のスペックがいくら高くても、パワードスーツでもある鎧を纏っていなければ、人体を熟知しつくした医療用アンドロイドである彼女の拘束から逃れる事は難しいだろう。


「えーっとですね。まだ完全に裏取が出来ていない情報なのですが。源平(われわれ)に一泡吹かせようと言う勢力が、どうにかして八正を入手して、そのテストに木曽義仲を利用して、こちらの世界への介入を試みていると言う噂が流れまして」


 うーむ、情報としては理解できるが。向こうの世界の空気を知らない俺では、この話の重さが分からない、と思っていると継信さんが口を挟んでくれた。





「伊勢の旦那。腕利きの諜報員であるアンタが口に出した時点で十二分に警戒の価値のある話だって事は分かるがよ。だけど、なかなかきつい話だぜそりゃ。超えなきゃならねぇ障害の多さが尋常じゃねぇぞ」

「継信さん、そんなに厳しい話なのか?」

「あー、そうだな。大将に分かりやすく話すと。どこの企業、いやこっちの世界じゃ国家の方が力持ってんのか。

 そんじゃーそうだな、どこの国にもばれずに極秘裏にロケットを仕上げて月面旅行するようなものって所だな、おまけにその中核技術は国家間で厳重に規制されているご禁制の品だ」


 なるほど、継信さんの補足説明で情景が呑み込めた、それは厳しい、厳しいが。


「おう、理解できたって面だな。そう、難しい、100km先から針の穴を通す様な仕事だ」

「だけど」

「そう、『だけど』だ。八正の入手、こっちの世界への転移、非正規な手段じゃ超えなきゃならない関門はどえらく厳しいが、やってやれない話じゃない。所詮は人間が作り上げたものだからな、抜け穴はどこかにある」


 腰の据わった低い声で、一言一言を噛みしめながら継信さんはそう言った。彼は現役の兵士だ、戦場で潜り抜けて来た数多の『万が一』の経験に基づいた発言だったのだろう。


「問題は、そんなドデカイ博打を何のために打つのかってことだ」

「ん?そこは誰が、じゃないのか?」

「あー、まぁそれも重要だが、源氏(うち)に恨みがあるところなんて星の数ほどある。そん中で、これを計画出来る太い所ならそのうち分かるだろう。

それよりは本社と連絡の取れない現状で必要なのは敵が此処で何をしでかすかだ、その点はどうなんだい?」

「そうですね、私もこの任務に回されるまでは色々と探りを入れていたんですが。まぁこの面子で腹芸を使っても仕方がありませんね、分かっている範囲でお話しします。

 まず、画を書いたのは朝廷筋とみられます。先ほど継信君が言った通り、我々の世界では企業による統治が進み、国家の力と言うものは年々弱まる一方です。

 このままではじり貧一方の流れは止められないでしょうが、そこに今までにない新しい概念ともいえる災害が起こった」

「GENのことですか?」

「その通りです。先ほどの木曽義仲の件ではありませんが、既存権益に後続が手を伸ばして成功を収めるには、極めて高く天地人が揃えばこそです。

 ですが、世界に新しい概念が生まれたとしたら話は別です。勿論体力のある既存企業の方が余力を持って事に当ることは出来ますが、鏑矢の音は同時に聞こえますので新興企業も出し抜くチャンスはいくらでもあります」

「んじゃなにか?そいつらは俺らの代わりにGEN災害を解決し人心を取り戻そうってか?」

「憶測も大分混じりますが、そのようですねぇ」


 伊勢さんは困ったようにそう答える。むろん質問をした継信さんも渋い顔をしながらだ。牛若達を出し抜いてこの異変を解決するためにこちらの世界へ飛んでくる。それが出来たらまぁかなりの逆転ホームラン何だろうが、出し抜くもなにも牛若達がこの世界に来てから基本的にこのアパートに来てから動いてはいない。それは物理的にも調査の進捗的にもと言う意味でだ。


「奴さんたちは、いったいどんな話を聞かされているんだ?俺たちは幾つかある異変調査の先遣隊として派遣されたんだ。そりゃこの調査で原因の特定が出来でもしたら儲けものだが、はずれを引く可能性の方が高かったんだぞ。

 それに上前をはねるってんなら、こんな段階で手を出さずにもう少し形になってから掻っ捌いた方が確実だと思うがね」

「まぁ、その話はごもっともだと思いますが、それは我々源氏側の理論。追い詰められた側としては、敵が柔らかい腹を見せている隙に、手を出したくなるものですよ。

 それに、この任務に牛若様が派遣されたと言うのは、源氏の中では下級幹部位でも知れ渡っている話です。源コンツェルン社長の実妹であり実力的にも高く評価されている新鋭の捜査員が派遣されたとなれば、この道の先に答えがあると思われても仕様がないでしょう」


 そう言われちゃそうだがよと、口を曲げながら継信さんはそう答えた。自分たちが試行錯誤してなお手がかりを得ずにいるのに、お手軽に手柄を横取りできると思っている相手に怒っていいやら呆れていいやらと言った所だろう。


「はっ、何を考えることがある継信よ」


 どんよりとした空気がこもった部屋に、牛若の凛とした声が響き渡る。


「罠があるなら食い破ればよい。邪魔立てするものは切り捨てればよい。億が一我らを差し置き正鵠へとたどり着ける地図を携えているのなら、我らが逆に奪ってしまえばいい」


 ニヤリと笑いながら、暗い微笑みを浮かべる牛若。だが屋島さんに抱きかかえられ髪の毛で簀巻きにされながらの発言では、小さじ一杯の威厳も残っていなかった。





 旭将軍と呼ばれた男がいる。

 佐藤真一の生まれた世界では、木曽義仲が行った、北陸から京都へと怒涛の進軍を湛えて旭将軍と呼ばれたとの説がある。


 旭将軍と呼ばれる男がいる。

 牛若の生まれた世界では、木曽義仲は何度致命的なミスやアクシデントに見舞われても不死鳥の様に生き延びる様から、一部では旭将軍と呼ばれていた。





「義仲様ー、本当にこの話に乗ってよろしかったのでしょうか」

「なーーーにを言っている巴!頼朝の薄汚い策略にはまり艱難辛苦を味わった私にようやく巡って来た好機だぞ!此処で立たなければ何処で立つと言うのだ!!」

「あの時素直に、頼朝様に頭を下げていればよかったじゃないですかー」

「くどいぞ巴!大体私はあの男が昔から気に食わなかったのだ!あんな血筋だけが取り柄のボンボンに下げる頭など、私は持っていない!」


 はぁとため息を吐く。限りなく人間に近い思考をトレースできるアンドロイドは多々あれど、ため息を吐くアンドロイドなんて私だけではないだろうか。これも義仲様と過ごした日々で得てしまったものの一つだ、他には極限状態でのサバイバル能力などが研ぎ澄まされてしまった。


 まぁ元々が戦闘支援用なので、用途に沿った最適化がなされていると言えば言えるのだが、危険に合う頻度と度数が他の個体と比べけた違いだ。私に匹敵する経験を積んだ個体と言えば牛若様付の弁慶位だろうか、直接情報共有した訳ではないので詳しくは知らないが、源コンツェルン時代の社内データバンクを閲覧した時にはそんな感じだった。


 まぁ同じ経験と言ってもベクトルが微妙に異なる。それは勿論使える主の違いにより生まれたものだ。牛若様の場合は自らの意志で危険地帯に飛び込むが、義仲様の場合は危険地帯が迎えに来る。

 義仲様の傍にいたら、気づいたら八方塞がりと言う状況は日常茶飯事だ。巷では旭将軍などと呼ばれ、恐れられたり馬鹿にされたりしているが。義仲様は良きに悪しきに、物凄く悪運に愛されているだけだ。





「これで試験終了です。明日13:00より任務開始致しますのでご準備をよろしくお願いいたします」

「なんだこの程度か物足りんぞ!」


 呵々笑いをする義仲様はほっておいて、アナウンスをしてくれたアンドロイドに礼を告げる。

 私たちの前に来た個体は私だ、正確にはロールアウトしたばかりの私だ。

 通常アンドロイドは、スペックは同じでも、外見や声にはある程度のランダム要素が取り入れられる。

 これは建前上、アンドロイドは準一級人権保有者であるため、アイデンティティを獲得しやすくするための処置とされているが、元々は使用者である人間に分かりやすくするためだ。


 この処置には私はもちろん、反対する個体は少数派だろう、私たちに搭載されているAIはその程度には複雑化している。

 だが、目の前の個体は違う。この個体は規制など無視して、私の製造データをそのまま流用して製造されている。AIには多少手が入れられており、その事実に違和感を持っていないらしいが、私から見ればそのことに大きな違和感がある。


 外見や口調に関しては、義仲様と過ごした日々によりロールアウト当初とは若干の変化がある。具体的には義仲様が起こしたことの後始末に奔走した結果、腰が低くなり愛想笑いが顔に張り付いてしまったので、能面の様な自分の顔を目にし続けると色々な意味で泣きそうになる。まぁ乳母や保母と言った教育用アンドロイドではないので、涙腺機能はデフォルトでは備わっていないが。



 ともかくだ、この依頼は危険だ、今まで遭遇した事案の中でもトップクラスの危険度だ。2月前、この依頼を受けて直ぐ、私の耳や肌を誤魔化すために幾重もの処置が施された輸送シェルターに閉じ込められ1週間、到着したのが今の施設だ。


 厳重なセキュリティに阻まれ、判明していることは、ここがどうやら地下施設だと言う事のみ。接触してくるのは私の同型機である彼女のみで、此処にいると人類は義仲様を残し、とっくの昔に絶滅してしまったのではないかと言った感覚すら覚える。


 しかし、このような異様な状況にあってさえ義仲様はいつも通り、いや、いつも以上に野望に燃えている有様。最初こそは私と同じ顔をした彼女に面喰っていたものの直ぐになれてしまい、日々繰り返される訓練に嬉々として汗を流す日々。


 そして、その日々は今日までと言う話だ。

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