第16話 逃避からの夢
教室出てからは、覚えていない。
気が付いたら、自分の部屋にいた。
まるで最初から何もなかったかのように。
イルと話したのも、何もかも。
ただの空想であった方が良い。全部が全部、空想、妄想、幻覚。そうであって欲しい。私の人生を含めて全部。
ドッペルゲンガーなんて、いない。
存在していない。
「いないって言って欲しい…」
もう、あんなものを見たくない。
悪夢なんて、現実で十分なのに。
「夢なら覚めてくれ…」
全部。全部。全部。
生きている事実を全て夢に変えてくれ。
吹けば飛ぶような白昼夢になってくれ。
今日も、明日も、明後日も。
私という事実を否定して欲しい。
「………寝かせてよ」
夢さえ、みない眠りにつかせてくれ。
私は、眼を閉じる。
このままずっと、閉じたままでいてくれ。
そう願った。
「あーあ…」
目を覚ました瞬間、ガッカリした。目を開けてしまったという事実に。
辺りを見渡すと、別段白くはない。何処かの会場のような場所だった。
周りには、沢山の人がいる。ちらりと見ただけだが一様に目が死んでいて不気味だった。ただ、ぼそぼそと喋っていたりする奴が何人かいるだけだ
何かを喋っているのはわかったが、どんな内容を喋っているのかまではわからなかった。かなり近しい距離にいる筈の人間の話している内容すらわからない。
何だ、ここは。
いつものドッペルゲンガーの現れていた空間も謎だがこの会場も謎だ。私はここに来たことがあっただろうか。
頭の中で検索をかけてみたが、わからなかった。
元より、私の脳だ。たかが知れている。
ざわめく有象無象達。しかし、話は全くわからない。
ここは何処だ。私は何故ここにいる。
やがて、有象無象達が同じ方向を見ていることに気が付いた。
皆が注目している場所には、マイクの置かれた演説机だった。
私も、皆と同じ方向を見てみるが誰も来る様子が無い。
ざわめきが徐々に大きくなっていく。
「……?」
「…!!」
「………!?」
「…………!」
「…?」
口々に、声が漏れ聞こえる。
ただ、何を言っているのかがわからない。
私と同じ母国語の筈だ。
それなのに、彼らの話している内容が一つもわからない。まるで外国に一人ぽつんと置き去りにされたようだ。
「…何なんだよ」
この、夢は。
殺される悪夢よりはマシとはいえ内容が全くわからない。それでこそ夢なのだろうが。意味不明な出来事が続くのは辛い。
次はもっとわかりやすい夢がみたい。
そう思いながら演説机を眺め続ける事数分。
演説机に座ったのは、四十頃の白髪の多い壮年だった。
やがて、男はマイクを手に取り、言った。
「ようこそ、没落者の方々」
嘲るような、憐れんでいるような、中年男性の声だった。
そこから先の映像は途切れた。
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