第14話 教室でのロマンのない会話
「なー、教室って誰もいないと軽くホラーだよな」
先程の会話を無かったことにするように、全く益体の無いことをイルは呟いた。
私の想像通りだ。……少し乗っかってみようか。
「人が沢山いる所が誰もいなくなったりしたら、違和感があるよな。それが、恐怖の源になってるんじゃないか?」
「あー…成程。大都会とか、誰もいなくなったら確かにホラーだ」
「まあ、ホラー作品なんて実際にそうならないって大前提があるからこそ楽しめる代物だと思う」
「そうか? こうなったら怖い系とかもあるじゃん」
「それだって、人間の悪い予測が楽しい心理を逆手に取ったもんだろう。…正直な所、本物のホラーなんて作っちゃいけないものだと思う。それに、誰も求めないだろう」
「皆、飢えてると思うけどな、本物に」
「そういうポーズを取ってるだけさ」
そう。
大多数の人間は、本物をきっと望まない。
あったって、どうして良いか普通の人間にはわからないのだ。
そして、わからないものは、わからないというだけで恐怖を生む。そして、気持ち悪さを付加させ、差別、偏見へと変化していく。
本物の怪物なんて、望むべくもない。
きっと、普通の人間は逃げることも出来ず、目の前の本物の恐怖に心と身体を食い千切られて終わる。…想像してみると、案外愉快だ。
他人の不幸は蜜の味。
何度でも言ってやる。
「何、笑ってんだよ、お前」
「ごめん、ちょっとね…」
悪趣味な妄想で楽しくなれる私は間違いなく性格が悪いんだろうな。
でも、それしかやれることなんてないし。
「かなり気持ち悪い笑顔だったぜ」
「ありがとう」
「何で、お礼言うんだよ」
私にもわからない。
笑顔の感想を言われたからだろうか?
「なんだって、そんな気持ち悪い笑顔が出来るかわからないな。口の端を上げただけじゃん」
「笑顔ってそんなもんだろう」
「いや。笑顔はもっと心が籠ってて、キラキラしてるもんだろ。…少なくとも世間の人間ならそう言うんじゃないか?」
自分が社会不適合者だということを棚に上げて揶揄するようにイルは言った。
「そんなの幻想だろ。社会人としての常識並みに世界で通用しないだろ。それに百円でスマイルが買えるんだから、そんなキラキラしたものじゃないだろ。どっちかっていうとギラギラしてるだろ。世間様が言う笑顔なんてものは」
「あー…そうだな。笑顔にも格はあるわな」
「何にだって、格付けはあるよ」
「……ダメ人間にも?」
「ダメ人間にも」
事実ここにきてから、私は肌でそれを感じたのだから。
何処にだって、何にだって、上下はある。
平等は無い。
何処にもそんなものはない。
生物として生まれ落ちた段階でそんなものを望む方がおかしいのだ。多様性を良しとし生まれてくる生物。どうあがいても、差は生まれる。
赤ん坊の時点で、それは決定的に決められている。
そして、人間はそれを無視して、謳い、賛美する。
平等やら、道徳を。
大多数の人間はその裏を見ようともしない。疑おうともしない。
上っ面だけ綺麗なら、皆はそれを良しとする。
それに異を唱える人間は、排せされ、無かったことにされる。この国だと特に。
それに抗えるのは、力のある人間だけ。
特殊な能力のある人間だけ。
天とやらに選ばれた人間だけ。
そういった人間は余りにも、少数だ。
世界は大多数の意見で出来ていく。
少数は、どうしたって切り捨てられるのだ。
それが、世の仕組みだ。これは決して変えられない絶対的な法則。
この法則から逃れる方法は、一つだけ。
生物じゃなくなることだけだ。
生物でなくなれば、少なくとも格差や競争から抜け出せる。方法は限られているが一般的に手っ取り早く生物をやめる方法がある。
自殺することだ。
死ねば、生物じゃなくなる。
生命活動を停止してしまえば、あとは有機物で構成された物体になるだけだ。実におてがるで簡単な方法だ。
ただ、大多数の人々はそれが出来ない。
生物に刻まれた本能的恐怖に、抗い、勝利することが出来ないからだ。
社会も、それを推奨しようとしない。
歯車や奴隷が欠けると、困るからだ。ただでさえ、少子化と言われるこの世の中だ。死んだら、困る。
しかし、これらのものを越えれる人間は一定数いる。
希死念慮に駆られるがまま、ふらふらと境界線を越えれてしまう人間が。
残念なことに、私はその中の人間にはなれなかった。
その中の人間にすら、なることが出来なかった。
ただ、無様に生きる屍のごとく生活することしか出来ず。
社会の為に、何一つ貢献出来なかった。
そして、私は今ここにいる。
社会の最果て。家族からは縁を切られて。
「ダメ人間でさえ、誰かと張り合いたいんだよな、結局」
「仕方ないよ、生き物だから」
「ああ、なら仕方ないか。しっかし、もう少しまともにならないかな、人類。少なくともオレ達のような屑を生み出さない程度にはしっかりして欲しいよな」
「だな。…まあ、人類がそんな風になってる時は、もう幼年期の終わりなんだろうけどな」
「成長するべきだ、そろそろ。皆、幼児のままでいられないんだから」
「精神レベルが幼児の奴はいるんだけどな」
「それも含めて、修正されて欲しいよな、成長した時は」
「……そうだな」
「早く、死んで、二度と輪廻転生したくない」
「そうだな…」
「皆、なんだって転生を望むかな。どんなポジションにしたって生きるなんて、辛いだけなのに」
「ハーレムとか、したいんじゃないか?」
「オレ、あんまり興味湧かない」
「男のロマンだろ、ハーレムは」
「中身が無いだろ、ああいう系の女の子なんて。絶対、会話してもつまらなさそう。何か見た目や口調や属性が違うだけで根本が同じっていうか浅そうで…」
「随分と、傲慢な物言いだな色男。さぞかし女にモテたんだな?
「そんな訳無いだろ。年齢=彼女居ない歴ですよ。童貞だよ、童貞。多分、これからも」
「折角の顔が勿体無いな。お前なら彼女の一人や三人、出来そうだろ」
「そんな甲斐性は無い。そもそも、顔だけ目当ての女の子なんて私の性格を知ったら皆、逃げ出すさ。そもそも、私は社会不適合者だからね」
「ヒモって手があるぞ」
「私はあんな風に器用じゃない。無理無理……」
「結婚とかさ、そういうのも考えないの?」
「誰が好き好んであんな地獄を望むんだ。馬鹿馬鹿しい」
「地獄か、墓場じゃなく」
「じゃ、聞くがお前は自分の周りの家族を見て幸福だと思ったか?」
「いんや」
「だったら、聞くなよ」
家族。
世間一般の幸福の対象。そんなイメージが作られている。
しかし、どうやら現在その幻想は壊されつつあるようだ。
誰もが、現実を目の当たりにし、血族を増やすことを止めた。国はそれを何とかしたいようだが、まあ無理だろう。
暖かな家庭なんて、嘘っぱちだ。
家族なんて、枷でしかない。
だから、私は一人で生きていきたかった。
それなのに。
「……あーあ、どうしてこうなったんだろう」
少しだけ、ぼやいてみる。
イルは少しだけ目を細めたが、やがて興味を失ったのか黒板の方へ向いた。
会話が途絶えると、教室は酷く静かに感じた。
冷え切った、教室内。
私は、何も言わない。
イルも何も言わず、黒板の方を見続けている。
無言は、時に心地よく。
安堵へと変化していく。
矢張り、私は社会的動物ではない。単体で生きていった方が良い生き物だ。
でも、何故私はあの檻から出られなかったのだろう。
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