第12話 余り真っ当ではない会話
「そういえばさ、昨日大騒ぎしてた馬鹿がいただろ?」
「…いたな。会ったのか?」
「今日、ここに来る時にちょっとだけ見た」
「どんな様子だった?」
「……ヤバそうだった。また、暴れそうな感じ。目とか腐敗が進んだ魚の目みたいな色してたよ」
「…怖いなぁ」
腐敗が進んだ魚の目とか、悍まし過ぎる。
絶対に会いたくない。
何をされるか、わからない。
「それにしたって、昨日の朝礼は凄かったよなあ…」
「もう二度と起きて欲しくないな…」
ああいう騒ぎは苦手だ。
「イル。そういえば、今日も朝礼はあったのか?」
「さあ? 行ってないから何とも。今日は九時起きだったし」
成程。コイツも私と大して変わらないようだ。
……一時間ほど、コイツが早起きしているのが、ほんの少し悔しい。
「お前さ、ゲームやる? ゲームボーイ一つしかないけど」
今日は、ゲームボーイアドバンスじゃなかったのか。
「いや、別に……」
「えー…遊ぼうぜー?」
「会話してる方が私は楽しいかな」
「へえ。……もしかして、外にいてた時はあんま人と話してなかった系?」
「ああ。親とも全く話をしなくなってたよ」
ずっと誰とも会話せず、声が出なくなってしまった時もあった。
それほど、誰かと関わりを持たない生活を送っていた。
社会的動物失格だ。
私は、人と全く関わらなかった。
しかし、今思うと、それは凄く贅沢な暮らしだったのだろうとも思える。
人間関係を構築出来なかったが、煩わしい人間関係に振り回せることも無かった。
「そういうお前はどうなんだよ、イル」
「ゲーム友達とスカイプで話したりしてた」
……どうやら私より、人とコミュニケートしていたようだ。
畜生。
スカイプとか怖くてやった事無いぞ。
勿論、ラインもやってなかった。
毎日毎日、ネットサーフィンや、読書ばかり。
……ダメな日々を送っていた。
最悪とまでいかなくても、最低ではあっただろう。
「……はぁ」
「どうした?」
「ダメ人間にも位とかあるんだな…」
「そりゃあ、あるだろ。でも、真っ当な人間からは一括りだよ。ダメ人間なんだからさ」
……なるほど、それもそうか。
どんなに良いダメ人間(…いるのだろうか)だろうと、最底辺のキングオブダメ人間だろうと、普通の人から見れば皆が、皆、社会のゴミだ。でも、そんなごみ溜めの中でだって、劣等意識は生まれる。
人間の醜さはどんな場所でも生まれる。
理性とか良心とかそんなものが出る幕も無い。そういう節理なのだろう。
人間らしいと言い換えれば少しは綺麗になるのだろうか。
「人間らしい、なんていうのは人間特有の醜さを美化する時に良く使われてるよな」
「私の心でも、読んだのか、お前は…」
「そんな風に顔に書いてあるよ」
どんな顔だ。
「……でも、よく言われてる人間らしさの中にはそういった醜いものが多々含まれてるよ、きっと。そういう醜さが好きな人間は一定数いるんだろうけどさ……。オレは、好きじゃないな」
「好きじゃない?」
「別に嫌いって言ってる訳じゃ……いや、嫌いだな。オレは人間の醜い部分が大嫌いだよ」
「私もだ」
ということは、即ち。
この男も、私と同じく。
「人間、それ自体が嫌いだよ」
……また、心を読まれてしまった。
「人間自体が嫌いだからさー…。人間が作ったものは別として、人間という種それ自体に価値は無いと思ってるよ、オレは」
「そこまでか」
「何言ってんの、佐藤。当たり前だろ」
「当たり前と言い切ったな……」
「滅んだって構わないよ、オレは。…いや、そもそもこの世界なんて終わるか、その内。どうせ、この社会は人間自体を必要としなくなるんだ」
「……機械が支配する…みたいな? 少し不思議な話だな」
「機械が何もかもをやるようになるんだ、あと少しで。…その場合、人間は捨てられるのさ。使っていた機械たちに」
「…捨てられる?」
「支配なんてものは、人間特有のものだろ。機械はそんな非効率にも程があるだろ」
「けど、機械が人間に反乱する話とか、大体そんな流れだろ」
「フィクションだろ、そんなもの」
「フィクションをバカにするなよ」
「してないよ。フィクション作品は偉大だよ。ただ、混同しちゃダメだろ。現実的に考えたら機械が人間を見限って新しい文明を作り上げそうだろ?」
「……そうか?」
全く、イメージが湧かない。
機械が覇権を握ったら、パラノイア的なディストピアが誕生する…といったイメージしか私には無い。
「あと、オレ機械が人間の感情を手に入れる…みたいな話も嫌いだ。何人間になっていってんだよ、とか思う」
「あー……。よくあるよな、そういうの。…昔から人形が人間の心を手に入れたりする話はあるから仕方ないんじゃないか?」
「そうかもしれないけどなぁ…。アレ、人間の勝手だろ」
「勝手?」
「人形を人間にして、お涙頂戴のドラマを繰り広げて、嗚呼、人間って素敵!…とかやってんじゃねーよ!!ってことだよ」
「……よくわかんないな」
私は、ロボットが人の心を手に入れる話、好きだし。
特に、人間に迫害を受けたりしたら大好きになる。
「機械や人形が可哀想だよ…」
「…まあ、今の所、現実でそういうのは起こってないから良いんじゃないか?」
「そうだな。どうせ、人間そっくりのアンドロイドが出来ても哲学的ゾンビとかで怯えて自分で台無しにしそうだしな、現人類」
「ああ、そうだな」
…哲学的ゾンビってなんだっけな。
哲学の用語だよな、多分。
「あーあ!!人類滅びろ!!」
「落ち着けよ…」
「この場所とか、人間の醜さの骨頂じゃねぇか! 社会復帰!? ふざけんなよ、くそくらえだ!! こっちから願い下げだ!!!!」
「…おいおい」
私の部屋で騒がないで欲しい。
……でも、その気持ちはわかる。
「大体な、この場所なんてまともな訓練なんかしてねーじゃん!!どいつもこいつもふざけてやがる!!一体、どうしたいんだよ!!それならいっそ、オレ達を食肉加工にでもしたり毒ガス散布でもして、殺しちまえばいい!!!」
「…」
「…あー、スッキリ。…どうした、佐藤。顔色悪いぞ」
「大きい声、嫌いなんだよ」
「そっか。ごめん」
全く心の籠っていないごめんだった。
ここまで気持ちの入っていないごめんは始めてだ。
「ここにいると、イライラが溜まる一方だ」
「…そうか?」
「お前だって、そうだろ? ストレス、感じないか?」
「…いや、特に」
…この男に、悪夢の話はしたくない。
「この環境でストレス溜まらないなんて、羨ましいな」
「はは、羨ましいか?」
「ああ、殺したいレベル」
なんで、少し勝ち誇っただけで殺意を抱かれないといけないんだ。
「でも、言っておくけど、ここの施設の職員はあんまり当てにしない方が良いぞ」
「…心得ておくよ」
「大事なことだから、メモでもしとけよ」
「良いよ…。記憶力はこれでも良い方なんだ」
ただし、自分の気になったことだけ。
人の名前はそこに入っていない。正直、三日で忘れる自負がある。
メモは、面倒だから取らない…のではなく。時々、何のためにメモしたのかわからないものがあるからだ。
人間に、興味が湧かなくなったのはいつからだろう。……小学生頃まではきちんと憶えれていた気がするが、それ以降、名前を憶えているかと言われてしまうと口が噤む。
「……人に興味なくなると、名前が覚えられなくなるよな」
「……イルもそうなのか?」
「おう。リアルにいる人間より、この次元にいない人間の名前の方が覚えやすいんだよ」
…どうやら、結構なおたくらしい。
まあ、気持ちは理解できる。
二次元は最高だ。
少なくとも、彼女ら彼らは自分の意思では裏切らないのだから。
「なぁー、佐藤」
「なに?」
「部屋の外に行こうぜ。お前とだらだら喋るの飽きた」
「身勝手が過ぎるだろ…」
勝手に来ておいてその言いぐさか。
…しかし、退屈は退屈だった。
私は、退屈は嫌いではないが、耐えられないという身勝手な性質を抱えている。
この申し出は、正直有り難い、とも思える。
ただ、如何せん言ってきた奴が奴。
……なんだかなあ。
「それとも、ゲームする?」
「……いや。行こうか、外」
「そうこないと」
にしし、と笑うイルを横目に私はベッドから立ち上がった。
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