第11話 名前変更。

悪夢をまた見てしまった。

 「……うえ」

 吐き気がした。

 昨日から嫌なことばかりが続く。

「……そういえば、今日もあるんだろうか。朝礼」

 部屋の時計を見てみると、針は十時を示していた。

 寝すぎだ。

「……私は駄目人間度がアップした……」

 まあ、昨日が例外だっただけで今日ぐらいに起きるのが当たり前だった。

 明日もきっと、今日と同じ時刻に目が覚めるんだろう…恐らくは。

「……はぁ」

 今日一日、この部屋にいるのも良いかもしれない。

 誰も、呼びに来ないし、そもそもここで真人間にはなれないだろうし。

「……何で私をここにいれたんだろうな」

 厄介払いにしたって、もっと生産的なやり方があったはずだ。

 それとも、無用の者に対する当然の仕打ちなのだろうか。

 だとしたら、ふざけているとしか思えない。

「……誰とも、会いたくないな」

 許されるなら、夢も見ず延々と眠り続けたい。

 死んだように、眠っていたい。

 どうせ、何も出来ないのだから。ここにいても、外にいても。

「おっす。佐藤いるか?」

 ガチャリ、とドアが開かれた。

 ドアの向こうには、昨日会話した病がいた。

「おー…結構良い部屋だな! まあ、オレの部屋と作り一緒だけどな!!」

「……………えっと、帰って」

「うっわ、遊びに来た友人に対して何て無礼な態度を取るんだ、お前は」

 友人って、昨日会話しただけじゃないか。

 なんなんだ、コイツ。

「………というか、部屋の場所、教えてなんかいないんだけど」

「そんなの職員に聞けば済む話じゃないか」

「そもそも、何でここに来たんだよ」

「だから、遊びに来たんだよ」

「……本当にそれだけで?」

「おう」

 病はにっこりと白い歯を見せて笑った。実に健康的な笑みに私は一瞬、和んだ。

 ここまで健康的な人間らしい笑みは久しぶりだ。

 中々、こういった心底楽しいという笑みは見れないものだ。

「でも、さ。病。私の部屋にはゲームは無いよ」

「ゲームはオレが常に携帯してるから、大丈夫。あと、今日のオレは病じゃない」

「え?」

「今日のオレは、常二イル、だから」

 胸を張って、病は…もとい、イルは言った。

「…本名じゃなかったのか、アレ」

 そりゃ、そうか。

 だとしたら、今名乗った名前も多分、本名ではないのだろう。

 面倒な奴と知り合いになってしまった。

 少し、後悔している。

「えー…別に良いだろ。名前なんて日替わり更新で」

「呼びにくいんだよ」

 日々変わっていたら、どう呼べばいいんだ。

 ただでさえ、私は人の名前を覚えにくい人間なのに。

「その方が楽しいだろうに」

「人のことも、考えろよ」

「……佐藤さ」

 イルは笑った顔から一転、真面目な顔つきに変わった。

 自分を見透かしてしまうような目は、ハッキリ言って苦手だ。

「お前の言う人ってどんな人なんだ?」

「…そりゃ、世間一般の方々だ。落伍者の我々とは違う、真っ当な人だよ」

「なるほど、なるほど。…じゃあ、聞くけどさ、ここにいるのか、真っ当な人間が」

 …………。

 私は、次に言うべき言葉を見失った。

 イルは私を訝し気に見ている。

「職員? あいつ等だって、オレ達とあんまり変わりないんだぜ? 世間からの評判とか、社会適合度とか。あいつ等とオレ等の違いなんて、給料を毎月貰ってることくらいだ」

「雲泥の差だろうが」

 お金を貰って、自立している。

 それがどれだけ凄い事か。

 私は、知っている。

 妬んでさえ、いる。

「でも、お前が思っているほど、職員はまともじゃないからな。これは、本当だ。ここに真っ当な人間は誰一人としていない。真っ当なら、まずここに来る訳も無いしな」

「確かにそうだろうけど…」

「まともが何一つとして無いのに、まともを目指すなんて、出来る訳がない。絵空事に過ぎない」

 ……それも、そうか。

 お手本になるものがここには一つも無い。

 それで、まともになれなんて、不可能が過ぎる。

 皆、まともになれやしなかった人間ばかりなのに。

「それで、だ。佐藤。まともな人間が一人もいないこの場所で何でまともな人間の目を気にしているんだ?」

「それは…」

「まともな人間を言い訳にするなよ。そんなの、いないんだから。単純に、お前自身が嫌なだけだろ」

 言い訳か。

 そうかもしれない。いや、確実にそうだ。

 昔から、私は居もしない他人の所為にばかりしてきた。

 悪い癖だ。治す気は今の所無い。

 ここには、私を含めて真っ当な普通な人々はいないんだ。

 そう思うと、肩の力が一気に抜けた。


「……あー…ありがとう」

「…? まあ、良いってことよ」

 そう言って、イルはまた笑った。


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