第7話 美少女との会話。現実への帰還。

「………」

 何故、こんな少女が取るに足らない吹けばどこまでも飛んで行ってしまいそうな凡夫たる私に声を掛けたのだろう。

 あの愛らしいソプラノ・レッジェーロは、私の錯覚ではないのか。

 こんな少女がここにいることすら、酷く非現実染みている。

「あの……聞いてますか? …無視、しないで下さい…」

「えっと…それは、私に仰っておられますか、レディ」

 突然の問いかけに思わず、口調がおかしくなる。何だ、レディって。馬鹿にしてるのか。そう捉えられかねない。何でこんな口調になるんだ。

「貴方以外に誰がいるというの?」

「大変失礼致しました…どうか、お許し下さい…。して、何の用でしょうか。目障りでしたら今すぐここから消えます故、お見逃し下さいお願いします」

「そうではなくて…あの、その、本…」

「…本?」

 この、児童書か。

「この本がどうか致しましたでしょうか」

「お気に入りの本なの。…良かったら、貸してくれませんか…? 強制はしませんけど…」

「どうぞどうぞ。貴方様のお気に入りの本を私なんかが触れてしまって申し訳ありません」

 そう言って、少女に手渡す。

 少女は、本と私を見つめて嬉しそうに笑った。

 まるで、幾千の花が一斉に咲き誇ったかのような微笑みだった。

 こんな少女の眼に、これ以上汚い私が映り込んではならない。彼女の輝きが汚染されかねない。

 私は、早々に図書室から出て行くことにした。

 私のような存在は、少女の前に不要だ。

「待って!」

 少女に呼び止められた。

 予想だにしていなかった事態だ。

 私は、立ち止まる。ただ、振り向きはしなかった。振り向いたら、またあの少女の瞳を見てしまう。美しい存在を曇らせてしまう。

「貴方、お名前は!!」

「………佐藤と申します」

「私、アゾートです! また、会いましょう、佐藤さん!」

 私は、無言で図書室を出た。

 脳裏に刻み込まれた、アゾートの笑みはキラキラと宝石のように輝いていて、ノスタルジーな感慨を想起させた。

 あんな、美しい少女とは、会ったことはないのに。


 窓が一つもない真っ白な廊下に出て、漸く現実へ帰ってこれた気がした。

 あの少女は、何者だったのだろうか。

 わからない。

 職員の人の子供でも迷い込んでいたのだろうか。

「…心臓が止まるかと思った」

 比喩ではなく、本当に。


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