第6話 図書室の美少女
教室から出て、図書室の方向へと歩いているが、この施設がどういうものなのか怪しく思えてきた。まあ、当然か。この世にそんな好都合なものは無い。
にしても、教室に図書室。
まるで学校だ。
まあ、社会復帰の為の学校であることは間違いないのだが。
「…学校って…なあ…」
真面目に通っていただろうか、私は。
……よく、覚えていない。
何を学んだか、何を感じて、どうしていたのか。…即座に思い浮かばない時点で、私の学生生活も知れたものだ。
「…図書館や図書室には、籠っていたような気がするんだよな……」
…うろ覚えだけど。
そんな風に考えながら、歩き続けていたら図書室というプレートが見えた。
「………どれだけ、本があるんだろう?」
扉を開けて、少しだけ覗く。
見渡す限りの本棚の海が広がっていた。圧倒的なまでの量に、圧殺されてしまいそうだ。
誇張表現だと思われるだろうが、私は本気で、本に飲み殺される錯覚を覚えたのだ。今まで見てきた図書館の何倍もの量が、学校の図書室に収まっているように見える。あちこちに、本棚に入りきれなかった本が無造作に積まれていた。
「なんじゃあこれは…!」
このような場所があるとは。
中々この施設も、侮れない。
まず、思い切り息を吸ってみる。紙の匂いと埃を一緒に肺へいっぱい入れ、勢いよく吐き出した。
「…さて、適当に読み散らかすか」
懐かしい…気がする。
しかし、楽しい思い出は蘇ってこなかった。
…残念、と思えないのが一番残念だった。
「…お?」
一番近くの本棚に足を延ばそうとした瞬間、何かを蹴った感触がした。
…よくみると、詰まれた本の一部を蹴り倒していた。
「……戻すか」
本を積み直し、再度本棚に近づいていった。
様々な本があったが、どうも私の興味をそそるものは見つからなかった。
「……読んだことのある本ばかりが目に付くな…」
内容は未だ鮮明に覚えている為、読み返す必要もない。
「にしても、ここまで本が沢山あると、不気味だ…」
大量に不法投棄された知識の残骸。
そんな風にも見える。
まあ、要らなくなったものは捨てられる。
仕方ない。
…私だって、要らないからここにいる。
「いかんいかん…」
何故、こうも暗くなってしまうのだろう。昔からの癖だ。修正したくても脳の奥深くに食い込んだこの考え方は無くなってくれない。
きっと、何時までもこのままだ。
昔は、それを認めようと、努力したこともあったんだが。
「いやそもそも、努力って…」
努力。
言ってみて何だが、そもそも努力ってなんだろう。
生まれて二十年位経っているのに、未だその意味がわからない。
努力努力と、言われてきたのに。
私は、その意味すらわからないまま、皆の努力と言ってやっている行為を真似た。やっぱり、真似は真似でしかなかった。
頭が負の考えでいっぱいになる。
すっきりさせることは出来ないが、一旦忘れたい。
方法は、わかっている。
出来るだけ、見たことのなさそうな本を、手に取る。
読書でもすれば、多少は忘れられるだろう。
嫌な自分も、考えも、現実も。
そうやって、目を逸らし続けてきたじゃないか。
今までも、きっとこれからも。
手に取った本は、小学生が読むような児童書だった。
もう、何だって良かった。
「あのー…」
…陰気な図書室の空間に似つかわしくないソプラノ・レッジェーロ。
私が今まで聞いてきた中で、一番愛らしく、美しい声。
声のかかった方へと首を向ける。
最初に目に入ったのは、絢爛な真っ赤なロリータドレス。レースから、衣服の布まで、輝きを放っている。余程、良いものなのだと素人ながら察する。次に目に焼き付いたのはゆるくウェーブの掛かった純金と溶かし込んだような金色の髪と、陶器ように透き通った肌。顎は小さく可愛らしい。上等なルビーのような瞳は、不思議そうに私を映している。
まるで、ビスク・ドールのような優美さと愛らしさを共存させた少女が、目と鼻の先にいた。それも、知の果てと形容出来るような図書室に。
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