第5話 教室にて。
張り紙の文字の言う通りに進んでみると、確かにそこには小中高慣れ親しんだ作りの教室が見た感じ5クラスあった。古い木造りの机、椅子、教卓、床。レトロなタイプの教室だが、郷愁を感じるにはピッタリかもしれない。
けれど私は、学生時代に余りいい思い出はない。
ほどほどに嫌なことならばありったけ思い出せるのだが、小中高一貫して楽しい思い出が一切思い出されないのだ。
まあ、輝くような青春を謳歌していれば、私は今ここにはいないのだろう。
「……アレって…」
ふと、人影を見つけた。
ニット帽を被った男が、1組と書かれたプレートのある教室のど真ん中の席を陣取っていた。
熱心に、ゲームをしている姿が見える。
「…何してるんだ、あいつは」
あの謎キャラ、本当に意味が解らない。しかし、入っていくのも気が引ける。そこまで他人が好きという訳でもない。
……でも、あの教室、勝手に入って使っていいものなのだろうか?
…やっぱり、戻ろうかな。…勉強してる感じじゃないし。
「おーい、そこのアンタ!! 何してんだよ、入んなよ!!」
教室の向こう側で謎キャラが手を振っている。…どうやら見つかってしまったらしい。あーあ。
仕方なく、教室に入ってみる。逃げても良かったが、何となく後が恐ろしかった。チキンと笑いたい奴は笑え。笑いものにされるのは、慣れている。
「…よう。さっきぶり! お早い再会だね!そう思わないか?」
「……ああ」
「おや、さっきの敬語が消えてないか? アレ、薄気味悪いからやめとけよ」
「……うん」
人と余り喋りたくないから、近寄りがたい雰囲気を発するような敬語やキツイ口調を使ってしまう。…ここではやめるべきだろうか。真人間になるならば。
「そういえば、名乗ってなかったな。オレは不治野病だ、よろしく」
「…………」
変な、名前。そう思ったが、口には出さなかった。
ふじのやまい、なんて人を馬鹿にし過ぎじゃないか? 偽名かと思ったが本名を聞き出す気にはなれなかった。他人の名前なんて、見分ける為の記号に過ぎないのだから、本物でも偽物でも構わない。
「で、アンタの名前は何だよ。色男」
私の、名前か。名前。私が嫌いなものの一つだ。
「……佐藤」
「…へえ。よくある名前だ。下の名前は?」
「………言いたくない」
「…嫌いなのか? 自分の名前なのに」
「大嫌いだよ。親を憎み殺したい位に」
佐藤鈴木。この世でもっともふざけた名前ランキングに入る名だと思う。ありきたりな名前×平凡の名前の組み合わせがこれほどまでにふざけた結果を作り上げるのだ。キラキラもしていない最悪な名前だ。何を考えて付けたのやら。兄や弟の名前はまだマシな名前だった筈だ。いや、兄は確か改名したのだっけ。よく覚えていないが。
「そうなんだ。下の名前はキラキラネームなのか? まあ、オレには同情するしか出来ないけど、いるか?同情」
「いらない」
こんな変な名前のやつに、そもそも同情とかされたくない。
一体、なんの冗談だ。
「えっと…病っていうんだよな」
「うん」
「……ここで、何してるんだ」
「何って見てわからないのか?」
「わかってたら、聞いてないよ」
「しょうがないな…。ゲームしてたんだよ。初代伝説のスタフィー」
懐かしいタイトルを聞いた。
確か、小さい頃やり込んでいた筈だ。…あの魔法の箒、好きだったな…。
「いや、教室でやってていいのか、そんな事…」
「構わないみたいだよ。職員の人に聞いたし」
良いのか。
何なんだ、この施設は。
……自堕落がさらに自堕落になる施設でしかなくないか。てことは、ここで生活する限りそんな自由気ままなスローカオスライフを送るコイツのような奴とまた遭遇する可能性があるのか。
……何ということだ。
こんなことで、社会復帰なんてまた夢のまた夢だ。
「どうした? 臨戦態勢のカバみたいな顔して」
どんな、顔だそれは。
カバって兵器に匹敵する位強い生物らしいけど。
「もしかして、まともになれるなんて夢でも見てた?」
「………まあ、そんな所」
「いやいや、そんなことある訳ないじゃん。佐藤、一回、自分の人生振り返ってみようよ。修正の余地があるか?」
…色々と思い浮かべてみるが、無いな。
タイムスリップが出来て、過去の自分をどうこう出来るなら話は別だけど。いや、それでも難しいだろう。
「な、出来るわけないだろう?」
勝ち誇ったような顔で、両手を広げ若干、身体をくねらせる病。…はっきり言ってウザい。平和主義者じゃなきゃ、殴っている。
「なー…お前も、ゲームする?」
「しない」
昔は、飛びつくほどゲームが大好きだった。興味があったが、どうでも良さが勝った。あの頃の情熱が欲しい。まあ、戻ってはこないんだろうけど。
「つれないな。まあ、いいや。オレは大体ここにいるから、気が向いたら、また話そうぜ佐藤」
「ああ、病。さよなら」
気が向いたら、ね。
……まあ、人間の気分は一定じゃない。あり得るだろう、そういうことも。
…少しだけ、振り返ってみる。
ゲーム画面に熱中し、病は私を見ていない。存在すら、忘れ去っているかもしれない。
彼は、もう現実に意識を向けていないだろう。画面の向こう側だ。
キラキラとした、こっちとは大違いの夢のある場所にいるのだろう。
何故だが、虚しくなって教室を出た。
ふと、張り紙に書かれていた図書室が気になった。
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