第3話 奇声と朝礼、と謎キャラ
言われた通りに道を進み続けると、体育館のような大広間に出た。人もまばらにいる様子から、恐らくはここで集会があるのだろう。舞台の上にはご丁寧に演台が置かれている。
ただ、私の予想と違い、周りにいる人数はかなり少ない。
しかも、皆、きょろきょろうろうろしている。挙動不審な人の方が圧倒的に多い。皆がフリーダムだ。
服装も皆、変わっていてぼろぼろの布のようなものを纏っている人間もいれば、古代ギリシャのキトンのような服装をしている人間もいた。上下ともにジャージの奴も、妙な文字(旧漢字っぽい)文字がプリントされたパーカーを着ている人間もいる。
……ラプンツェルのような長い髪を全身に纏わせている人間らしき物体も見える。
こいつら、服に関して節操が無さすぎる。ファッションとか身だしなみとかどうでも良さそうな人種しかいない。
…まあ、私もそうだけれど。身だしなみとかクソくらえだ。
やがて、職員の人が朝礼を始めますという声とともに、その場に座るようにと、指示を受けた。私や何名かの人間は座ったが、ぽけっと立ちっぱなしの者もいた。
しかし、特に何も言われなかった。
演台に立った職員らしき人物がまず、挨拶をした。
「おはようございます。当施設を利用する皆さま方。今日、この朝礼に間に合った人々におめでとうの言葉を送らせてもらいます」
おめでとう。
ノイズのようにその言葉がニューロンを走った…気がした。
自分が出てきたあの、悪夢。
私は歯を食いしばって、耐えた。そして、早くこの朝礼が終ることを望んだ。
私の気も知らず、職員は人生におけるあれこれやら、どうでもいいことを話す。
早く、終わってくれ……。
すると、唐突に奇声が近くで聞こえた。
「あああああああぎゃああああああああああああああがああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
やかましい。絹どころか、板だって破れてしまうようなドギツイ声。それに呼応してか他の奴もけたたましく叫び喚く。ぼろを纏った最底辺だと視覚に訴えてくるような容姿の男が叫ぶ。一体どうしたというのか。
不安になる人、怯えて片隅に逃げる人、それにも構わず喚き散らす奴。なんだこの悪夢の光景は。
「あがああああああああああああああああああああ!!!!!」
そして最初に叫んだ男が、舞台へと上がっていく。
演台を力任せに倒し、職員に摑みかかっていた。
「やめてください!!」
「あああああああああああああ!!!!!うせえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!うるせええんだよおおおおおおおおおおおお!!!!耳障りなんだよおおおおお!!!!!」
耳障り。
その気持ちはわかる。正しくて、お綺麗な言葉は鬱陶しい。
でも、今はお前の方が耳障りだし、五月蠅い。
…成程。今まで、私は最底辺の人間だと自負してきたが、認識を変えなければ。私以上の底辺は存在している。
今、奇声を上げて職員に突っかかってる人みたいに。
当たり前のこと過ぎて、今の今まで忘れていた。
いやあ、良い事を知った。
少なくとも、前より自分がマシな存在に思える。
自分で自分を許せる範囲が広がった。とても、幸せだ。
ありがとう。変な人。
そして、黙れ。現在進行形で騒ぐな、五月蠅い。
数時間にも感じられた演説は、雑音によって邪魔をされ急遽終了した。
騒ぎ立てていた男は職員によって捕まえられ薬らしきものを使われ、大人しくなった。暫く、隔離されればいい。
やがて、大広間から出た時、私はすっかり疲れていた。
「やあ、爆笑だったよね。おたく見てた?見てたよなぁ?」
真横から突然、話しかけられた。
「えぇと…誰ですか、貴方は」
知らない男だった。
身長は大体170cmくらい。頭にニットを被り、奇妙なパーカーを着ている。パーカーには旧漢字で何か書かれているが、生憎とそこまで詳しくないので読めない。そして、下駄を履き、右手にはゲームボーイアドバンスが握られている。
何キャラだ、コイツは。
というか、朝礼前に見かけた変な奴じゃないか。
「別に良いじゃん、何者でも。そうじゃなくてさ、アレ、ヤバかったよな。奇声上げたの」
「………五月蠅かったですね、確かに」
「えー…感想それだけ? 他にないの?」
「いや、別に…」
「ふーん、そうか…。何か、目とかもヤバかったし、途中から何か泡吹いてた気がするんだよな…」
「…薬中だったんじゃないですか?」
知らないけど。
だとしれば、人間失格認定も致し方なし。恐らく、アレはここで更生できるものでもないだろう。
「オレもそう思ったんだけどね…。まあ、それでも朝礼を短縮してくれたことには感謝しないとな。あと、職員に摑みかかった時、すっげースカッとした!!」
ゲームボーイアドバンスを振って、喜びを表現する謎キャラ。
「スカッと…?」
「ああいうお堅い職業の奴がぶん殴られたり、理不尽な目に遭う事ほどオレ達を和ませること無くない?」
「ああ、そうかもしれませんね…」
他人の不幸は蜜の味。
ましてや、最底辺にいる自分たちからすれば遥か上にいる人間の不幸は最上の蜜だ。他人の不幸は、私たちにとって最良の清涼剤になる。
「面白かったよなー。オレ、途中から爆笑してたもん」
「私は幸福感に浸ってましたよ。自分より下がいるっていう優越感とともに」
「あー…オレもちょっと浸ってた!! いやあ、本当楽しかったよな!!」
お互いに、笑い合う。最低な内容で。
名の知れない誰かと話すのもそれなりに楽しいから不思議だ。
「いやあ、久々に誰かと話すの、楽しいわ。サンキュな」
「いや、こちらこそ楽しかったです。では、さようなら」
「うん、じゃあな」
そう言って、謎ニット男は、私とは違う方向へ歩いていった。
「…あ」
そういえば、名前聞きそびれた。
「まあ、また会うかもわからないし、いっか…」
聞いても忘れる可能性が高いし。…そう考えるとアーネスト氏の名前を憶えていたことが奇跡だな。自分にしては、珍しい。
「……とりあえず、部屋に戻ろう」
朝から、散々だったが、少なくとも人と楽しい(内容は最悪だったが)会話が出来た。
かなり、真人間らしい朝だった。
そう、思うことにしよう。
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