第2話 余り良くない目覚め
朝から気分が悪い。地の底に沈んでいく勢いで、テンションが下がる。
こんなに夢見が悪いのは、初めてだ。
「大体、なんなんだ。あの、私もどきは」
チェーンソーでバラバラになんてしやがって。私はエジプトの神様なんかじゃないからバラしても元には戻れないんだぞ。それをバラバラに斬り付けやがって、恥を知れ。
「……こんなんで、ここでやっていけるのだろうか」
ベッドから起き、溜息をつく。
簡素な、家具の置かれていない一室。ここが、『今』の私に与えられた部屋。
備え付けられている無機質な、丸い時計を見ると、朝の六時だった。
「………人間って、こんなに早く起きれるものなんだ…」
以前の私なら、こんな風に起きれはしなかっただろう。こんな、真人間らしい早起きは出来なかったはずだ。
「……まあ、悪夢のお蔭だろうとは思うが…真っ当な人間になった気がするな…」
それが、錯覚だとしても今の自分にとって、嬉しいものではある。
少なくとも、社会から、両親から、社会不適合の烙印を押され、この場所へと放逐された私からすれば。
「まさか国の施設に送られるとか予想外だ…」
私のような落伍者を集め、社会復帰を目指す社会復帰専門の施設『モラトリアム』。
職業訓練学校などとはまた違った近未来的な施設が売りらしいが一般人からすればロクな所ではないという認識だった。俗称は確か、真人間育成工場。
ここに送られたということは、両親から殆ど縁を切られたに等しい。
………まあ、どうでもいいが。
どうせ、両親の元には私よりも優秀で真人間な兄や弟がいるのだから。
出来損ないは、社会から放逐されて良いのだろう。
全人類を呪い殺せるほどの呪詛を吐き出しそうになったが、真人間らしさが失せる気がしてやめる。気分が悪くなるだけだ。
せっかくだし、もっとまともに振る舞ってみよう。
もう、遅いとしても。
「……早く起きれたし、出るか」
私以外にも結構な人がいるし。
誰かに挨拶をすれば、真人間度はもっと上がるだろう。
……こんな考え方をしている時点で最底辺だとは思っているけど。
外へ出ると、綺麗に磨かれた真っ白な廊下に立っていた。
…一瞬、あの夢を思い出すが、何とか消し去る。吐き気に襲われるが、何とか無視することに成功した。
ここに来る前、確かここの施設の職員の人に、朝礼を受けなければならないのだが、肝心の場所を忘れ去っていた。
何て低級な脳味噌。
死んでしまえばいいのに。
「………いや、夢で死んだな、もう…」なら、もういいか。
歩き続けると、一人の男と出くわした。
白衣を着た、頭部の大半が白髪に侵略された二十代後半あたりの落ち着いた雰囲気の男。見た目からして、モンゴロイド系の顔立ちではなく、コーカソイド系統の顔立ちをした美男子。昨日、ここに来た際、私に施設の説明をしてくれた人だった筈。名前は、確か…。
「…アーネストさん?」
確か、そんな名前だったはずだ。
私に気付いたアーネスト氏は、笑顔で会釈してくれた。
「おはよう。早起きなんて、偉いですね」
「……偶々ですよ」
「そう謙遜しなくたって、良いですよ」
「はぁ……」
そういうものなのだろうか。
というか、ここから先何を話せばいいんだろう。うっかり話しかけてしまったが、これからどう話をすればいいかわからない。わかっていたら、そもそも私は島流し同然でこんな所に来ていない。
「……えっと…。…アーネストさんも、早起きですね」
「早く起きないと、仕事の準備があるので」
そうだった。
この人は、私のような落伍者の世話や監督責任があるのだ。
……何もしていない私とは大違いだ。
そんな負のオーラを感じ取ったのか、アーネスト氏は顔を曇らせた。
「…顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
「いや…大丈夫です」
「…本当に?」
「………大丈夫ですから」
心配なんて、しないで欲しい。
形だけのものでも、本心からのものでも、私のような肥溜にいる人間からすればまともに受けられず惨めになるだけだから。
可哀想な眼で、見ないでほしい。
他人の同情や、感謝がまともに受け入れられなくなった人間は、人間として失格している。
少なくとも、私はそう思っている。
…ああ、嫌な空気だ。
アーネスト氏もきっと嫌だろう。
……この場を打開できる質問を思いついた。というか、ずっと誰かに聞きたかったけれど忘れ去っていた。
「すみません、アーネストさん…」
「…なんでしょうか」
「……朝礼の場所ってどこですか?」
「ここを道なりに真っ直ぐに行くと付きますよ。…まだ、時間はあるので一緒に行きませんか?」
「道なりですね、わかりました。一緒に行くのは…遠慮しときます。では」
そう言って、私はアーネスト氏と別れた。
……自分がダメな人間だとまた痛感してしまった。
これから、どうすればいいんだろう。
ここに来て、果たして自分は変われるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます