36話 水を弾く双丘! 放てっ、ロマン砲!!

「す、すごい……!」




 バケモノ。 いや、これがお嬢様かっ。




「そ、そんなに見られると、恥ずかしいです!」




 清楚な衣服に隠されていた豊満な胸は姿を現し、沢のひんやりとした水を弾き、その胸の谷間は深淵のように深い。 ギャルに見つめられ恥ずかしがったお嬢様は両腕を交差させ隠そうとするも、そんなことでは隠し切れない双丘、むしろ押され強調されるその双丘は迫力を増している。




 今は女子の水浴びの時間。 男子禁制、乙女達の水浴びの時間である。




「英斗君、大丈夫かなぁ……」




「ただのマメでしょ? 大丈夫だと思うけどね」




「優しくマッサージしてあげよ!!」




 ギャルとお嬢様以外の女性陣も水浴び中だ。


イケメン君の噂話にお嬢様は反応する。 少し体調を崩しているらしい。




「……」




「……心配だったら、一度戻ってみたら?」




 ギャルの言葉にお嬢様は俯く。


沢のせせらぎは流れ、爽やかな風は真っ白なお嬢様の産毛も見えない肌を撫でる。


 ギャルの濡れた髪からポタポタと雫が垂れた。


 ゆっくりと顔を上げたお嬢様は呟く。




「……いいんです。 私がいると、頑張ってしまいますから……」




「そっか……」




 色々複雑なんだなと、ギャルはそれ以上イケメン君の話題に触れることはやめた。


かわりに油断したお嬢様の豊満な胸へと手を伸ばす。




「うわっ! 柔らかい〜〜!」




「きゃ!? や、やめてくださいっ、リサちゃん!!」




 女性同士ならセクハラは無いと言うのか!?


おっさんが見ていたらそう言うに違いない。 しかし、おっさんは未だ薄暗い森から帰っていない。 ギャルのテクニックにお嬢様の陥没が工事されている間も、おっさんと田中一郎は森でしんどい作業を続けている。




「わっ! 大きくなったよ!!」




「んん゛〜〜!!」




 口に手を当て我慢するお嬢様。


女の子同士だとこんなことも許してしまうのだろうか? 


あまりギャルのようなタイプの友人がいなかったお嬢様はされるがままだ。


 悪ノリしたギャルの攻撃は続く。




「なんでおっぱいだけ大きいの……、他はこんなに痩せてるのに……」




「ひんっ、そこ、ダメですよ。 くすぐったいっ……!」




 少し離れた場所から見ていた他の女子たち。




「おっさん趣味にレズも……」




 ギャルのステータスはまた一つ追加されていた。






◇◆◇






 機体の残骸が残る砂浜。




「本当に行くのか?」




「……当たり前だ。 明日の朝、出発する」




 完成した筏。 完成してしまった、というべきだろうか。


数人乗れれば十分な大きさ。 不揃いな木材を自然の蔦で縛りつけただけの物。 機体の残骸から作ったパドルはとても大海原を行くに心許ない。 立派なのはヤシの葉を編んで作ったマストくらいだろう。 皆で協力して集めたヤシの実や貝や魚などの食料。 それにペットボトルに入った水。 その数は少ない。




「どれだけかかるか分からないのに、無謀だぞ……」




「……くく。 お前見た目のわりに、いい奴だな」




 男の言葉にギャルの元カレは目を丸くした。


このキレやすい男とは何度も意見が衝突し、激しく口論になることも多い。


 それが急にどうしたのかと、怪訝に思う。




「俺はこんなとこで死にたくねぇ。 このまま助けがこなきゃ、確実に俺らは死んじまうだろうよ」




「……」




 陽の落ちた浜辺は風が冷たく、焚き火のありがたみを感じさせてくれる。


長めの髪を掻き上げる仕草をする男は、静かに語る。 パチパチと焚き火の跳ねる音が大きく聞こえた。




「碌な人生じゃねぇ、でも、俺はこんなとこで死にたくねぇ。 絶対に帰るんだ……、あいつの元に必ず、俺は……」




 独白のように男は語っていた。




「……」




 焚き火を見つめ続ける男を前に、ギャルの元カレは何も言うことができずその場を後にした。


シトシトと雨が降る。 夕立のように激しくなりすぐに止む雨。 自慢のオールバックが濡れて崩れてしまうのも慣れたものだった。




「や、やめてください……」




 少し人達から離れて歩いていると、雨の音に紛れて声がした。


か細い女性の声。 ついで聞こえるのは男たちの下卑た声。




「黙れっ。 静かにしてろ、そうすればすぐに済む」




「ひひ、いいだろ? どうせ俺たちはもう助からねぇよ」




「そうだよ、だから楽しもう?」




 女性一人を襲う男が三人。 


女性がトイレに一人で向かったところを襲ったのだろう。


押し倒された女性の絶望した表情は、それが合意でないことを示していた。




「おい!」




 ギャルの元カレは叫んだ。


彼は浮気をしても、下卑た行為に参加するようなクズではない。


 浮気をしてしまうのは男がすべて悪いわけでは、決してない。


誘ってくる女が悪い場合もあるのだ。 そうだ、誘惑してくる魔性の女にやられただけなのだ。


 若気の至りで済ませて欲しい。




「何してんだ、お前ら!」




「――っ」




「くそっ!」




「うわああ!!」




 怒鳴りつけられた男たちは、蜘蛛の子を散らす様に去っていく。


下げたズボンに足がもつれ転びながらも去っていく。


その姿は、留守の家の柿を取ろうとしたら隣の家から怒鳴られて逃げていく、野球少年団のようだった。




「大丈夫か……?」




 ギャルの元カレは逃げ去る男たちは追わず、身を縮こませ震える女性に声を掛けた。


襲われたばかりの女性だ。 決して大丈夫ではないだろうが、それしか掛ける言葉が思いつかなった。 




「……はい」




「……そうか」 




 雨の音に消え入りそうな声。


気の利いた言葉を掛けられない自分が嫌になる。


 若い女性、自分と同じくらいか少し年下か。


気の弱そうな泣き寝入りしてしまいそうな女性だ。 


 こういった女性を狙って行ったのだろうか? 


だとすれば、男たちを追いかけて叩きのめしておくべきだった。 あいつらはまたやるに違いない。


 ギャルの元カレが男たちの去っていった方向を睨みつけていると、ススっと鼻を啜る音と呻く声がした。




「うぇ……もう、やだよ……」




 襲われた女性は泣いてしまっていた。


泣く女性の慰め方。 その答えをギャルの元カレは分からなかった。


 分かっていたなら、ギャルと別れることもなかったかもしれない。




「……」




 ただただ無言で側にいた。


距離を置くのは間違いだと分かったから、ギャルの元カレは女性が泣き止むまで側にいた。


 雨が止む頃には女性も泣き止んでいた。






◇◆◇






「おら、口を開けろ」




 闇夜に蠢く影。




「そんな大きいの……無理っす。 師匠ぉ……」




 ゆらゆら。


焚き火の作る二人の影は、揺れて踊っているようだ。




「ああっ! ふぐっ……痛いっ、なんか痛いっすぅうう」




 涙目で止めてくれと懇願する小太りの男。 その口の中へと無理矢理に突っ込まれた黒くて大きなモノ。 男の柔らかな頬肉に突き刺さる僅かな痛み。 それ以上の生理的嫌悪感から小太りの男はえずきそうになる。




「吐くなよ? 吐いたらそれを喰わせるぞ」




 鬼畜! 小太りの男は師と仰いだ男の本性を垣間見て、こんな男について暗い森の中に二人きりで来てしまった自分の愚かさに心底落胆した。




「ふひぃ!? ドロッとしたのが、口のなかにッッ!!」




「それが美味いんだよ」




 飲み込め。 師の瞳はそう告げている。




「美味いだろ?」




「……美味しい……っす」




 悔しいけど美味しい。 濃厚なカニのような野性的な風味が喉の奥を犯す。


認めたくない。 だけど、体は素直だ。 師の差し出すおかわりに、自然と口は開いていく。




「ふん。体は正直だな」




「っ……」




 あれだけ嫌っていた、おぞましく不快な象徴であるはずのそれを、小太りの男は自ら求めるように口に運んでいた。




「うぐっ……ううっ……」 




 僅かに刺さる痛みさえも快感に変わってくる。




(違う、そんなはずはない……。 俺は、こんなモノ食べたくなんてないんだ……)




 小太りの男の感情とは裏腹に、口の中に溢れるドロッとしたモノは男を笑顔にさせた。




「蜘蛛が美味いはず、ないでござる……」




 腹ペコの腹は満たされる。 その幸福感は男の瞳から雫を垂らす。






「ござる……?」




 蜘蛛を食べて涙を流す小太りの男を見ながら、おっさんはさっそく手に入れたサゴっぽい物を使い焼きパンを作っていた。 練った生地を石の上で焼く。 焚き火で焼くだけと簡単な物だが自然の甘みを感じられる一品だ。 若い茎の部分も剥いて食べられる、シャキシャキして野菜ようで挟んで食べればサゴサンドイッチの出来上がりだ。




「こりゃ、うまい」




 焚き火すら点けることのできない弟子。 一人でおこせるようになったらご褒美としてあげるとしよう。 そう考えたおっさんは羨ましそうに見つめる弟子には一口もあげることはなかった。




 音がした。




フォゴォ! フォゴォ!




「師匠っ!」




 それも複数だ。


草木を掻き分けるような音も、何かをはじいたような甲高い音も。




「ちっ……」




 おっさんは石製の斧と樹皮を巻いた松明を構える。


昼間に見た動物、イノシシような鋭い牙を持った大型動物の姿を思い浮かべる。


 あの鋭い牙でしゃくりあげられたら危険だ。 


何度も脳内でシュミレーションし、突撃に備える。


 そのシュミレーションには田中一郎の安全は含まれていない。




「今度は……仕留める!」




 肉だ。


身の危険よりも動物性たんぱく質が勝る。


よく太った肉だった。 あれならば、喰いごたえがあるだろう。


バナナも魚も好きだが、やっぱりお肉が大好き。




 闇夜におっさんの瞳は怪しく光る。


その瞳はもう死んだ魚のようではなく、爛々とした捕食者のようであった。




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