34話 田中一郎、参戦!
俺は田中一郎。
一浪して就活浪人したから今は二十四歳だ。
あれ、さらに一年ニートしたから二十五歳無職だっけ? まぁどうでもいいか。
幸いなことに家が裕福で三男だった俺は完全に放置されていた。
ちょっと海外旅行いきたいんだけど、と軽い気持ちで運ばれてくる食事に手紙を添えたらパスポートと行きの分だけの旅券が用意されていた。 何? もう行ったら帰って来るなってことか? つまりこの出来事は家族の願いが叶ったということなのだろうか?
何を言っているか分からないと思うが、飛行機に乗って気づいた時には無人島に漂着していたのだ。
ギラギラと照らす太陽、美しき大海原、地平線には島は見えず大きな雲だけが元気に泳いでいた。 物資は少ない、俺は僅かな水をチビチビと飲んで、非常食を少しずつ食べた。 怪しげな物は食べない。 青草から取った水は虫が入っていて吐きそうだった。 体の脂肪を消化しつつ、腹が鳴るのを必死に我慢した。 両親が俺のことで言い争いをするのを我慢して聞いているのに比べれば、屁でもない。
しかし、いつになっても来ない救助。
俺はこんな場所で死んでしまうのか……。 そう考えた時に初めて、自分はまだ生きたいのだと実感した。 なんの刺激も無い毎日を淡々と過ごしていては気付かない、生への渇望を確かに感じたのだ。
Qチャンネラーの田中こと、田中一郎は、無人島での生存戦略を開始するのだった。
生存戦略その一。 それは味方を選べ……だ。
機長とイケメン野郎を中心としたグループ。 俺はそこでコソコソと生き延びている。
このグループはいい。 機長とイケメン野郎はいけ好かないが行動力と統率力もある。 命令してくれるというのは時に、非常に楽だ。 気づかったり、責任を負わなくてもいいのだから。
そして俺は決して目立たずにコソコソと、変なフラグは建てずに過ごしていた。
だってこんな状況でフラグを建てたらすぐに死んでしまうだろう?
しかし数多のフラグを建ててはへし折る、おっさんと呼ばれる一級建築破壊士の男がいた。
「えへへ、おっさん……ありがと!」
「おう」
スタイル抜群の茶髪ギャル。 しかも濃かった化粧がとれたその顔は非常に可愛い。
「お嬢にも後でしてやるからな?」
「はい、ありがとうございます」
黒髪の超巨乳清楚系美女。 イケメン野郎の彼女だったはずだが、……寝取ったのか?
(神なのか……?)
あんな冴えなそうなおっさんに、美女が二人も。
これはフラグ――試練を乗り越えたおっさんに与えられた神のご褒美ではなかろうか。
(ここは試練の島だったのか……?)
可能性はある。
この無人島には不明な、不可解な点が多い。
あれだけの機体損傷をしての不時着。 なのに怪我人はほぼいない。
それに何故か日本人だけしかいないのだ。 飛行機には確かに外国人も乗っていたはずだが……。
なんにせよ、ここが試練の島だというのなら、コソコソとしている場合ではない!
フラグを建て乗り越えるのだ! さすれば俺にも美女がやってくるはず!!
「うぉおおおおおおおお!!」
「なんだぁ!?」
「どうしたぁ!?」
やるぜ! やってやるぜ!!
幸いこのグループには美人が多い。
その中でも狙いはCA様だ! こんな引きオタニート童貞の俺には高値の華杉る、洗練された空の天使達エンジェルズ。 彼女たちを堕とすには試練を乗り越えるしかないのだ。
「ぬ!?」
「ひぇ!?」
「きゃ!?」
俺は飛び込み額を地面に打ち付けるまで頭を下げた。
――フライング土下座だ。
「――俺を、っ弟子にしてくださぁいいいいいい!!」
恥も外聞もない。 だって童貞で死ぬの嫌なんだもん。
俺はおっさんに全力で弟子入りを志願した。 そう、それは地獄の始まりだったのだ。
「え……。 嫌だけど……?」
「そ、そこをなんとかぁああ!!」
普通に断られたけどね!
◇◆◇
変な奴が弟子になった。
「田中でも、一郎でも、お好きに呼んでくださいっス!!」
断ったら涙を流しながら足にくっついて離れやしない。
気でも狂ったのだろうか?
「なんで弟子に?」
「そうっすね……。 師匠には話して置くべきでしょう。 ここは試練の島なのです。 だから試練を乗り越えた師匠は美女を手に入れたのですよ!?」
じゃなければおっさんに美女が二人も……と、やはり気が狂ってる。
しかも失礼だし。
「やっぱやめようかな……」
「えぇ! そんなぁ、お願いします、師匠!! なんでもしますからぁ……」
また足にすり寄ってきた。 情けない奴だな……。
しかし、なんでもか? 本当に何でもするのだろうか?
「なんでも……?」
「はい!! なんでもさせて頂きまっす!! 雑用からパシリまで、なんならお背中もお流ししますよ? ケツの穴までしっかりと!!」
それはお断りするが。 つまりはタダで使える労働力を手に入れたということか。 ちょうど森で良い物を見つけたので人手が欲しかったのだ。
しかし、まだ森の危険度を計り切れていない。 そんな森にちょっと手伝ってくれとは言いづらい。 そんなところに神が使わせた労働力がやってきたのか。
「ふむ。 死んでも、文句言うなよ?」
「ぶふっ、死んだら文句言えないじゃないっすか! 冗談好きなんすね!?」
別に冗談ではないのだが……。
まぁ人間いつかは死ぬし、ちょっと早まるくらい構わんだろ?
「えっ、ここから、森に? しょ、正気すか? 俺、まだ初心者チェリーっすよ?」
「ここからの方が近いんだよ」
ちょっとだけ厳しい沢渡り。
両側の岩壁は狭まり水流は激しく、ちょっと崖登りをするだけのこと。
「おっさん、大丈夫なの?」
「道はもう覚えたから大丈夫。 ちょっと作業するから帰りは夕方かな?」
天然のランドマーク以外にも目印はいくつかつけてある。
多少の準備をする。 バナナの葉で作ったバッグに道具を詰め、水分を余分に持っていく。
目当ての場所にも水源はあったが少し濁っていたので飲みたくない。
「いや、そうじゃなくて。 あの人……」
「うーん?」
田中一郎がどうかしたのか?
これから行く森を口を開けて見つめている、小デブ。
Tシャツが縮んだのか、服の下からはみ出るメタボ腹。 この生活でも体形を維持できるとは、サバイバルに向いてるんじゃないか?
腰巻きのバックから取り出した赤いバンダナを額に巻き気合を入れている。
やる気もあるようだし。
「問題あるまい?」
「……大丈夫かなぁ」
知り合いの部族の戦士もあれぐらい太っていたが、良く動けるデブだった。
ハチミツとりの名人だったし、あいつもきっと上手なんじゃないか?
見つけたらやらせてみるか。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ」
「……いってらっしゃーい」
不安そうなギャルに見遅られ、俺と田中一郎は森へと進んでいく。
「ぷああ! 流されるっす!! 足が、足がつかないでござるううううう」
沢に沈む田中一郎。
このまま流して置いたほうが彼の為かもしれない。
「ぷあああああ!!」
――終。
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