33話 九日目: 覗き魔

 沢のせせらぎ。


辺りの木々の葉の隙間から、朝日が漏れだす頃。


女性たちの姦しい水浴びとは違い、そこは神々しい清貧さを持つパラダイスだった。




「おっさん帰ってきたな」




「不死身か、あいつは?」




 裸身。


裸身の男たちは無防備に水浴びをする。


一人の女性は男性の水浴びの時間だと知りながら、隠れて覗いていた。




「九十九君、彼は何か言ってたかい?」




「いえ。 ……お取込み中だったようで、まだ話せてません……」




 制服を脱いだ機長。 四十代後半くらい、日焼けした体は引き締まり、線の細いイケメン君と比べると凄く頼りがいはありそうだ。




(ナイスミドルに襲われるてしまうイケメン君……滾りますね!!)




 覗き魔は鼻血の出そうになる鼻を押さえ、観察を続ける。




「おい、そこ、虫に食われてるぞ?」




「うわ!? なんだろ、ミミズ腫れみたいになってるなぁ……」




「おっさんに相談してみたらどうだ?」




 裸身の男たちが体をチェックしあっていた。


そんな男たちを覗き魔はチェックする。




(あの二人もよく一緒にいますね……要チェックです!!)




 幻のイケメン君とおっさんの寝起きツーショットを見逃した覗き魔。


今度こそお宝場面を見逃すまいと、各者たちの人間観察に余念がない。


 人間観察からの高難易度妄想。


それが彼女の生きる道。 親友からはいい加減にしないと行き遅れると言われている。


 そんな親友もまた、立派な行き遅れだとは決して言わない覗き魔。




「……足がだいぶ痛そうだ。 少し見て上げよう、そこに座りなさい」




「……はい」




(はわわ……! そんなことしちゃうの!?)




 なにかと無理をしすぎてしまうイケメン君。


機長は気付いていながらも、注意ができなかった。


せめて体調だけでも気づかってあげようと、近くの岩に座らせ痛そうにしていた足の裏を診て上げることに。 もちろん二人とも裸身なのだが。




「んっ!」




「マメが出来てしまっているな……絶対に潰してはいけないよ? しばらくは無理せず休みなさい」




「……はい」




 岩に座るイケメン君の片足を持ち上げ、足の裏を診る。


おっさんと違い繊細な肌のイケメン君はマメが出来てしまっていた。


ここでの生活では何においても足に負担がかかる。 もし足を怪我すれば致命的だろう。 


 マメが潰れればそれは外傷したのと同じこと。


傷口から感染する危険性もある。 そうなれば命に関わることも。


 機長は真剣な瞳でイケメン君に休むように命じた。




「はふぅ……」




 そんな二人のやり取りも覗き魔には最高のご馳走であった。


サバイバルではストレスの発散は重要。 覗き魔はリフレッシュしたのか、恍惚とした表情をしていた。




「綾子ちゃんも誘ってあげるんでした……はふぅ……」




 私はガチじゃないの! そう言って断られたに違いないなと。


帰ってこない山田さんを心配していた親友は今頃何をしているのだろうか?


行き遅れの親友を心配しつつも、覗き魔は禁忌のウオッチングを再開するのだった。






◇◆◇






 おっさんの寝床から甘い声が漏れる。




「ん゛っ、凄い……。 気持ちいいわ……」




 普段とは違い、甘えるような艶のある声を出すポニテ眼鏡。


おっさんの匠な指使いに目を瞑り体の芯から感じていた。




「ふぁっ、そこ、少し強くっ……! んんっ! 気持ちいいッッ!!」




「ふふ、だから言ったろ? めちゃくちゃ気持ちよくしてやるって」




 ただの頭皮マッサージである。


おっさんの指一本一本がそれぞれ生き物のように眼鏡ポニテ――今はポニテを解いているが――の頭皮を優しくリズミカルに刺激する。 あまりの快楽に身をよじらせる貧乳眼鏡。


 都内のヘッドマッサージ専門店にも匹敵するテクニック。


ヴァージンココナッツオイルに天然の採れたてハチミツを少量加えられた特性オイルは傷んだ髪を癒し、頭皮の血行を良くし、行き遅れの荒んだ心も癒してくれる。




「……」




 そんな二人を見つめるギャル。


その瞳には殺意が……。








「楽しそうにしちゃって……」




 喜ぶ女性に気を良くしたおっさんは笑顔だ。




「ふぁぁ……」




「くく、ここが気持ちいいんだろ……?」




 おっさんを心配していたらしい女性。


棘のある言葉だったが、おっさんの帰りを出迎えていた。




『無事みたいね……。 心配させないでくれる?』




『おう、ちゃんとマッサージしてやるから安心しろ』




 微妙に話がかみ合っていなかったような気もする。




 私は溢れてくる涙を誤魔化す様に、おっさんの胸に顔を埋めていた。


おっさんの匂いを嗅ぐと安心する。 おっさんに抱きしめられると心臓の音が大きくなる。


おっさんが他の女といちゃつくと、イライラする。 


 あのまま抱きしめられていたかったな……。




「もうっ……!」




 ただのマッサージ。 おっさんにとっては何も特別な意味はないのだろう。


私だって体をしてもらったことがある。 あれは少し、恥ずかしかったけれど。




「凄い気持ちよさそうです。 山田さんてマッサージ師なんですか?」




 寝起きのお嬢様。 彼女から見たらただのマッサージに見えるのか。




「違うと思うけど……」




 前に聞いた時はただの会社員だって言ってた。




「よし! おっけー、気持ちよかったろ?」




「……はひ」




 太くて硬くて力強いおっさんの指。


マッサージされた時は凄く気持ちよかった。


 女性の頬は赤くうっすらと涙目で、マッサージされた髪は艶々になっていた。


オイルを塗ったからだけでなく、傷みも汚れも吹き飛んだようだった。




「私にも、……私にもしてくれなきゃやだ!」




 つい我儘を言ってしまった。


マッサージを終えたおっさんは汗を掻き疲れているかもしれない。


昨日は森で野宿したみたいだし、きっとろくに眠れなかったはずだし、それなのに我儘を言ってしまった。




「おう、いいぞ? 髪は大切だもんな?」




 何故かいつもより元気そうなおっさんは、笑顔で応えてくれる。


上着を脱ぐおっさん。 その体つきは数日前よりも日焼けして引き締まっている。




「体もするか?」




「……明るいし、外から見られたらやだよ……」




 今の寝床は横に葉っぱの屋根を掛けているだけ、出入り口側からは丸見えだ。


夜ならともかく、朝からはさすがに恥ずかしい。




「ふむ、拠点も少し手を加えるか」




 どうやって手を加えようか、辺りを見ながら考えている。


おっさんは手についたオイルで髪を掻き上げた。 


 朝の優しい光りに照らされるおっさん。 生き生きとしていて少しだけかっこよく見えた。




「私もして欲しいです」




「おう!」




 お嬢様の純粋な願いに、一番大きく反応したおっさん。




「……」




 おっさんの視線がお嬢様の胸に向かったのに、少しだけイラっとした。




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