25話 七日:キリモミ式

 静かな波の音。




「あ、おはよ……おっさん」




 目を覚ますと、すでにギャルは起きていた。


嵐はすぐに止み、俺はギャルを抱いたまま静かに眠った。


あの温かく柔らかい感触はなく、カサカサとしたウインドブレイカーが掛けられていた。 ギャルが掛けてくれたのだろう。 




「喉渇いた……」




「ん」




 ギャルから渡されたペットボトルに入った水。


アゴを上げゴクゴクと喉を潤す。


ずいぶんと眠っていた。 久しぶりだ。




「んんーー! ふぅ……」




 固まった体をほぐし、辺りを見渡す。


緩やかな風は頬を撫で潮の匂いを運んでくる。


雲一つない地平線を登り始めた太陽。 今日は良く晴れそうだ。




「ごめん……なにか作りたかったけど、火もおこせくて……」




 そう言って申し訳なさそうな顔をする。


近くに移した火もいつの間にか消え、おきも濡れてしまっていた。




「朝食にするか」




「うん……!」




 そんな顔を見たくない。


立ち上がった俺はギャルの頭に手をやり、朝食の準備に取り掛かる。


 まずは火おこし。 


もう少し陽が昇れば太陽光でもいいが、今回は原始的におこそう。


 少し森に入り材料集め。




「枯れてるやつがいいな」




 枯れ枝。 針葉樹のもののほうが良い。


落ちてるのはダメだ。 濡れてるし腐ってるかもしれない。


 上を見ながら探していく。


今回はキリモミ式を使う。 必要なのは火きり棒と火きり板。


火口は安定のヤシの繊維で。




「よし、これを削って……」




 よさそうな枝を加工する。


ほんとうは天日でもっと乾燥させたほうがいいのだが。


火きり棒は皮を剥ぎ滑らかに、火きり板にはくぼみとV字の切れ込みをいれておく。




 寝床へ戻りさっそく火おこし。


火きり板の下に受け皿になる葉を置き、棒と板にココナッツオイルを少しぬる。


棒をくぼみに合わせ摩擦を起こす。 最初はゆっくりと、手に豆が出来ないように力はいれない。 シュルシュルと心地よい音がする。




「ほんとに、そんなのでつくの?」




「たぶんな……」




 摩擦を続ける。 


徐々に白い煙は上がり、茶色い削りカスが受け皿の葉に溜まっていく。


下までいった手を上に戻し、また棒を回しながら下げていく。


 溜まった削りカスから煙が出てきたら、それをヤシの繊維に移す。




「よしっ」




 丸めた繊維を持ち、腕を一回二回と回転させる。


酸素を送り込むのだ。




「あちちっ」




 酸素を取りこみ火は上がる。


勢いよく上がる火。


火傷する前にカマドへと入れる。




「おぉ、凄い!」




 後はいつものように徐々に燃料を入れていく。


朝食は昨日の魚の頭側をココナッツミルクで煮込んだものを温めなおして、内臓はちょっとやめおこうかな。 餌にでも使えばいい。




「しばらくこないかもしれないし、ココナッツも取っておくか」




 火の番はギャルに任せ、木登りをしよう。


 前回の失敗を活かし足に輪っかをつける。 太めの蔦で肩幅程の輪を作り八の字にする。 そこに足を通して拘束するのだ。 逆に登り辛そうに見えるが、抵抗が効いてだいぶ楽になるらしい。 




「こりゃいいや」




 前回のように足の裏に激痛は走らない。 タコ足よりも頼りになる。


ポンポンと登り頂上へ。 良く寝たからだろうか、体がいつもより軽い気がする。




「落とすから、近寄るなよ?」




「分かった!」




 緑色の物をもぎ取り落としていく。


ヤシの新芽を見つける。 これも食べられるが取らない。


取るともう成長しなくて枯れてしまうのだ。


 シャクシャクして美味しいのだけどね。 台風などで倒れたヤシの木から取ったりするらしい。




「ちょっと取り過ぎたか……」




 山積みのココナッツ。


 これだけの数の皮を剥ぐのも、運ぶのも大変だ。


自分たちの分以外は浜辺に残るグループにおすそ分けしてやるか。




「美味しい……!」




 ヤシの器にココナッツミルク煮をよそって食べる。


塩と濃い頭の出汁。 それにココナッツミルクのほんのりとした甘さ。


 そして特に美味しいのが頬の厚い肉だ。 頭側は骨が多いので食べるのは大変だが。




「ホクホクして旨い」




 バナナも食べてお腹も満たされた。


ギャルの体調も良さそうだし、おすそ分けしたらすぐにでも出発するとしよう。




「じゃ、ちょっと渡してくる」




「うん……」




 ギャルは行かないようだ。


よっぽど会いたくない奴がいるのだろう。


嫌われたものだな、元カレよ。




「あっ!」




 さっそく出くわす。


金髪オールバックの男、ギャルの元カレだ。


なんだか気まずいぞ? 何も俺は悪くないはずなのに……。




「「……」」




 沈黙。


やめて欲しい、いつもみたく騒ぎ立てているほうがマシだ。


 徐々に顔を出し始める太陽。 額に汗がにじむ頃、元カレは静かに喋りはじめた。




「……あいつを頼む。 馬鹿で寂しがり屋で……いや、馬鹿なのは……俺か。 とにかく頼むよ、あいつ一人じゃすぐにダメになっちまうからさ」




 どうした? 急に真面目に……。 


若者特有の青い何かだろうか?


 


「……分かった。 後これ、おすそ分けな」




 こいつに言われるまでもなく、ギャルの面倒は見る。


途中で放り出すようなことはしない。 絶対に。




 ココナッツを渡すと少し驚き、呆れたような顔で元カレは去っていった。


彼等でもココナツぐらい登って取ればいいと思うけど、なんだろうね?


人数分はないだろうから、争いが起こらないことを祈ろう。




「暑くなってきたな……」




 天然のスポーツドリンクで水分補給。


ギャルの元へと戻り、最初の砂浜を後にする。


 目指すは水場の拠点。 


夕方までには着きたい。 寝床の設置と夕食もなにか探さないと。




 無人島生活七日目は慌ただしく過ぎていく。


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