24話 稲光


 激しく降る雨音と同じく。


おっさんの鼓動も速まる。


密着した体が伝えてしまっているのではないかと、おっさんは焦る。






「すー……すー……」




 反応がないなと思えば、可愛い寝息が聞こえてきた。


安堵と少し残念な気持ち。 おっさんは抱き枕か。




「まぁ、抱いているのは俺だが」




 少しくらい揉んでもバレないのではないか?


しかしやめておこう。 あまり眠れていなかったようだし、存分に眠るがいい。


 おっさんの腕の中で。




「んっ……」




 ギャルは寝返りおっさんの胸の中へ。


押し付けられる胸の感触を楽しみながら、俺の意識もだんだんとまどろみに落ちていく。




――閃光。




「ひっ……」




 雷の音。 轟音が鳴った。


小さく呟き、ギャルの体はふるえる。


ギャルの頭に手をやりながら、海を見た。




(ここも危ないか?)




 波が高くなってきている。 


空は厚い雲に覆われ昼間だというのに夜の様に暗い。 ときおり稲光が見える。


砂浜から少し森に入り開けた場所にある寝床。 波はここまでやってくるだろうか。


風が強いと言っても焚火を消すくらいだが。




「……風よけも作ろう」




 次は少し本格的な拠点を。


震えるギャルを抱きしめ、おっさんは海を見つめる。






◇◆◇




 


 水場近くの拠点。


草や石をどかし整地された場所に、簡素な寝床がいくつも作られている。


三十二名。 おっさんを抜かした者達は各自の寝床で体を休めていた。




「英斗君! はい、あーん!」




 爽やかイケメンの口に、焼いてトロトロになったバナナを一口大に切りスプーンにのせて運ぶ女性。 




「いえ、自分で……」




「いいから、いいから! はい、あーん!!」




 押しが強い。


半ば無理矢理に、いつかの串のようにイケメンの口に運ばれる。


イケメンは一瞬チラリと横を窺う。 


 彼女はいない。 




「んっ、……熱い、です」




「ああん、じゃ、ふぅってしてあげる!!」




「英斗君! このお茶も体にいいらしいよ! 熱いからふぅふぅしてあげるねっ!!」




 二十代後半くらいだろうか。 年上の女性たちに囲まれチヤホヤされるイケメン。


そんなイケメンを遠くから見つめる彼女。






「……」




 少しトイレに行っている間に、彼は女性に囲まれる。


いや彼女である自分がいても構わずに近づいてくる者は多い。


それはこの生活が始まってからではなく、もうずっと前からだ。




「あらら、英斗君、とられちゃったの?」




 私に寄ってくる者もいる。 大抵は嫌がらせをする者。




「英斗君も疲れちゃったのかなぁ? 乳だけ女のおもりはさぁ?」




 彼と付き合い始めた頃は戸惑った。 直接的な嫌がらせも、身に覚えのない噂も、仲の良かった友達に嫌がらせをされたこともあった。 




「私の方がふさわしいのよ……。 あんたなんかよりね!」




 名前も知らない女性は肩を押してきた。


ぬかるんだ地面。 私は転んでしまう。




「っ……」




 彼は優しい。 心配を掛けたくない。


自分のせいだと傷つくかもしれない。


それに、彼の怒るところは見たくなかった。


人気者で誰にでも優しい彼。 そんな彼が好き。


だからそんな彼が私の為に変わってしまうのは許せない。 




「ふん……」




 汚れた私を見下ろして女性は去っていく。


降り続ける雨。 私は濡れることも構わず、空を見上げた。




「……」




 私の未来、私たちの未来のように雷雲は轟く。




「リサちゃん、大丈夫かな……」




 この島でできたたった一人の友人の名を呟き、私は彼の元へと戻る。




「理子! どうしたの、大丈夫!?」




「……えへへ、転んじゃいました」




 ずぶ濡れの私に慌てて出迎えてくれた彼。


その彼の後ろから女性たちの瞳が私を睨みつける。


 零れそうになる溜息を抑え、私は彼に笑顔を向けた。




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