22話 六日目:トイレの話
サバイバルにおいてちゃんと排泄ができるのは良いことである。
無人島にはトイレがない。
いや、そもそも何もないのだけど。
水場が汚染されないようにできるだけ離れた場所。
それに人目につかず落ち着けそうな場所。
単純に俺はそんな場所を選んだけだ。
「キャアアアアアア!!」
「うおっ!?」
誰が悪いのか。
話をちゃんと聞いていない俺が悪いのか、俺にちゃんと話をしなかったやつらが悪いのか。
なんにせよ、時は戻らない。
「――変態ッッ!!」
「うあっ!? 何を投げたっ!!」
野糞をしていた妙齢の女性と目が合う。
合った瞬間に絶叫と腕を振りかぶった。
尻を拭いた葉っぱか!?
まさかウ〇コなの? ゴリラじゃあるまいし、やめるんだ。
「変態! 変態ッ! へんたぃっいいいい!!」
早朝から女性の大絶叫が響く。
いいのか? そんな大声をだしたら皆集まっちゃうけど、いいのか?
案の定駆け付けた者達にも絶叫を上げ何かを振りかぶっていた。
ウ〇コではないと信じたい。
***
取り囲まれた俺は事情を説明する。
「あちら側は女性用だと、言ったはずだが?」
「すまん、聞いてなかった」
なんか聞いてたような気もするけど、少し寝たら忘れた。
ちゃんと分かりやすく目印をしておいて欲しい。
人数も増えたしちゃんとしたトイレを作るべきだろう。
壁も無いトイレなんて、クソだ。
まぁ一人なら、壮大な眺めを見ながら自然の中で豪快にするのも好きだが。
「ちゃんと謝った方がいいですよ、山田さん?」
謝る、か。
それは当たり前のことだが、今回に限っては危険な行為だ。 相手に羞恥を思い出させることにもなるかもしれない。
それになんて謝ればいいのか? 野糞している所を見てしまい申し訳ありません、とでも謝ればいいのだろうか。 逆に怒られるんじゃないか?
ここは無かったことにして、忘れようではないか。
「謝罪してきなさい」
「……うい」
逃げられないらしい。
眼鏡をしたポニーテール。 少しだけ茶色い髪、控えめな胸。
妙齢の女性はグループから離れた場所でオカッパ頭の女性と一緒に座っていた。 あの組み合わせは前に砂浜で見たことがある。 あの時も何故か変態と罵られた覚えはあるが。
「来たわね、変態!」
「ちょ、綾子ちゃん!?」
槍を向けられた。
割とガチなタイプの木槍だ。 ちゃんと先の部分を炙って尖らせてある。
火に入れることで樹脂が変化し硬質化するのだ。
その黒い穂先が俺に向けられている。
「さっきはすまなかったな。 覗くつもりはなかったんだが。 ちゃんと拭いたか? 川に尻をつけて洗うと爽快で気持ちがいいぞ」
結構な水量の沢だ。 尻を洗うくらいなら汚染にもならないだろう。
上流でやるのは止めて欲しいが。
「うおっ!?」
「綾子ちゃん!?」
空気を裂く、黒い穂先。
俺は華麗なるバックステップで刺突を回避する。
「デリカシーのない男は大っ嫌いなのよっ!!」
俺もヒステリー女は大っ嫌いです!
そもそもなぜ俺は怒られているのだ。
いいじゃないか、野糞を見られたって。 ここは無人島だもの、もっと開放的になろうぜ。
……いや、俺も野糞しているのを見られるのは嫌か。
「悪かったって。 故意ではない、勘弁してくれ」
「うるさい! あんたみたいなのがいるから、戦争がなくならないのよ!」
わけわからん。 どういう意味だ?
「あわわっ、綾子ちゃん!」
慌ててオカッパの女性は宥める。
鼻息を荒くしていた眼鏡ポニテも、徐々に落ち着いてくる。
「ふんっ! 今回だけは見逃してあげるわ……。 次はないわよ?」
そう言った女の顔は少し青い。
調子が悪いのか?
「う……」
槍を握りしめ変な歩き方で去っていった。
そんな眼鏡ポニテをオカッパは心配そうに見つめる。
「綾子ちゃん……。 あの、薬とか持ってないでしょうか? その、下痢止めとか……」
オカッパの女性は童顔で色白。 声も高く年齢も分かりづらい。
しかし、なるほど。 眼鏡ポニテは腹の調子が悪いのか。
「風邪薬ならあるが、一応いるか?」
総合薬だ。 腹痛にも少しは効くかな?
「はい! ありがとうございます」
◇◆◇
「こっちだ」
少し遅れたが、バナナ林へと機長たちを案内する。
沢を下り二又に分かれる場所を砂浜側に向かうと、大きな緑の葉をつけたバナナの林が見えてくる。 大きな葉っぱだ、蒸し焼きや寝床に敷く葉っぱとしては最高。
フィリピンのマッサージ屋では最初に葉で悪い場所を判断するのに使ったりもする。
「これは見事だな……」
首を垂れる葉。 ぶら下がる果実。 少し小振りで緑色をしているが、たくさんある。
バナナの葉で隠れていない場所の物ほど、大きく育っている。 やはり日光があたるほうがいいのだろう。
機長たちはさっそくバナナの収穫に入った。
とても和気あいあいとしている。 というか動きにキレがある。
まともな食事を取っていないと言うこともあるが、単にバナナが好きな可能性もありそうだ。
俺は少し離れ、開けた日当たりのいい場所を探した。
「んー、なかなかないな」
野糞を覗いてしまったのはやはり、申し訳ないと思う。
だから下痢止めになりそうな物を探してあげよう。
大抵どこにでも生えているオオバコ。 その種は煎じて飲めば下痢止めになる。
小学生の頃などよく引っ張り合いをして遊んだものだ。
「全然ない」
残念ながら近くにはなさそうだ。
少し山側を登る、この辺りは岩肌が多く危険だ。
大勢で移動すると落石の可能性も。
オオバコは背が低いので荒れ地のほうがよく見かける。
「ん、これもあれよな?」
薄い緑色の地面にゆるく生えている物体。
トナカイゴケとも呼ばれるハナゴケの一種。 イワタケと一緒の地衣類だ。
こいつもまた下痢止めの効果がある。 苦いが。
野営地へと戻りテキパキ煎じる。
潰して煮て濾すだけ。 ヤシの器に入れて眼鏡ポニテに持って行こう。
「ほら、これ飲んどけ」
今日二度目の槍での歓迎を受ける。
器を持っていたのでかわせなかったのだが、寸止めだった。
当てる気はなかったらしい。
「ふん、なによそれ……?」
「下痢止め」
そう言うと、こめかみがピクリと動いたような気がした。
「水分もしっかりとれよ?」
またピーピー喚かれても嫌なので、ヤシの器をオカッパに渡してさっさと退散する。
砂浜に残してきたギャルも心配だ。 早く行って連れてこよう。
おっさんの去った後。
「千春……。 話したわね?」
「ううん!? ……下痢止めの薬を持ってないか、聞いただけだよ」
それは話したのと同じでしょ、と軽く睨みつつヤシの器を受け取った。
急に襲ってきた腹痛。 もう朝から何度も。 紙などとっくにないのだ、葉を使っているせいで穴は焼けそうにヒリヒリしている。
「……しかたないわ」
おっさんのよこした怪しげな薬。
緊急事態だと言い聞かせ、妙齢の眼鏡ポニテは一気に飲んだ。
適度に冷めており火傷することもなく、お腹が冷えるような冷たさでもない。
しかし。
「――――苦いッッ!!」
震えるほど苦かった。
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