21話 鳴子


 焚き火の音は夜の森に響く。


疲れた者達は静かで、森の囁きをうるさく感じるほどだ。


 俺が調理をしている間に、彼等は沢から少し登った平たい場所を整地して拠点を設置した。


前回来たおっさん分隊は失敗を活かし地面から離した寝床を作っている。


とは言っても簡単な作りで、見た目も性能もイマイチだろう。


ここぞとばかりに女性にアピールしながら頑張っている。




「三十人くらいか?」




 正確には三十二名。 それと自分で三十三名か。 結構な人数である。


しかし、八十八名いたはずなので半分以下しか来ていない。


 ギャルの元カレもいないようだし。


 得体の知れない森に入る。 意外と勇気のいる行為なのだろうか。


早く帰りたい、早く見つけてもらいたい、そんな気持ちもあるかもしれない。




「食糧をどうにかしたい。 明日の朝にでもバナナのある場所を教えてくれるか?」




 それとも機長が嫌われているからか。




「……どうだった、あの景色は?」




「……」




 あれほどの絶景だ。 機長たちならここがどこか検討がつくんじゃないか?


自分だって仕事柄色々な場所を見てきた。 実際に行った場所じゃなくても数えきれないほどの資料を見ている。 だけどまったくと言っていいほど、頭の中の映像にピンとくるものはなかった。




「……朝一で行くぞ」




 機長たちもきっと……。


 


 考えても仕方がない。 今はただ生き延びる。


いつか救助が来ることを祈って。


それに今までの経験からしたら、リゾート気分だ。


 銃を持ったゲリラはいないし、地雷原もなさそうだし、怪しすぎる闇店の誘惑も無い。


とはいえ油断は禁物。 病院なんてないんだ、怪我には気を付けよう。




「また刺身食べたいな……」




 また滝つぼに放置罠をしかけておこう。


今度はエビでも食べたいところだな。






◇◆◇






 夜の砂浜。


友人は去り、ギャルは一人でいた。




「……」




 暗い、暗い、夜の森を見つめる。


彼らは無事だろうか? おっさんは合流できただろうか?


 一人でいると心配で嫌な考えばかり浮かんでくる。


 そんな中、思考を切り裂くように音が鳴った。




カカン、カカン。




「――誰!?」




 おっさんが寝床の周囲につけた鳴子。 何かが蔦の紐に触れて乾いた木の音が鳴る。


元いたグループには行きたくないと、おっさん並みのボッチギャルを心配した警報器だ。


こんな夜更けに一人で居る女性に近づく者。 とても信用できそうにない。




「近づいたら大声出すから!」




 おっさんから渡されたナイフ。 持ちての部分は蔦で保護してある、もしなければ自分の手を怪我していたであろうほど、ギャルは強く握りしめた。




「……俺だよ」




 見知った声だった。 けれどナイフは握りしめたままだ。




「……何しに来たのよ」




「心配したに決まってんだろ!? あんなおっさんといるのもそうだが、こんなところに一人で……。 心配するに決まってんだろ……」




 現れた男。 ギャルの元カレ。 自慢の金髪オールバックはぐちゃぐちゃだ。


日焼けした肌はボロボロ。 怒って真っ赤になっているのか、日焼けなのか。


 相変わらず声は大きい、けれど聞いたことのないような、優しい言葉を掛けてきたことにギャルは少し驚く。




「……」




「悪かった。 ほんとうに悪かった。 ……ごめんよ、リサ」




 喧嘩をすることもよくあった。 それでも自然と仲直りをする。 そんな関係だった。 素直に謝る男にギャルは強く言えなかった。 あんなに怒っていたはずなのに。




「もういいから。 放っておいてよ……」




 男は謝り続けた。 ギャルが許しても、男は謝り続けていた。


しかし許したからといって、関係が戻るとは限らない。 


 ギャルには深い溝が出来てしまった。




「……帰るよ」




 近づいた男にギャルは石のナイフを向ける。


暗くてよく見えないはずの男の顔は驚きよりも悲しげだった。


 男は一言呟いて、その場を後にした。 




「……おっさん、早く帰ってこないかな」




 ギャルは一人。


隣に作られた寝床を見ながら、眠れない夜を過ごしていく。






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