20話 サバイバルフード

 雨はもうほとんど止んでいた。 


強く握った手から、彼女の手は離れていく。




「山ピー!」




 現れた男の元に飛び込む。


男の腰に手を回し、男の胸に顔を埋める。


 彼女の行動は時に、相手の男を惑わせる。


今までもそれでよく揉めている。


 いつも解決するのは私だった。




「亜里沙……」




 だけど、ただ手を握っていることしかできなかった自分が悔しくて、現れた男に安堵した自分が許せなくて、私はただ彼女の名を呟くことしかできなかった。




 男はすぐに火を用意した。


あれだけ点かなかった火を簡単におこしてみせる。


 石のナイフのようなもので枝を削り、不思議な形にする。


飾り切りのように表面をめくり、内側を露出させていく。


並べた枝の上に袋から取り出した物に火を点けた。




「少し休んだら行くか? それとも一度浜に戻るか?」




 男の選んだ小枝は良く燃える。 


細かく折った枝は燃え、火は徐々に大きくなっていった。




「……今はどのあたりだろうか?」




「まだ、半分ってとこだな」




 半分。 すでに疲れはピークだ。


その言葉に火に集まる者達から溜息が漏れる。


移動する者達は半数以上は女性であり、それほど山登りが得意そうには見えない者達だ。




「雨も止んだ。 半分まで来ているなら、このまま向かおう。 案内してくれるか?」




「……あいよ」




 空は先程までの天候が嘘のように、晴れてきた。


男の焚き火で僅かな休息をとり、男を先頭に私たちはまた歩き始める。


 また私は彼女の手を取り男の背中を追う。


彼女は前よりもどこか愉快気で表情豊かだ。




「……なんでよ」




「ふぇ? 何か言いましたか? 美紀ちゃん」




 何でもない、と言った私の心はまだ晴れそうにない。






◇◆◇






 ギャルはココナッツミルクを煮込んでいた。




「リサってあんな男が趣味だったの?」




「別にそういう訳じゃないよ」




 砂浜に残ったギャルに一人の女性が訪れる。


一緒に旅行していた若者だ。




「ヒロキ、落ち込んでたよ?」




「……なんであいつが落ち込むのよ。 浮気されたの、私のほうなのに……」




 グツグツと煮込んでいた。




「ほんと最低だよねぇ。 それにマリのやつ、こんな状況なのに他の男にも手をだしてるみたいよ?」




「マジで?」




 どんだけ淫乱女ビッチなのだと、ギャルはすでに怒りを通り越して呆れているようだ。


そろそろいいかなと、熱していた鍋代わりのトレーを横に移す。 火傷しないように葉っぱのフキンを使って。




「アチチ……」




 それでも少し熱い。 ハンカチで濾せば黄金色のオイルが出来上がる。




「はい、おやつ」




 おっさんが食べられると言ってた残りカス。




「わぁ、……もにゅっとしてて、美味しい」




 来てくれた友人と一緒に、今はいない者達の話題で盛り上がるのだった。 






◇◆◇






 かなりゆっくりとしたペースで進む。




「ちょっと……もう、少し、ゆっくり……」




 崖の近くは慎重に、藪はできるだけ通りやすくして、歩きやすい場所は少し速める。


そうしないと夜になってしまう。 弱音は跳ね飛ばし、サクサクと進んでいく。




「もう頂上だ」




 夕暮れの山頂。


太陽が地平線へと沈んでいく。


神秘的な空模様はずっと眺めていたい気持ちにさせるが、太陽が沈めばすぐに夜は来る。 ゆっくりとしている暇はない。




「凄い……」




「わぁ……」




 皆その圧倒的な光景に息をのむ。




「……どこなんだここは」




 呆ける彼らに声を掛け、先を急ぐ。


水場まで後少し。 ついてもやることは多いのだ。




「はやく行くぞ!」




 火をおこしとか、カタツムリの下処理とか、やることは多いのだ!






 エスカルゴは養殖されたカタツムリだ。 正確に言えばカタツムリ料理。


野生のカタツムリ料理はなんていうんだ?




 沢でカタツムリを洗う。 ヌルヌルが半端ないからちゃんと取らないと。 あれ、これ美肌になるんだっけ?


 内臓を取りのぞき身をよく洗い砂や泥を取りのぞく、さらに薄切りにして串に刺していく。


 あとは遠火でじっくりと焼いていけば完成である。




「辛味噌とかあうんじゃないかなぁ……」




 こんがりと焼けるカタツムリ串は焼き鳥で言えば砂肝のようだ。


タレも辛味噌も無いので、塩をパラパラと振っておこう。




「あの、山田さん。 ほんとに食べるんですか?」




 イケメンか。 何を言っているのか?




「決まってるだろう?」




 よく焼けたカタツムリ串を頬張る。


コリコリ。 貝よりもコリコリ。 イカに似ている。 


 味は貝の旨味が口に広がる。 少し泥臭いか。




「ビールが欲しくなるな!」




 こんなに美味しくて簡単に手に入るなんて、サバイバルにはうってつけの食材ではなかろうか。 たしか栄養も良かったような。 


 しかし、彼らの受けはイマイチ。


せっかく助けて上がった好感度が急降下していくようだ。




「お前も食ってみろよ」




「いえ、それは、ちょっ……!」




 俺はイケメンの口に良く焼けたカタツムリ串を突き刺す。


『ふぐっ!?』 とイケメンの口に侵入するカタツムリ串。  


 


「うぐっ、うんんっ、……んぐっ」




 泣きそうな顔をするイケメン。


もはや味がどうというよりも、先入観で嗚咽しそうになっている。


しかし、逃げることは許さない。 食べるのだ、イケメンよ。




「んあっ……はぁはぁ……。 ひどいです、山田さん……」




「わりと、イケるだろ?」




 涙目で睨みつけられる。


しかし、意外とイケる口なイケメンは「……そうですね」と二本目を食べ始めた。




「おいおい? まじか?」




「美味いのか?」




「えぇ……英斗くん……」




 カタツムリ串に手を付けるのは少数。


昆虫に比べたら食べやすい部類だと思うのだけど、高級食材でもあるしね。


 好き嫌いは良くないぞ、君たち。






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