19話 エスカルゴ

 


 雨が降っていた。


森の木々は喜び歌う。 大きなカタツムリは体を伸ばし気持ちよさそうだ。




「気持ち悪っ!」




「うえっ」




 生い茂る緑の道を進む人たち。


足どりはゆっくりと、慎重に進んでいる。


 しかし、森の緑は受け取った恵みを大地に散布する。




「霧が出てきましたね……」




「ああ……」




 視界を奪う霧。 湿度も高い。 


さらに慣れない山歩きは体力を奪い、集中力を乱す。


 目印のテープを見逃し、天然のランドマークにも気づかない。


親切なおっさんは解説しながら、小粋なジョークを交えて教えてくれたというのに。




『いいか? あそこの卑猥な木は右まがりだ』




『……』




 今回は皆静かだ。 気遣いの声を掛けるイケメンの声も少なくなっていく。


雨音が強くなるにつれ、霧も濃くなっていく。


 


 やはり待つべきだったろうか。


天候の完璧な日を、あの男が来てくれるのを。


 移動を決断した機長は、少し後悔をしていた。


 この五日間で何度か雨は降った。


だがすぐに雲は去り、にわか雨ばかり。


 機長は迷いながらも、移動を決断した。




「……ウサギさん、いませんね」




「……そうだね」




 黒髪ショートは緊張感のない連れの手を力強く握る。


気づけばふらふらとどこかへ行ってしまいそうだと。 しっかりと握りしめた。




「おかしいな……」




 もうしばらく、次の目印が見えていない。 




「う……」




 行き止まりの崖。


緑に覆われる絶壁。 それは見覚えがなかった。 


 どこかで道を間違えた。 雨に濡れる体は一気に冷え、心臓は凍り付きそうになる。




「すまない、……間違えたみたいだ。 少し戻ろう」




 不満の声より不安の声が周りから漏れる。




「大丈夫なの……?」




 誰かが漏らしたその呟きに、誰も答えられなかった。




「迷った……」




 その言葉が鬱蒼とした森に響き、小さな悲鳴が聞こえた。


垂れ下がる蔦は水が滴り、紫色の木の実が生っていた。


 霧雨は衣服を濡らし、跳ねる泥水は顔を汚す。 ついに疲労で動けなくなる者達。




「一度休憩して落ち着こう。 冷静に、慌ててはダメだ」




 落ち着かせるためにも休憩を。 


火をおこそうと思うが、点かない。 おっさんを真似てイケメンはヤシの繊維を持っていたが、焚き付けに使えるものが濡れていて、思うように火が大きくならず消えてしまう。 




 震える彼女を抱きしめ、雨が止むのをじっと待つ。


イケメンは唇を噛み締める。 その表情は悔しさと不安で押し潰れそうだった。






◇◆◇






 森を散策するおっさん。






「デカッ!」




 今までに見たことのあるものの中でも最高にデカイ。




「エスカルゴげっとー」




 拳よりも大きな殻を持つ巨大カタツムリ。


長い殻を持っており、その本体も大きい。 こいつは食いでがありそうだ。




「酒が欲しくなるなぁ……」




 ヤシの葉で作ったバックに仕舞っていく。


ぬめぬめの粘液がでるから自分のバックには入れたくない。




「ヤシの葉も食べるのかな?」




 まぁ食べられたらまた作ればいいか。


それにしても。




「やっぱ迷ってる……」




 雨で地面がぬかるんでしまい少し分かりづらいが、小枝の折れた向きや蜘蛛の巣などから行先を観察する。  




「霧を避けて歩いてるかな。 登るほど濃くなるんだが」




 彼らの跡を辿り進んでいく。


やはり心配だった。 それにギャルもイケメンの彼女と仲良くなったらしく心配して頼んできた。 代わりにオイル作りは任せ様子を見に来たのだ。


 跡を追いかけると、割とすぐに見つかった。 同じ場所を何度もグルグルしていたのだろう。




「おぉ、いたいた。 ……怪我でもしたのか?」




「山ピー!!」




 見つけた彼らは木に背を預けて座っていた。


どんよりと、辛気臭い。


 そんななか、相変わらずピンク色の服をきた女が飛び込んできた。




「山田さん!」




 イケメンもまた立ち上がり、散歩に行くぞと言われた犬のような顔で叫んだ。


他の者達も顔を上げこちらを見つめる




「来てくれたか……」




 雨が止み静けさを取り戻した森に、機長の呟きは零れた。




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