15話 夕焼け

 怒声。




「クソが!!」




「ちょっと、やめて下さい!」




 夕焼けに染まる砂浜。


集まった者達は怒りを顕わにしていた。


詰め寄られた機長たちは、落ち着かせようと宥める。


 しかし効果は無い。 むしろ逆効果だ。




「偉そうに、命令するんじゃねぇ!!」




「帰してよ! 早く、――家に帰して!!」




 不満はあった。


けれど、素直に従った。 きっとすぐに救助が来てくれると信じていたから。 信じたかったから。 だから従った。 しかし、いつになっても救助は来ない。 喉が渇いた。




――誰のせいだ?




「――おまえが!!」




 詰め寄った男の拳は振り上げられる。


女性の悲鳴と共に機長は勢いよく地面に倒れる。




「はぁっ、はぁ、クソッ。 ……行くぞ」




 殴るつもりはなかった。 騒動を起こしたって一文の得にもならない。


ただの暴力を振るうほど男は考え無しではない。 しかし、殴ってしまった。


 他の詰め寄った者達から賛美を受け、男は余計に、イラついていた。




「大丈夫ですか……?」




「ああ……」




 機長は倒れた体を起こし、夕陽を眺めた。




「綺麗だな……」




 何もかも忘れたいと思うほど、神秘的な境界線は美しい。


夕凪の海は人々とは違い、恐ろしくも穏やかにいつものままだった。




「……」




 三日が過ぎる。


 遭難した場合、最も重要な行動は身を守ること。


暑さから、渇きから、外敵から身の安全を確保すること。


 救助の為の準備をして、じっと待つ。




「来ないか……」




 それも全て救助が来る前提だ。


機長の疑問は確信に変わる。 ここは、何かがおかしいと。




 判断に間違いがあったとは思わない、けれど正解ではなかったかもしれない。




 多くの命を預かる私には、彼のように自由には動けない。


人命を第一に、生き残った彼らを無事に帰す。


 それが私の最後の仕事だ。 たとえ憎まれても、毅然と彼らを導く。


そのために私は、最後まで機長として行動しよう。




「……薪を多めに集めよう、夜は少し冷える」




「……はい」






◇◆◇






 鬱蒼とした森に流れるせせらぎ。


そして、裸のイケメンとおっさん。




「んっ! ああっ」




「おら、我慢しろ」




 そして変な声を出すな!




「し、染みます……!」


 


「だろうな」




 寝床を作り火の準備を終え、水浴びをした。


潮風や汗でベトベトした体を洗い流す。


 そこで気付いたが、こいつらすり傷だらけだった。


軟弱な皮膚をしていやがる。 おっさんの皮膚はブ厚いのである。




 特にひどいのがイケメンの股ズレだ。


体の使い方を教えるため少し無理をさせすぎた。 おっさん反省。


お詫びに特性の天然薬効軟膏を塗ってやっている。 少々スースーするが我慢して欲しい。




「よし、おっけー」




「〜〜〜〜っっ!!」




 最後に叩きすぎて赤くなった尻にも叩き込み、治療完了だ。


なぜかドン引きして見ている奴ら。 お前たちにも塗ってやろうか?




「いや、いい! 薬だけくれ!!」




「……アナコンダ」




 水浴びはやはり気持ちい。


欲を言えば温かい湯に浸かって疲れを癒したいところだけど。




「バナナはどこにあるんだ?」




「少し下ったところ」




 まだ少し夜までには時間もあるし、採りにいってもいいか。


いや、まだ見にいっていない上流、湖のほうを見に行こうかな。




「俺は少し上を見に行ってくるが、どうする?」




「……遠慮しとく」




 皆疲れて動けないといった感じ、仕方ないので一人で行くか。


沢はまっすぐで歩きやすい。 滑りやすい岩場に気を付けてゆっくりと進んでいく。


 両側の岩場が狭まる場所は少し深く、胸まで浸かってしまう。




「これは、きついな……」




 落ちてくる大量の水。


 激しく音を立てる滝だった。 十メートルほどのものだが、左右は岩壁で巻くには相当遠回りしないといけないだろう。 




「登攀できなくもないが……」




 危険だ。 やはり時間のある時に遠回りすればいい。


別に行く必要があるわけでもないし。




「お、魚影」




 滝つぼの膨らみに魚が何匹か見える。


魚自体は流れている所を何度も見かけているが、ここはたくさん集まっている。


 罠を設置するならここだな。




 近くの蔦植物。 クズのようなそれを紐として石に結ぶ。


さらにヤシの繊維を糸にして両端を鋭く尖らせた小枝をいくつか括りつける。


 餌はミミズと川虫。 シンプルな放置罠。 このまま設置して明日の朝とりにこよう。




「まぁ、釣れたらラッキー」




 蛇のおかげで腹は膨れている。 お土産の分もあるし、気楽なものだ。


竹でも見つかれば、久々に釣りでも楽しもうかな。




 流れ落ちる滝を見ながら、大きく深呼吸をした。




 久しぶりに呼吸をした気がする。


もちろん、そんなはずはない。 でもこれほど気持ちの良い息吹はいつ以来だろう?




「ふぅぅ…………」




 ひんやりとした空気。 流れ落ちる滝を見つめ、おっさんはしばし休憩する。


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