7話 下心


 『ヒュキッキッ。 ヒュキッキッ』

何の虫の鳴き声か分からない音が森から聞こえてくる。

 強い日差しから避難して木陰に入り、ギャルと話をした。


「水全部飲んだ、だと?」


「うん」


 即答だった。 もし今日救助が来なかったらどうするつもりなんだか。

ここはおそらく無人島。 眼下に広がる青い海は飲めないことぐらいは知っているのだろうか?


「んー。 どうしたらいいかなぁ?」


 ココナッツウォーターを飲み干し、種子を割った中身。

白い部分をスプーンでほじって食べる。 若いココナッツの場合は少ないけど柔らかく、コリコリとした食感が美味しい。


「イケメンに相談したらどうだ?」


「……ちょっと苦手。 眩しすぎて嫌になるから……」


 それはおっさんは眩しくないからちょうどいいと言うことか?

おっさんにも人権はあるのだと、ギャルを折檻したくなった。


「服はそれだけ? 長ズボンとかもってない?」


「ないよぉ。 水着は持ってたけど、着替えは全部大きいトランクにしまっちゃってたから……」


 つまり海の藻屑か。

黒い長めのキャミソール……だけ。 靴もかかとの高いサンダルだし。

 防御力低すぎて森には連れて行けないな。

おっさんの視線誘導力は高いのだけれど。


「ほら、少しずつ飲めよ?」


「ふぇ?」


 五百のペットを一本渡してやる。

おっさんの飲みかけは嫌がるだろうから、開けてないない新品だ。

 俺はギャルを指さし、言葉を続ける。


「日陰で大人しくしてろ。 間違っても泳いだり、日焼けしたりするなよ?」


「う、うん……」


 正直な所、ギャルは苦手だ。

正確には、集団のギャルか。 盆休みに地元に帰郷した中学時代の友人たちが楽しそうにバーベキューをしていた所に出くわしそうになった時ぐらい、俺はギャルの集団を見たらすぐに離れる。

 それぐらい苦手だ。



 さて、キリッとかっこつけたはいいが、これで残りの飲み物は水がペットボトルの半分と酒とトマトジュースだけだ。 水じゃなくてトマトジュース渡せばよかったか?

 自業自得なやつだが、なんとなく放っておけない。

下心というよりも、捨て猫や捨て犬に向けるそれに近いかもしれない。


「……結構、胸でかかったな」


 まったく無いと言えば嘘になるけど。



「そうそう。 そんな感じだ! これでしばらくすれば水を得られるぞ!!」


 機長が何か皆に説明して作っている。

砂浜に穴を掘り、ビニール袋やシートを被せているようだ。


「うん、そっちも付けてくれる?」


「はい! 英斗君!!」


 イケメン君たちはなにやら青草にビニール袋を巻きつけている。


「なにしてんの?」


「……水を集めてるに決まってるでしょ? おっさんもやりなさいよ!」


 そんなに老けているだろうか? 怒りを通り越して、悲しくなってきた。

長年の不摂生とストレスに晒されたからな。 自分的には目の隈ぐらいだと思うのだが。


 今日は海で遊ぶ若者の姿もはしゃぐ声も聞こえない。

代わりに海鳥の鳴き声が聞こえた。


「……」


 岬の岩壁の上に集まっているようだ。

二十メートルはあるかな。 装備無しでは厳しそうだ。

 いくなら森のほうが安全か。

 今なら機長にも呼び止められないだろう。

他は誰も呼び止めないだろうし。 俺はゆっくりと森の奥へと進んでいく。


 ギャルに貴重な水をやったのは、下心だけではない。

森は緑が濃いのだ。 天然ピンクの言っていた空気が濃い、土地が豊かな証拠、つまり水も手に入るチャンスは濃いのだ。


「とりあえず、山に登るか」


 山に登って一望する。

そうすれば水場が見えるかもしれないし、ひょっとしたら文明を発見できるかもしれない。 藪を避けながら進む。 意外と木々の感覚は広く歩きやすい。

 苔の生えた倒木をのり越える。


「お、サルノコシカケ」


 デカイキノコ。 倒木の下の方に生えている。

なかなか年季が入ってそうだ。 漢方薬で使われるらしい。

 食糧としてはキノコは極力避けたいところだが……。


「色々生えてるな」


 色鮮やかなものから禍々しい色のものまで。

キノコ鑑賞をしつつ、更に進んでいく。

 目指すは森の奥、小高い山を登る。



◇◆◇


 水が満杯に入ったペットボトル。


「おっさんのくせに……」


 開けて少し口に含む。


「んっ……」


 ゆっくりと、飲み込む。


「優しいとか、ずるい……」


 おっさんの言いつけを守り、日陰で休むギャルは呟いた。






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