8話 登頂

 蛇。

それはご馳走。


「おっしゃ!!」


 大きく口を開け、歯を剥き出しに怒っている。

蛇は大人しいものも多い、無理につかんだりしなければ逃げて行く。

 誤って近づいてしまって噛まれるというケースがほとんどだ。

もしくは捕まえようとして噛まれるか。


「あぶね!?」


 捕まえた蛇の首はぐるりと回り、俺の指に噛みつこうとした。

なかなか攻撃的、蛇も必死だ。 歯を見ると全体がギザギザの鋸状になっている。

顔も細く三角形ではない。


「無毒っぽいな」


 確実ではないが、毒蛇の場合は毒を獲物に注入するための二本の鋭い牙がある。

顔もコブラのように三角形になっている。 蛇によっては喉の奥に毒の牙を持っていて見た目では分かりづらいものもいるので、噛まれないに越したことはないが。

 つぶらな赤い瞳、チョロチョロと出す小さな舌。


「美味そうだ……!」


 貴重な動物性たんぱく質は、救命食糧が入っていた缶に空気穴を開け入れておく。

後で調理して頂くとしよう。 タイなどに仕事で行ったときはよく食べる。

 唐揚げは絶品で絶倫になり、夜の歓楽街巡りが捗るのだ。


「ふぅ……」


 結構歩いた。 歩きやすい場所をひたすら進み、所々に目印をつけてある。

額に汗がにじむ。 程よい疲労感が膝にくる。 登りばかりだったから背が少しぴりぴりする。

 ひょっとしたら今頃助けの船が来て、みんなではしゃいでいるかもしれない。


 雑念を振り払い、黙々と登る。

肌を守るため薄いウインドブレイカーを着こみ、持っていた飴を口の中でころがす。

 甘いのは好きだ。 疲れも癒してくれる。


「え……」


 太陽が真上に来る頃、山頂へと着いた。

飛び込んできた光景に呟きが零れる。

 自然と、唖然とした声だった。


「……」


 そして声は出なくなる。

 見渡す限りの緑。 山頂から次の山頂。

今立っている部分は尾根なのだ。 森山は続き、地平線は連なる霊峰で見えない。

 この光景はどこかの小さな無人島では決して無かった。

自分が飛行機で向かっていたのは何処だったか、アマゾンにでも向かていたのだったかと、記憶を辿る。


「この高さだと……五十キロぐらいは陸があるのか?」


 振り返りコバルトブルーの海を見渡す。 砂浜の先には海しかなく、地平線の先には相変わらず雲が浮かんでいるだけだ。 頭を掻きながらぼうっと眺める。

 海鳥たちは大空を飛び岬へと降りる。

砂浜では大破した飛行機が乗り上げている。


「うーん……」


 大陸側を見ても文明的な物は見つからない。


 しかし、代わりに水場を見つけた。

それは森山の谷間。 木々に囲まれた湖のようだ。

 ここがどこなのか。 例え分かってもどうすることもできない。

今はそれよりも水の確保を優先すべき。


「行くか……」


 朝から出発しているが、太陽が沈めば辺りは一気に暗くなる。

暗闇ではつけた目印のテープも頼りにならない。

 足早に、湖を目指し砂浜とは逆の方向へ下山する。

砂浜側とは違った植生の森。 日当たりが良くないのか短い草木や緑の苔が多い。

 滑りやすい岩盤を越え、森を進んでいく。


 虫や鳥の鳴き声も変わる。

甲高い音が耳に響く。 崖を避け、大岩の下を潜り、森のトンネルへ。


「あった……!」


 囁きのような流水の音。

森のトンネルに流れる小さな沢。

 透き通った水。 木々の間から差し込む陽光がキラキラと散っている。

俺はしゃがみ込み、顔を突っ込んだ。 衛生的な観点から見たらそれは良くない行為だったかもしれない。 

 けれど。


「――うまっ!」


 流れる水は冷たく、おっさんの体に染み渡る。



◇◆◇



 白い砂浜。 陽は傾きかけている。

救助どころか、船の一隻も通る気配のない海を眺めている。

 汗で濡れるピンク色のフリルブラウス。

 砂浜に作った水を手に入れる装置を見つめながら、髪をハーフアップにした女は呟く。


「喉、渇いたですねぇ……」


「……」


 座っていたもう一人の黒髪ショートヘアの女は立ち上がり、掛けていたシートを外した。


「……これだけ?」


 掘った穴の中にはコップが置かれ、中には水が溜まっていた。

しかしそれはごく僅か。 太陽蒸留器と呼ばれる装置では、一日にコップ一杯も確保できない。 



 日中騒がしかった取り巻きの女性たちも、座り込み溜息を吐いていた。

そのうちの一人。 顔は真っ赤で息が荒く、少々様子がおかしい。


「ねぇ、大丈夫?」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 声を掛けても反応が無く、目は虚ろだ。

力なく木に寄りかかっている。


「ちょ、ちょっと、誰かー!!」


 心配した女性の悲鳴に似た叫びに、機長とイケメンの青年が駆け寄る。


「どうしたんだ!?」


「大丈夫ですか!?」


 様子のおかしい女性。 察した機長はすぐに女性の手をあてる。


「熱い……! それにこの異常な汗。 熱中症だ……!!」


 機長は女性の服を無理矢理脱がす。


「扇いでくれ!」


 機長は持っていた水を女性の露出させた肌にかける。

足を高くさせ、更に自分の衣服を破き、海水で濡らし女性の首や脇の下に巻いていく。

 女性の体からどうにか、熱を逃がそうとしているのだ。


「水を」


「飲ませなくていい! 無理に飲ませれば溺れるぞ!?」


 反応の無い女性の首を上げ、水を飲ませようとしたイケメンを叱責する。

近くの女性たちは雑誌などで扇ぐ、イケメンは走り海水を汲んでくる。

 機長たちの懸命な処置は続く。



「み……ず……」


 陽が落ちかけた時。

女性は意識を取り戻す。 イケメン青年は女性の体を起こし残り少ない水を与えた。

 女性は服を脱がされていることに気付いたわけではないようだが、頬を少し赤らめる。 安堵の溜息が漏れる所に、森から何かがやって来た。


「マジカヨ、マジカヨ、――バナナ! ……お、まだ皆いるな」


 現れたのは目の隈が酷い、死んだ目をした男。

中肉中背。 くたびれたスーツにバックパックを背負っている。

 陽気な歌を歌いながら現れた呑気なおっさんに、汗だくの機長が声を荒げた。


「あんたどこ行ってたんだ!? 森には入るなと言ったはずだぞ!!」


「ちょっと山登りに……。 後これ、お土産ね」


 男は担いでいた枝を機長に渡す。

それにはずっしりと果実がなっていた。


「普通よりちょっと小さいけど、美味いぞ?」


 小振りなバナナを頬張り、おっさんは去っていく。

多くの者が死の危険を間近で感じ、この先を憂いている中。


 おっさんは一人、バカンス気分で夕陽に染まる砂浜を歩いていく。


「なんなんだ、あいつは……?」


 機長の呟きは波の音に消えていく。



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