3話 砂浜
森からすぐに引き返してきた。
砂浜で飛行機から運び出した食料などを分配していたので受け取る。
その際、機長に睨まれたがどうでもいいな。
生存者は八十八名らしい。
三百名ほどいたはずだから、つまりは残りの二百名近くは海の藻屑となったわけか。
さすがに助かったことを素直には喜べない。
まぁ、悲しみに暮れるほど、他人の痛みに敏感ではないけれど。
「ミネラルウォーターの五百が二本。 それにお酒とジュースとトマトジュースを一本ずつだけか」
ほとんど溶けているアイスカップを食べながら、配られた物を確認する。
酒はアルコールの高い物を、ジュースは炭酸にした。
他には溶けかけアイスとクッキーにチョコ。 機内食は海水に濡れてダメになってしまったようだ。 フライト中に二食済ませていたから、もうあまりなかったのかもしれない。
それと救命食糧と書かれた緑の長方形の缶が一つ。
まともに栄養が摂れるのはこの保存食のみ。
「ん、んっ。 はぁっ……! 喉乾いてたから美味しぃ〜〜」
「はははっ! もうひと泳ぎしようぜぇ!!」
若者というのは、あれほどまでにポジティブだっただろうか?
分配されたミネラルウォーターを一本まるまる飲み干すと、また海に遊びにいってしまった。
「ちょっと……」
「放っときなさいよ。 熱中症で死ねばいいのよ」
同感である。 まぁ機長たちが注意するだろう。
なかなか辛辣な意見を述べる妙齢の女性。
眼鏡にポニーテール。 胸は控えめ、白のシャツが汗でくっついてインナーが透けている。
「ちょっと、なに、見てるのよ?」
スポーツブラなのかタンクトップなのかしらんが、俺はそんな物で覗きは認めんぞ!
「特になにも……」
「ふんっ、あっち行きなさいよ!」
めっちゃカリカリしてる。
怖い。 女のヒステリー、怖いです。
眼鏡にポニーテールは好きなんだけど、ヒス女はマジで無理だ……。
苦手な女上司を思い出した。
その日の機嫌で性格変わりまくるし、他の上司への不満を部下にぶちまけるクソ女。
無事帰れたら、会社辞める前に一発かましたる。
「もっと遠くよ! 変態!!」
(先に、この女にかましたいっ!!)
くっ! ヒス女の横にいたオカッパの女性が申し訳なさそうに頭をペコペコしていたので、とりあえず見逃してやるか……。
俺はヘタレではない。 心優しき一般人なのだ。
飲み物と食料をバックパックに詰め、俺は砂浜の木陰をトボトボと移動する。
◇◆◇
湾曲している白い砂浜。
ヤシの木の木陰を移動しながら砂浜の端までやってきた。
この先は岩場になっており、小高い丘が続く岬となっている。
逆側、一キロほど続く砂浜の先も同じように岬がある。
残念ながら、河口は見当たらない。
森の奥。
かなり高い山が見える。
相当、大きな島のように感じる。だけど全く見覚えが無い。
職業柄、わりと島などには詳しいのだけど……。
墜落した時間を考えると、太平洋のどこか、赤道に近いかな。
まぁそのあたりには大小三万以上の島があるらしいし、そのうちの一つだろう。
そういえば最近、科学地図や天気図では映るのに実際に行くと存在しない島があるとか、ニュースでやってたなぁ。
「……」
『
なんて大層な名前がついていたような。
大昔には地図に載っているけど、実際にいったら無いというのも割とある話だ。
だけど、科学技術の発達でより正確に測れるようになってからは珍しい。
結局、海底の影響でなんたらと、結論付けていたか。
「ふぅ……、暑いな……」
今が何時か分からない。
肌を焼く日差しに目が眩む。
配られたミネラルウォーターのキャップを開け、半分ほど喉を潤すのに使う。
口に含みゆっくりと。 貴重な水だが、出し惜しみで熱中症になったらマヌケだ。
バックからタオルを取り出し頭に巻いて強い日差しから守る。
麦わら帽子が欲しいね。 塩分も摂らないとなぁ。 ギャレーに食塩くらいあるのだろうか?
半分、いや、三分の一くらいになったジャンボジェット機。
波打ち際にあったのだが、だいぶその機体が沈んでいる。
潮が満ちてきているのだろう。
ジュボッ。
タバコを一本。
高温多湿の中で吸うタバコは格別だね……。
これじゃすぐに湿気そうだな。
「だからさ、SOSを出して置けば大丈夫! 遭難の九十五%以上が七十二時間以内に助け出されるんだ!」
元の砂浜まで戻ると。
若い青年が皆を集めて、石を集めてSOSを作っていた。
皆を元気づけるように励まし、自ら率先して働いている。
「夜には火を焚こう。 枯れ木や流木集めも頼むよ!」
イケメンの青年。最初に女と手を繋ぎ合ってた奴だ。
リア充爆発しろ!
リーダーシップを発揮する彼氏にうっとりする彼女。
木を拾ってアピールする女性に、チラチラとイケメン青年見ている女性もいるな。
始まるのか? 始ってしまうのか!? 無人島ラブバトルが!!
「……どうでもいいな」
まぁ、俺には関係ないし。
はぁ。なんか森に入る気分じゃ無くなっちゃった。
とりあえず、一日分は水もあるし、ベースでも作るか。
これだけ樹木や植物が密集しているジャングルだ。
地面には虫も相当多いだろう。 危険な毒虫を避けるためにも、高床式のベースが必要だ。
「ナイフがない」
木を切るための道具、鉈や鋸、それにナイフがあれば便利だ。
当然そんな物、飛行機には持ち込めない。
機体の預け荷物になら持ち込めるか? たしか床下にコンテナに入れて積み込むんだよな〜。
まぁ仮に飛行機内にあっても、この状況で持たせてもらえるのか? って問題もある。
こっそりと、石器から作らないといけないらしい。
石でナイフ作りとか始めたら、不審者すぎる……?
こんなどこにあるかもわからない南の島だというのに、俺は人の目を気にして何もできないというのか。
「……貝でも採るか」
潮が満ちてきているから岩場のほうがいいかな。
潮が引けば砂浜でもいけるけど。
集団から離れ、また一人岩場へ。
木陰で休む人から見れば、俺も砂浜で遊ぶ若者のように映るのだろうか?
実際、大した違いは無いかもしれない。
人は一日に二リットルの水が必要と言われる。場所によっては三〜四リットルは欲しい。
しかし、涼しい場所で大人しくしていれば、一日に一リットルでも平気かもしれない。
食べ物が無くても一週間はもつのだ。
水が少ない今、無駄に動くのは得策ではないのかな。
「でた、ナマコ」
潮溜まりに沈む怪しい物体。
ブツブツのイボイボ。
赤っぽいから赤ナマコかな? ちなみにナマコはウニやヒトデの仲間だ。
つまり、食べられる。
最初にこいつを食べた人が、何を考えていたのかは知らないけど。
「……とりあえず、放置」
黒ナマコは海の宝石と呼ばれるほどの高級食材だ。
だけど、種類によっては毒がある。 これがほんとに赤ナマコなのか、食べられる種類なのか分からない。
加熱すれば平気らしいけど……。
ちなみに、水虫薬としても使われるらしいとかなんとか。
波の音と、鬱蒼と緑の茂森から虫の音が聞こえる。
波が岩に当たり、白く泡立つ。
海に手を入れると、冷たくて気持ちいい。
南の島で、おっさん一人で磯遊び。 ……泣けてくるぜ。
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