2話 一日目: 遭遇! 天然系ピンク!
とある資源開発を巡り、俺は何度も飛行機で日本とオーストラリアを往復した。
オーストラリアだけでなく、世界中を飛び回った。 主に発展途上国ばかり。
何年も休まずに社畜の如く働いた。
やりがいのある仕事だと思っていた。……若かさって、怖い。
飛行機が落ちるかもしれない、なんて考えたのは最初だけ。
こんな馬鹿みたいにでかい鉄の塊だというのに。
「〜〜〜〜〜〜まじかぁ!!」
機内に響く悲鳴。
雷雲で月明りすらない闇の海に真っ逆様。
雷に撃たれたのか? 機内の電気類一切が落ちていた。
急激な落下により俺のストマックがへしゃげそうになる。
耳の奥から激しい頭痛が発生し、目玉が飛び出しそうだ。
バッ! とリアルに酸素マスクが飛び出すと、さすがに死を覚悟する。
走馬燈を見た。
そのどれもが小さい頃で、最近のことはまったく出てこなかった。
俺は簡単に意識を失ってしまう。
その後、操縦士たちのどんなドラマがあったのか、俺は知らない。
起きた時には浜辺に打ち上げられた、半分に成ってしまった飛行機の中だった。
◇◆◇
「君! 危ないから森に入らないで!」
生き残った乗客は半分にも満たないと思う。
比較的若い人が多く見えるのは、先端部分側にエコノミークラスがあったからかな。
ファーストクラスを一度も用意しなかった会社に感謝しないとダメだろうか?
いや、全部ビジネスクラスしかないタイプだったっけ?
「……ちょっと見てくるだけ」
森へ数歩入っただけで注意される。黒のスラックスに肩章の入ったワイシャツの男性がメガホンで声を荒げる。
肩章が四本ということは、生き残った機長だろう。
映画なら、普通こういう時合は死んでいるのに。ちゃっかり生きてる。
「それは許可できない! 危険な生物がいるかもしれない、大人しくここで救助を待つんだ!」
遭難時にその場を離れない、無駄に動き回らない、というのは正論だ。
木陰とかで大人しく救助を待つべきだろう。
しかし、正論かもしれないけれど、無性に腹が立つ。
偉そうにしているつもりはないかもしれないが、偉そうだ……。
誰のせいでこうなったと思っているのか?
「救助はいつ来る? 本当にくるのかよ!?」
他の人も苛ついているのか、そう言って腰をあげて機長に詰め寄る。
「天候も回復している! すぐに救助がくるはずだ、……だからお願いだ、大人しく待つんだ!!」
確かに回復しているよ。おかげで喉がカラカラだ。
飛行機の中から回収した自分の手荷物には、水のペットボトルが一本だけ。
食べ物は飴が一袋に、ブロックタイプの栄養補助食品が一箱。
はは、これじゃ一日がやっとな食料だ……。
まぁ、食料はともかく、この三十度を超す気温で水無しじゃ、すぐに熱中症になっちまうぞ。
「機内に水はないんですか?」
地平線の先には青空に浮かぶ積雲が見える。
俺たちの遥か上空では、燦々と太陽が輝いているけど。
胸元をパタつかせる若い女性が機長に尋ねる。
「この機体の貯蔵タンクは後方だ……ギャレーに少し、いや!? ラフトに非常用の飲料と食料が置いてあったはずだ!」
機長の言葉を機に、波打ち際の飛行機へと人々がワラワラとついて行く。
話を聞いた限りでは水上着陸をしたらしい。 その衝撃で真っ二つになったのだとか。
きっとすごい衝撃だったと思う。 けど、あまり怪我をしている人がいない。
機長について行った人、木陰で休む人、海で遊ぶアホ。
熱中症になってもしらないぞ……。
見渡す限り日本人しかいない。
残り半分の機体に乗っていた人を悲しむ者が見えないのは、日本人らしいか?
(天国とかじゃないだろうなぁ……?)
はたして、自分は天国に行ける人間だろうか……?
まぁ、それは置いといて。
こんな映画があったような気がするな〜。 アニメだっけ?
うむむ。 頬を抓れば痛いし、水着で遊ぶ若い女の子を見れば漲るモノもある。
こんな状況じゃ逆に異常な気もするけれど、ちゃんとした感覚や欲情はあるようだ。
(……考えてもしょうがねぇ。 とりあえず行くか)
うるさいのが居なくなったし、いざ、人気のない薄暗い森へ。
妙な好奇心に誘われるがまま、砂浜を背に森へと進んでいく。
と、その前に装備のチェックしよ。
メイン装備は長年使い込んだ耐水性のバックパック。
紺色のそれは、長い付き合いの相棒だ。
幸いにも、靴はブーツではなく使い慣れた運動靴。
向こうについたら履き替える予定だった。
バックパックの中には、スマホと筆記用具、パスポートやら色々な書類に財布と……。
使えそうなモノがないなぁ。 ちなみにスマホは完全に死んでる。 電源すら入らない。
依存症っぽいやつがスマホをシャベルに、砂浜で城を作っていたのには引いたけど。
強制的に断つのが一番だよね、依存症には。
後は頭痛薬と風邪薬、下着と薄いウィンドブレーカーにタオルと歯磨きセット。
コンビニ袋と真空パックの袋、あると何かと便利なんだよね。
タバコが一箱にヤスリライターが一つ。 ……まじかぁ。 一箱しかないんですけどぉ!?
はぁ……。 後は、テープ類とT字の剃刀とシェービングフォームに洗顔フォームに化粧水。
いや、普段使いのじゃないと肌が気になるじゃん?
三十の中年でも肌は敏感なんすよ。
うむ。 見事にリクルートな旅行者。
ナイフの一本も忍ばせておくんだったかなぁ……。
(ヤシの林……)
荷物をバックパックに仕舞い森に一歩踏み込むと、地面はちゃんとした土だった。
溶岩やサンゴではないようである。
お。 雲南百薬はっけん。 オカワカメともいうやつだ。
ツルが木に絡みつくように沢山ある。 栄養豊富な葉だけでなくムカゴもなってる。
実家でも生えていて、よく食卓にあがったのを覚えている。 帰りに採取しよう。
「……」
カサカサと葉を揺らし、比較的歩きやすい場所を通る。
人の気配――生活の跡や道など――はやはりない。 無人島なんだろうか。
今にもゲリラが出てきそうだけど……。
少し歩いただけで、すぐに方向感覚を失いそうだ。
迷子にならないように気をつけねば。
森はかなり自然豊か。 これなら食糧は手に入りそうだな。
というより、人が住んでるんじゃないか?
有人島の可能性もありそう。 命懸けのサバイバルやってたら、反対側に文明がありました、なんてのは洒落にならないぜ。
一つ二つと深呼吸し、心を鎮める。
知らず緊張していたのか、汗がすごい。
いや、たんに蒸し暑いだけかもしれないけど。
一刻も早く水が必要だ。 砂浜に残ってたほうがよかったか?
どれぐらい飛行機に飲料があっただろうか。
仮に生き残った人が百人として、一日二リットルで三日分くらいあればいいけど……。
飛行計画通りに進んでいて落っこちたなら、すぐにでも救助がくるかもしれない。
森の探索なんて必要ない、無駄に危険を増やしているだけだ。
でももし大きくずれていたなら……。 楽観視することは危険だ。
だから俺は行動する。
それに仕事で多少はこういった場所にも慣れてる。
ヘビぐらいなら対処できるさ。
「ワニは勘弁だけど……」
「ワニ!?」
独り言に返事が返ってきて、心臓が飛び跳ねそうになった。
実際、心臓はバクバクだ。
「っ! ……何してる!?」
声のした方へ振り返ると、少し後ろを若い女が付いてきていた。
ピンクのスカートにピンクのふりふりシャツ。
正確な名称は知らない。 女物に興味なんて無いし、彼女なんてもう幾久しくいないぜ。
「もう、おじさんが、注意されたのに、どんどん入ってちゃうから心配でついてきたんじゃないですかぁ」
すごい独特の間で喋る子だ。
それと多分、天然系ってやつだろうか。
雰囲気オーラが出てる。 天然の……。
「いや、危ないぞ? 戻った方がいい」
色んな意味で。
落ち着いた茶色の髪をハーフアップにしている。 髪色とは違って薄化粧でなかなか可愛い顔をした子だ。
身長は低めだけど、胸は大きい。
その豊満な双丘の谷間がふりふりのシャツから覗いている。
歳は二十歳くらいだろうか?
「うーん、観光地とは違った感じの森ですねぇ。 空気が濃い! ってやつですかぁ。 それより、ワニさんどこですか??」
空気が濃いは違うと思うが。 たんに湿度のせいだろう。
大きな目でこちらを上目遣いで見てくる。 美人ではないが、天然のオジサンキラーになりそうだ。
そう言えばこの女、……俺のこと『おじさん』って呼ばなかった?
まだ三十歳なんですけど? まだまだお兄さんて呼ばれたいんですけど!?
「居たら嫌だなってこと……」
はぁ……。 まぁ、二十歳くらいの女からしたら、三十なんておっさんだよなぁ。
色々面倒だから髪はスポーツ刈りだし、目の隈は酷い。 でも髭はちゃんと剃ってる。
加齢臭もしないはず。 まだまだ、現役だろう?
「そうなんですか。 あ、ウサギさんはいませんか? 無人島といったらウサギさんです!」
ふんす! といった感じのピンク女。
こいつはやべぇ……。 俺の精神がゴリゴリ削られていくぞ。
「……どうだろう? 大きそうな島だからいるかも?」
「探すのです! さぁ、探検に行くのですぅー!!」
なんだこの子? 家族でも死んで幼児退行でもしたのか??
と、駆け寄って来て腕を組まれた!
柔らかい。 押し付けられる胸の感触に暑苦しさも気にならない。
「ちょ、おまっ」
「さぁ、どっちですかー!?」
くあっ。 いい匂いがする。
若いメスの匂い。
離れさせようと両肩に手を置いた所で物音がした。
「亜理紗っ!? おっさん! 何してんだテメェー!!」
颯爽と現れた王子様。 いや、女か、こいつ?
ショートヘアの乱入者に突き飛ばされ、木に背中をぶつけた。
「オゴッ……!?」
「おっさん、いい年してみっともねぇことしてんじゃねぇよ。 恥を知りなっ!」
くそっ。 お前こそどこの江戸っ子だよ……。
尖った所に当たったのか、マジ痛い。
膝を突く俺を見下ろす女に、ピンク女が声を掛ける。
「あっ、美紀ちゃん。 この島、ウサギさんがいるみたいですよ!」
「亜理紗……。 そんなの、このおっさんのデマに決まってるでしょ? 森の奥に連れ込んで、いかがわしいことをしようとしたに決まってるわ!!」
「えぇ!? そうなんですか、おじさん?? 酷いです!!」
いや、酷いのはそっちの子だからね?
当たり所悪かったら死ぬから。 それくらいの勢いだったからね!?
疑いの目で俺を見るピンク女。 バカな。 な、なぜ俺が悪くなっているっ。
「ぐ、誤解だ。 そもそも、そいつが勝手についてきたんだぞ!?」
「うるさい! もう二度と、亜理紗に近づくんじゃないわよっ!! 次は、――潰すわよ?」
そう言ってワイシャツの胸倉を掴み見下ろす女。
これでも身長は180近いんだが、膝を突いてるせいだ。
ボーイッシュ、昔ならそう言われそうな、今ならクール系と言うのだろうか。
黒髪で襟足を刈り上げ、メイクもビジュアル系っぽい感じで、何というかアレな人の感じ。
「……亜理紗は私のなのよ」
そう囁いて、ピンク女の側に寄り添う。
やっぱそっち系の人なのかね〜。
ピンク女からはそんな感じは受けないが。
「ほら、飲み物とか分けるみたいだから、急いで帰るよ」
「ほんとですか!? もう、喉がカラカラですっ」
まったく。 とピンク女の頭に手をやり、乱入者たちは砂浜に引き返す。
「……はぁ。 俺も一旦戻るかぁ」
まだ、砂浜からほとんど離れていない。
それでも一時間ぐらいは経っただろうか。 スマホが死んでるので時間はわからない。
慎重に動きすぎたかな。 いや、慎重すぎるぐらいでいいはずだ。
「あのっ、私、
引き返してきたピンク女に身構える。
もう一人の黒髪がめっちゃ睨んでるんですけど。
「……おじさんではない。 俺はまだ三十だ」
「……ふふっ。 じゃあ、お兄さん。 お名前は?」
じゃあって……。 愉快気に笑う亜理紗に、更に不機嫌そうに睨みつけてくる黒髪。
もう、なんでもいいよ。
「山田だ」
それだけですか? と首をかしげる亜理紗。
こいつに下の名前を教えたら普通に呼ばれそうだから、教えない。
黒髪に潰されたら嫌だしね!
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