秋田編13

 小町が家に帰ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。小町を出迎えたのはつうだった。つうは、郁弥との出会いがきっかけとなり、小町が立ち直ってくれれば良いと思っていた。だが、若者への嫉妬というものがある。恋は盲目ともいう。だから少しだけ意地悪く小町に話しかけることにした。


「あの坊や、今夜はどこへ泊まるんだろうね」


 小町は、郁弥が雄物川サニーホテルに泊まっていると返事をした。それも、最上階のスイートルームだと、なぜか自慢げに話した。つうは驚いた。1泊2万5千円である。若いのに、随分と豪勢なものだと言って、舌を巻いた。


「私が案内したのよ。行ってみたかったから」


 小町は、つうの反応を見て、また更に楽しそうに笑った。郁弥と小町との間に何かあったことは、つうにも容易に想像が出来た。昨日までとは、まるで別人のようだった。だから、つうは嫉妬などというつまらない気持ちを捨てた。そして、この2人が少しでも永く側にいられるように力になろうと決心した。


「昌平ヒルズの家賃はいくら位なんじゃろうな」


 つうは、シェアハウスの家賃というのは、割安なものだと思っていた。それが、8万4千円と聞いて、驚くのを通り越して呆れてしまった。船を何艘も持ち、人を使って漁をしている源さんと違い、定食屋の利幅など知れているのだ。大金である。そのことは小町にも充分に理解出来ることだった。だが、一度決めたらやり遂げるというのが、つうである。


「儂が出してやる。4月からはそこに行け」


 小町は気を使って、自分もバイトをするから、大丈夫だなどと言った。たしかに、東京には良い仕事がいっぱいあるのだろう。しかし、その中には危険が隣り合わせとなっているものもあるのだ。だから、つうとしてはあまりバイトをして欲しいとは思っていなかった。そのことは、K大に合格した際に話し合っていて、小町も承知しているはずである。だが、今の小町には、昌平ヒルズで暮らすことしか頭にないのだ。この盲目さに、つうは危うさを感じた。だから、ボソリと呟き小町の反応を伺った。


「お前も、のんちゃんと同じじゃのぉ」


 小町はあっさりと聞き流した。つうの感じた危うさが増していった。それは、不安へと変わり一層大きくなっていった。





 翌朝、定食屋の手伝いを終えた小町は、学校を休んだ。ズル休みである。これが初めてだった。小町はお洒落に着飾り、雄物川サニーホテルへと行った。楽しみで仕方がなかった。だがそこに郁弥はいなかった。フロントに尋ねると、既に秋田を発ったと聞かされた。その代わりに、一通の手紙があった。嫌な予感がした。郁弥に会えないことの悲しみがこれほどまでに大きいものかと、自分でも驚いていた。小町は、震える手を抑えながらその手紙を読んだ。急遽、昌平ヒルズに戻らなければならなくなったのだと手紙にあった。


 小町は郁弥に棄てられたのだとは思わなかった。郁弥が昌平ヒルズにいなければならないのなら、自分もそこにいれば良い。そうとだけ思った。だから、上京の準備というものに勤しむのであった。

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ひとつ屋根の下〜エピソードゼロ〜 世界三大〇〇 @yuutakunn0031

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