秋田編11

 郁弥が小町との約束の場所へと行った時、小町は既にそこにいた。学校帰りに直接来たようで、セーラー服を着ていた。普段着を着た湯上がりの小町の放つ、少し影のある妖艶さとは全く違った。爽やかで明るい女の子女の子した格好であった。郁弥は、その姿を見て小町に何を伝えようとしていたのかを、すっかりと忘れてしまった。というよりも、自分が何かを言うことが差し出がましいことのように思えてしまった。


「東京では、大学生が高校の制服着て遊園地に行くのが流行ってるんでしょ」


 郁弥はこの6年間、東京に住んでいたわけではない。だから、そんなことは知らなかった。話を合わせるだけで、何か積極的に話題を提供することはなかった。朝、郁弥が小町に見せた雄々しく話をする男の姿とは違うものであった。このことは、小町に軽い違和感を与えていた。別人のようなのである。そしてこの違和感は、この時の小町にとっては心地いいものだった。郁弥のほんの少し遠慮がちに変化した気持ちと、小町のほんの少し肩の荷を降ろし楽になった気持ちとが噛み合った。うんうんと頷くことでしか優しさを表現できない草食系の男子と、明日を見据えキラキラと輝きを放つ肉食系の女子がそこにいた。きっかけは何でも良かったのだろう。ただその時にそれとなったのが郁弥のスマホがキンコンとなったことだっただけである。郁弥がスマホを取り出そうとするのを、小町が遮った。そして言った。


「秋田には、良いホテルがあるのよ」


 小町は郁弥に秋田で一泊していくように勧めた。そして、ホテルへ案内するから来て欲しいというのだった。郁弥はゴクリと唾を飲み込み、小町の案内するホテルへと行った。雄物川サニーホテルである。秋田市内では最も豪華なホテルだ。

 ホテルの部屋についた2人は、その広さと豪華さに、しばらくは驚いていた。はじめに動いたのは、小町だった。小町は制服を着たままベッドに飛び込んでいった。


「ねぇ、郁弥くんって、キスしたことあるの」


 そんな誘いに、郁弥はのった。郁弥は小町の横に寝そべり、そっと小町の顔をさすって抱き寄せていった。


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