秋田編⑩

 源さんと秘湯を巡っていた郁弥だが、専ら昌平ヒルズでの生活の話で盛り上がっていた。感の鈍い郁弥は、のんと小町が喧嘩別れしているとは、思ってもいないのだ。源さんは、自分の側からそんな話をするのも変だと思い、積極的には話さなかった。郁弥が興味を抱いてくれれば、いつでも話そうとは思っていた。


「それじゃあ、東京へ戻ったら、のんと小町ちゃんのこと、よろしく頼むな」


 源さんのこの一言が呼び水となり、郁弥はようやく2人の過去について興味を示した。源さんはそのことを説明した。1年前の卒業式に、その事件は起きたのだった。


「のんが告白しようと思っていた男子がね、のんの目の前で小町ちゃんに告白したんだよ」


 よくある話である。小町が件の男子と付き合った訳でなく、しっかりとお断りしている。だが、のんが誤解して、小町を逆恨みしたまま東京へ行き、連絡も寄越さなくなった。これもまた、よくある話ではある。中学高校と6年間を男子ばかりの学校で過ごした郁弥には、なんとも甘酸っぱく感じた。1人の男子の愚行が、双子のように仲の良かった2人の間を引き裂いたのだ。されとて、この男子にしても自分の気持ちに正直に行動しただけである。だから、誰も誰かを責められないのだ。


「まぁ、若いうちは色々とあるんだろうて。のんも小町ちゃんに負けず器量はいい方だから、東京で変な男に捕まっていなければいいのだがな」


 源さんは笑いながら言った。だが、鈍感な郁弥にも、孫娘を心配していることは分かることだった。源さんが案内してくれた郊外の秘湯もまた、素晴らしいものであった。人を遠ざけるような山奥にあり、寂れ具合も正に秘湯であった。だが郁弥には、この秘湯の記憶が全くないのだった。湯を出たその時から、小町に会いたくて仕方なかった。会って、のんとの仲直りを勧めたい。そして、そのために自分が出来ることがあれば、何でもすると伝えたかった。

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