秋田編⑨

 定食屋に残った小町は、しばらくつうの店の手伝いをした後、学校へと行った。進学先が決まった高校3年生というのは、それほど忙しくはない。学校で同級生達と楽しく過ごした。


「今日の小町、いつもと様子が違うわね」

「本当。こんなに明るいのって、1年ぶりじゃないの」

「そっかなぁ。別にいつもと変わらないけど」


 同級生の問いにそう答えながらも、小町には思い当たることがあった。のんに繋がる情報、昌平ヒルズでの生活というものについて知れたこともそうだし、郁弥との出会いもそうだった。だが、いつもと変わらないなどと言ったのは、同級生達に変に絡まれて、帰りが遅くなるのが嫌だったからだ。授業が終われば、直ぐにでも飛んで帰りたいのだ。


「のん先輩のことで、何か分かったんじゃないの?」


 同級生の1人、高瀬川静香がそんなことを言い出した。のんと小町が仲の良いことは校内でも有名だった。それだけに、1年前の事件というものが、皆の胸に引っ掛かっていた。小町は元々は明るい外向的な性格だった。先輩にも後輩にも、男子にも女子にも顔が効いた。それが、この1年は親しい友人と以外に、あまり他人と話すこともなくなっていた。それが、のんと小町が大喧嘩したことがきっかけだったことは明白であった。


「皆には、隠し事できないな」


 小町は観念したように、郁弥という人物と会う約束があることを話した。そして、自分も東京へ出たら、郁弥のいる昌平ヒルズに住もうかと考えているなどと話した。


「なるほどね、デートって訳ね」

「そんなんじゃないけど、でも、色々な話が聞けるのが楽しみなのよ」


 小町はそう言って楽しそうに笑った。高瀬川達は立ち止まり、互いに顔を見合わせてほっとした。そして、1歩2歩と前へ出て、浮かれて飛び跳ねている少女を見つめた。高瀬川達は、嬉しくなった。小町を走って追い越し、前から小町を冷やかした。小町は怒ったふりをしてそれをまた追いかけた。まだ2月、厳寒の秋田。そこにも春の息吹というのは訪れるのである。

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