秋田編④
少し熱目の湯に浸かっている間も話は途切れなかった。そして、機嫌をよくした老人は、郁弥に取って置きの秘密を明かしたのだった。その秘密は、30年近くもの間、老人が地元の知人にも誰にも言わずにいたものだった。
「見てごらん」
老人はそう言って、竹で出来た壁から、一本だけ器用に抜き取った。すると、ほんの少しの隙間が出来た。そして、その隙間を覗いてみせた。
「こうするんだよ」
老人が小声でそう言っていることから、郁弥にも容易に想像出来た。その隙間の先にあるのは女湯である、と。郁弥は躊躇った。覗きは立派な犯罪なのだ。折角誘ってくれてはいるが、罪悪感があった。
「まっ、干し葡萄ばかりだから、若い奴には面白くないだろうがな」
老人のこの一言は、郁弥の罪悪感を一気に下げた。そして、ほんの洒落のつもりで覗いた。老人との距離を離したくはなかったからだ。だが、この日の郁弥にはツキがあった。その先にあったのは、干し葡萄ではなく、苺のショートケーキだった。生クリームを思わせる、ツンとした張りのある2つの白い素肌の頂。そこには、やや淡い赤色をした苺のような突起がちょこんと乗っている。郁弥がそんなスィーツを見たのは、6年半振りのことであった。しかしそれは、その時に見た苺よりも更に瑞々しいのであった。郁弥は思わずあっと声をあげた。この声は、そのまま隙間の先にも伝わった。隙間の先から、キャッという甲高い声が聞こえてきた。郁弥は慌てて顔を背けた。老人は、郁弥のその慌て振りにピンと来たようで、郁弥以上に慌てて、興奮して隙間にかじりついた。だが、この日の老人にはツキがなかった。その先にあったのは、苺のショートケーキではなく、干し葡萄だった。干し葡萄は隙間を見つけたようで、近付いて来た。そしてその隙間を逆から覗いた。
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