第四十四話 修羅場

 ――にわかに、場違いにも修羅場の様相を見せ始めた戦場の一角。


 二人の少年少女による、一体いつまで続くのかと思われたこの痴話げんかも、しばらく経つとひとまずの終わりを迎える――。



 ―*―*―



「お前は子供の頃からそうだよッ! 人の話もろくに聞かずに突っ走りやがって! だいたいなぁ、お前がいつも無茶ばかりするから、振り回される方はすげえ大変なんだぞ!」

「はん、あたしはあんたに付いてきて欲しいなんて、頼んだ覚えはないね! 子供の頃からあんたが、後ろをちょこちょこ付いて回ってきたんだろ!」


 

 ――しばらくの間、目の前の幼馴染みが敵だということも、ここが戦場であるということも忘れ、まるで子供のような喧嘩をしていた。


 感情のまま思いの丈をぶつけあい、なんかもうグダグダだなと頭のどこかで自覚しつつも、ただ激情に任せてののしり合う。やめる気も起きなかった――。



 しかし、近くの戦場でひときわ大きな轟音と粉塵が舞い上がってことで、俺達は二人同時に我に返った。


「……はっ、こんな言い合いしてる場合じゃなかったッ!?」


「……そうだ、こんなことしてる場合じゃないじゃんッ!? おいエルスト! あたし、グレイ・ハーネットは傭兵、エルスト・ルースカインに一騎打ちを申し込む!! これに否やはあるか!?」


(くそっ、戦場だってのについ口論にのっちまった……このやろう、言いたい放題言いやがって。一騎打ちだあ? そっちがその気なら……)


「あるわけねえ、望むところだ!! ちょうど、むしゃくしゃして来たとこだしな!!」

「……へえ、奇遇だね、あたしもだよ!!」



 グレイは言い終わると同時、一足飛びに槍の間合いまで踏み込んできた――。

 同じタイミングで、こちらからも踏み込む――一瞬の交差。


 振りかぶられたグレイの剣を、振りきられる前に穂先で弾き、逸らす。

 互いに突進の勢いのまますれ違い、流れるように立ち位置を入れ替える。


 間髪入れずにこちらから槍を突き込むが、かすむようなスピードで振られたグレイの長剣が、甲高い剣戟の音と共にこれを弾く――。


(――おっもッ!!)


 あまりの剣撃の重さに槍を身体ごと持っていかれそうになるが、なんとか踏ん張り、身体を一回転させ槍を振り下ろす――。

 しかしこの一撃は予想していたのか、後ろに飛び退き余裕を持って回避された。



 距離が離れたところで再度槍を構え直し、グレイの一挙手一投足に集中する。

 そのグレイは首をかしげ、こちらを訝しげに見つめていた。


「……温いね。エルストあんた、腰が引けてるんじゃないか。そんなんじゃ、あたしには絶対届かないだろうに……」


 ……そりゃそうだろ。

 だって、こちらから攻める気はないんだから。



 この前古竜の里でやりあった時に気付いたが、グレイが手加減している状態ならば、防御に徹すれば俺でもその猛攻をさばききることは可能だ。


 よって、こちらからの攻撃はすべて牽制。相手にダメージを与えることが目的ではないので自然、その攻撃がグレイまで届くことはない。

 だがだからこそ、徹底的に槍の間合いで戦うことができる。攻めの意識を捨てるいるからこそ、グレイを得意な距離まで近づけさせない。


 そもそも身体能力が同程度なら、リーチの差で基本剣より槍の方が有利だ。


(……いや、グレイのエクシードは俺より遥かに強いから、今回はそうでもないんだが……。それに守り一辺倒になるから、倒すこともできないしな……)


 今はグレイの動きをよく観察し、突破口を探すしかない。

 そもそもグレイとまともに打ち合えているという現状がすでに、俺にとっては奇跡みたいなものだった。

 

 実力差は依然として歴然。本気で来られたらたぶん、一瞬で叩きつぶされる。


(……全体で見れば、戦況はこちらの優勢に進んでいるはず。グレイをここにくぎ付けにして時間さえ稼げれば、周りの状況はどんどん俺に有利になっていく。敵が総崩れになれば、いくらグレイでも引かざるを得ない……)


 サラの前では、決着を付けるだの何だのと言ってカッコつけてしまったが、俺の本来の目的はグレイの足止め。時間が稼げればそれでいい。


 ――と、思っていたのだが……。


(一発ぐらいやり返さないと、気が済まなくなってきた……ッ!) 


 柄にもなく、熱くなっているのを感じる。


 俺とグレイ、どちらが正しい、間違ってるなんて問題じゃない。

 ただの意地だ。だからこそ、引くわけにはいかなかった。



「――ま、本気で来る気がないのなら、それはそれでいいさ。とっととその涼しいつらの皮をはがして、泣かせてやる!!」


 グレイが叫ぶと同時に大地を蹴り、ものすごいスピードで迫りくる――。


(速い……けどッ!!)


 最初から速いと分かっていれば、対処のしようもある!


 剣の間合いまで近づかせないよう槍を振り、徹底的に牽制する。 

 槍を小刻みに繰り出しながら、俺はグレイに叫び返した。


「おまえ、お前なあ……!! この際だから言ってやるけど、俺、一度死にかけたんだぞ! おもにお前のせいで!!」

「――ッッ!!」


 グレイの振り下ろし。少しスピードが鈍ったそれを、槍の柄でかち上げる――。


「……俺だってなあ、お前が旅に出てからもずっと、毎日修行してたんだッ! お前に追いつくために!!」

「…………っ」

「でもお前があんまり速く前に進むから、全然追いつけなくてよ……! 速く進みすぎなんだよ、お前はッ! そんな調子じゃ、いつか勇者だって置いて行っちまうぞ!」

「……うるさい。もう分かってんだよ、そんなことはッ!!」


 グレイが剣を大上段に構え、叫びと共に踏み込んでくるが――動きが荒い。

 精細を欠いたその一撃をいなし、相手の態勢を崩す。

 

 一瞬、グレイの動きが止まった。


 それを見逃さず、水平に槍を振り切り、剣のガード越しにグレイを打ちすえる。

 確かな手応え。グレイは地面を滑りながら数歩分後退した。


 自分でやったことだが、あの天才を引かせたことにかなり驚く。

(……おお、グレイ相手に打ち勝った。すげえな俺。てか……)



 どうにも、グレイの様子がおかしい。剣筋が少し乱れている。


「……どうしたグレイ、俺を泣かせるんじゃなかったのか?」

「……うるさい。戦闘中に話しかけるんじゃないよ、気が散る……」


(……もしかして、俺が言ったことを気にしてんのか。死にかけたとか、何とか……)

 今、うつむき加減に正面で相対しているグレイからは、先程までの圧力を感じない――動揺しているのか?

 

 だとしたら、おそらく今交わしているこの言い合いが原因だろう。その剣さばきに、動揺が表れているように感じられる。


 その様子を見て、俺は思った。


(……あれ。もしかしてこれ、チャンスじゃね?)


 このまま言い合いを続けてグレイの動揺を誘うことができれば、その隙をついて、抑え込むことも可能かもしれない……。



 ……自分でも、かなり卑怯な方法だと思う。

 しかし、ここは戦場。相手は、ひとつのミスが命取りになるような難敵。


 ならば傭兵としてこの状況を利用することに、俺には些少のためらいもありはしない!

 これでも一度は死にかけたんだ、意趣返しくらいはさせてもらうぜ!



「……本当に、大変だったよ。お前に面と向かって振られたあと、三日間くらい山の中かけずり回ってさ……隣町の宿屋のおかみさんが拾ってくれなかったら、ホントにやばかった……」

「…………ッ」


 グレイは何も言わず、ただ無造作に距離を詰めてきた。

 こちらも穂先を相手に向け、待ち構える。


「……俺が勝手に騒いでただけかもしんねえけどな。だけどお前も、もうちょい相手に気を使えッ!!」

「……うるせえってんだよ!!」


 そして互いの矛先が衝突し、甲高い音が戦場に鳴り響いた――。 



 ―*―*―



 ――戦場の片隅で、今度は戦いながら口喧嘩を始めたエルストとグレイの二人。


 しかし先程と違い、今はエルストがグレイを一方的に罵っている場面が多く、とうのグレイは固く口を引き結んでいる。

 一方的に言い負かされているグレイなど、彼女をよく知る者が見たならば驚くことだろう。たとえ負い目があるとしても、こうも彼女が反撃しないなど、普通ではあり得ない。


 ……だがそもそもエルストの言う通り、グレイという少女はしおらしさとか、女性らしいいじましさとか、そういうのとはほぼ無縁の戦士である――。


 よって、その流れは必然と言えるだろう。


 口論が白熱し、調子に乗ったエルストがこぼしてしまったその決定的な一言が。


「勇者となんか仲良くしやがって……どうせお前、旅の間も勇者とずっとヤってたんだろ!!」



「――――ころす」

 


 その言葉が引き金となり、グレイ・ハーネットという希代の剣士を解き放つことになる――。



 ―*―*―


 ※ ピーは規制音


「――てめえええええええええッ!!! てめえこそ、あの古竜の女とはいくとこまでいってんだろうが、アアンッッ! どうだったよ!? そいつはてめえが、昔妄想してピー(規制音)してたあたしよりきれいなピーしてたかよ、ア゛ア゛ッ! てめえの可愛いピーがそいつのピーをピーしてピーしてたんだろ、答えろオイ!!!」


 ……お、お前の方がよっぽど、過激な言葉使ってんじゃねえか……。



 ――ズドン、ズドン! ズドォン!



 おおよそ人間の仕業とは思えない爆音と粉塵を辺りにまき散らしながら、グレイが燃え盛るようなオーラを纏い、鬼気迫る勢いで攻め立ててくる――。


 振り下ろされる剣の一撃一撃が、大地を砕き、岩をけずり、大気を切り裂く。

 暴風の様に暴れ回るグレイが過ぎ去ったあとは地面がえぐれかえり、原型を留めていない――。



「――ちょ、ちょっと待てッ!? お前、俺を殺す気ないんじゃなかったのかよ!! 今のお前の攻撃まともに食らったら、たぶん俺バラバラになるぞ!?」

「ア゛アッ!! てめえ、んなこと言いながら器用に避けてるじゃねえか!! まだ余裕あるみたいだし、少し本気出してやるよ!!!」


 ……しくったな、つい余計なこと言っちまった。こりゃ、かなり荒ぶってるぞ……。

 こうなると、ちょっとやそっとじゃグレイの怒りは収まらない。

 

 だがグレイの言う通り、今のところはまだ、ギリギリ余裕がある。

 たしかに一撃一撃の威力は化物じみているが、先程までと比べると大振りなぶん、いくらか躱しやすい。グレイが我を忘れているというのもあるだろう、動きが読みやすかった。

 一合でも打ち合えば槍が粉々になりそうなので、受ける、弾くという選択肢はとれないが……。



 ――やはり、グレイに付け入る隙があるとすれば、それは対人戦闘経験の有無か。


 戦い方を見ても、グレイはあまり人間と戦ったことがないように思える。人を殺すのに、こんな砲撃のような攻撃をする必要はない。人は急所を突けば死ぬのだから、明らかに過剰な力だ。


 魔王討伐の旅ではその目的上、魔物と戦闘することが多かったはず。

 人よりよほど生命力の強い魔物を相手にした攻撃なら、なるほどこのバカみたいな威力の攻撃も頷けた。


 もし俺が戦闘でグレイに勝っている部分があるとすれば、それは傭兵として、人間と戦ってきた場数だけだろう。


(チャンスがあるとしたら、そこしかない)


 今は的確に攻撃を捌いて、機会を待つしかないが。

 しかし攻撃をかわし続けていれば、必ず隙は生まれるはず――。



 そんなことを考えながら嵐のような猛攻を捌いていると、なぜかグレイが急に動きを止め、大きく飛び退き後ろへと下がった。


 そして右腕を上げ、握りしめた剣を天に向かって垂直に伸ばし、まっすぐピンと張る。

 そのグレイの剣身に、ユラユラとグレイの右腕を伝って、オーラが纏わりついていく――。

 

(……なんだありゃ。あんなの、見たことないぞ……)


 オーラは通常、身体能力の強化のみにしか使われない。よってその身にオーラを宿すことはあっても、武具などにオーラを纏わせることはしないし、そもそもやろうと思っても出来ない。


 そのはずなのに、グレイは確かに腕から伝わらせたオーラを剣身に纏わせ、それを覆い尽くしている。

 その時点で、すでにかなり不気味だった。


 考えている間にもオーラはどんどん掲げられた剣に集中していき、空に向かってピンと伸ばされたそれはオーラの光に飲み込まれ、ほとんど剣身が見えないほどだ。


 見たこともない異様な光景。ゆえに、最大限に警鐘けいしょうが鳴り響く。


 グレイはそれを、裂ぱくの気合とともに袈裟斬りに振り下ろした――。


「――ウオ゛ッらあああアアアアアアアアアアアア!!!」


 オーラが、


 そうとしか表現できない光の斬撃が、またたきほどの間に俺とグレイの間にある空間を切り裂き、すぐ目前まで迫っていた――。


「――うっ、お゛――」


 背後にのけ反る、いや、倒れ込むようにしてをぎりぎり躱す――。


 目の前をすべるようにして通り過ぎたそれは、大地に深い傷痕しょうこんを残しながらも、背後へと一瞬で駆け抜けていく――。


 そして背後にあった大岩を斜めに切り裂き、それを真っ二つにしながら視界から消えていった――。




 ――その一部始終をのけ反った態勢で見送ったあと、力が抜けたように尻もちをつきながら(実際腰が抜けた)、今目の前を通り過ぎたモノについて考える。


「……いや、なんだ今の……あり得ないだろ……」


 ……おそらく、グレイは全身に纏ったオーラを剣身に集中させ、そのオーラの塊を斬撃とともに飛ばしたのだろう。そうとしか考えられない。

 だが、そんなことはそもそも不可能なはず、だった。

 

 ギルさんやグレイが使ったオーラを一部に集中させて鎧のように使う、という技ならまだ感覚的に理解出来る。

 しかしグレイが今やったように、武器にオーラを集中させて、あまつさえそれを飛び道具のように放つなんて芸当は、俺には逆立ちしたってできる気がしない。なぜそんなことができるのか、まるで理解出来ないのだ。


 見たことも、聞いたこともない。伝説に語られるような英雄ですら、使えたかどうか分からない。

 そんな、おそらくグレイが自力で編み出したオーラの使い方。

 

(超一流の剣士が放つ、防御不能、超スピード広範囲の遠距離攻撃か……)


 ……言葉にして整理すると、それがどれほどヤバい代物なのかがよく分かる。



 俺は地面に座ったまま見上げた青空に向かって、誰にともなくつぶやいた。

  

「……こりゃあ、今度こそ死んだかもなぁ……」

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フラレ男の英雄出世街道~もしくはただのシュラバ珍道中~ 正月 楓 @tenntai3

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