第四十二話 無双3

『エルスト、ホントに大丈夫? ケガとかしない?』

「オーラで強化してるから、もうちょい高度を下げてくれれば飛び降りても平気だと思う。サラも、手筈通りに頼むよ」

『……わかった。絶対、無理しないでね』


 そう言って高度を下げ始めるサラ。地上にいる兵士たちの顔が、よく分かるくらいに地面に近づいた。


「じゃ、また後で……心配いらないと思うけど、十分気をつけてな」

『わかってるよう! これでも、里の中では強い方なんだからっ!』


 拗ねたようにそう言うサラに苦笑を一つこぼしながら、俺はその背から飛び降りた。


 体にかかる風圧。古竜の背から一人で飛び降りた俺を、下にいる兵士たちが呆気にとられた様子で眺めているのが見えた。


(出来るだけ兵士の層が薄い所を選んだけれど、それでも結構いるなぁ)


 サラの心配をしている場合じゃないな。

 こっから先は戦場だ。気を緩めたら、すぐに死ぬ。


 全身に淡い燐光、オーラが纏わりつく。エクシードの状態に移行。

 そのまま俺は、敵兵たちのど真ん中に落下した――。



 結構な高さから落ちたが、オーラによって身体能力を強化しているので、支障はない。すぐにでも動ける――。


 落下地点にいた兵士たちは、束の間のあいだ突然の闖入者(つまり俺)に呆気にとられていたが、次の瞬間にははっと我に返ったように襲いかかってきた。

 落下の衝撃を殺すためしゃがみこんだ体勢の俺に、一番早く我に返ったヤツの槍が突き込まれる――。



 これを紙一重でかわし、突き込まれた槍の柄を掴んで引き寄せた。エクシード状態の今なら、オーラを使えない戦士に力負けなんてしない。こういう荒技もできる。

 こちらに向かいたたらを踏んだ兵士に、素早く膝を叩き込む。モロに食らった兵士は悶絶し、膝から崩れ落ちる――。


 ――の腕を掴んで、背負う要領で背後へと片手で投げ飛ばした。

 背後から近づいて来ていた兵士にぶつかり、もろともに倒れ込む。

 

 右側のすぐそばまで接近していたヤツが剣を大上段に振り上げるが――遅い。

 踏み込み、剣の間合いのさらに内側まで素早く潜り込んで、ひじで相手のあごを跳ね上げる――。

 そして仰向けに倒れ込む敵の背後にいた兵に向け、槍を真横から叩きつけた――。



 落下してからここまで、割と一瞬の出来事。

 昏倒した敵がバタバタと倒れ込み、兵の密集した戦場に少しスペースができた。

 周りでこちらを窺う兵士たちの動きを油断なく見定めながら、小さく息を吐き呼吸を整える。

 

(割とギリだったが……でもこれでひとまず、槍の間合いの内側にいる敵は片付いたか)


 今、俺は四方八方を敵に囲まれているので、すぐさま敵が襲いかかってきてもおかしくはない状況だ。というか普通はそうする。

 が、そんな状況にもかかわらず、瞬く間に四人の仲間が倒されてしまったので、敵も警戒しているのだろう。誰もが二の足を踏んでいる様子だ。



 だが、ずっとそのままというわけにもいかないのだろう。

 周囲でひそひそと話しあっていた兵士たちが、それぞれに武器を構えこちらに向き直る。連携の確認でもしていたのか、じりじりと敵の包囲網が狭まっていく。


 緊迫した空気のなか突然、槍を構えた兵士が決死の表情で飛び込んできた。

 まず間違いなくおとりだが、放っておくわけにもいかない。


 突き込まれた槍をしゃがんでかわし、穂先で相手の両脚を撫でるように切りつける。鮮血が飛んだ。相手は、勢いそのままに倒れ込む――。

 しかしその兵士が倒れ伏す頃には、すでに三方向から同時に、俺へ向け槍が迫っていた――。


(いいタイミング。かわしきるのは難しい、か……でも)


 職業軍人だけあってかなり連携はとれているが、穂先が俺に到達する順番には、ほんの少しづつだがバラつきがある――。


 だったら、ひとつずつ対処すればいい。


 俺は敵を切り裂いた勢いそのままにクルリと回転し、後方から突き出された三つの槍を正面に捉える――。

 

 一番早く突き込まれる左端の槍。頭部を狙ったこれを、首を傾けてかわす。


 顔のすぐ横を槍が通過する最中、二番目の槍は反対の右側から突き込まれた。しかしこれはそも狙いが甘かったので、素早く右腕を振って厚いグローブに覆われた手の甲で弾き、逸らす。


 三番目の槍は真正面から突き出されたが、まあ最後だけあってスピードはさほどない。半身になってかわし、同時に一歩踏み込んだ――。


「はあ!?」「えっ?」「へ?」


 三方向から同時に突き出した槍をかわされた三人が、同時に間の抜けた声を上げる。とくに俺に急接近された真ん中の兵士は、その顔を驚きにゆがめていた。

 

(まあ、いくら囲んでいると言っても、一度に攻撃できる手数には限度があるわけで……)


 俺だったら、見てから反応し個別に対処することができる。

 普通、同時に別方向から攻撃されたら頭が混乱し対処も遅れるらしいが、俺はそうならない。刹那の間に状況を分析し、ひとつずつ冷静に対処することができる。


(それに、オーラ持ちとそうでない奴では、動きにかなり差があるからな――)


 ――懐に潜り込みさえすれば、あとはどうとでもできる。


 俺は接近した真ん中の兵士に素早く拳を撃ち込み意識を奪うと、左右の兵士も同様にして叩き伏せた。


 

 ――俺の周りには、うめき声を上げる兵士たちがうずくまっている。

 殺すこともできたが、俺はあえてそうしなかった。これには理由がある。


 戦場において、ケガで戦えなくなった戦士は足手まといとなる。仲間を見捨てられないからこそ、その存在はかせとなりやすいのだ。


 今も、意識を失っている仲間を包囲の外まで引きずっていく兵士たちがいるが、彼らはこれから倒れた仲間の手当てをするはず。そのぶん、そちらに兵力が分散されることになる。


 もし俺をれるならさっさとやってるんだろうけど、これくらいのレベルの戦士がいくら向かって来ても、敗ける気はしなかった。


 ……弓での一斉射撃とかはちょっと怖いが、俺を包囲している状況では向こうも撃ってはこないだろう。同士討ちは避けたいはずだ。


 問題は俺の体力だが……グレイが来るまで持てば、それでいい。

 この状況で、あいつが来ないわけがない。


(サラもそろそろ始めてる頃だろうし……俺も、もうひと暴れしておくか)

 

 槍を大きく振って構え、一歩踏み出す。

 俺の周りを囲んでいる兵士たちの包囲網が、じりじりと狭まる。

 俺はニヤリと笑みを浮かべ、彼らを挑発した――。



「――手加減してやるから、安心してかかってこい」



 ―*―*―

 


 古竜討伐軍の右翼後方に配置された、グレイと勇者の所属する一部隊。

 後方では、部隊の指揮官が馬上から戦場を眺めており、その傍にはグレイと勇者の姿もあった。


 彼らは、少し周りより高い位置にある平地で、たった一人で部隊を混乱に陥れている傭兵を注意深く見つめていた。今も、大勢で取り囲んでいる側の兵士たちが、その傭兵の槍の間合いに入った瞬間に切り裂かれ、打ち倒されている――。


「――いやはや、古竜から飛び降りてきたあの傭兵、オーラ持ちですか。しかも、全身にエクシードをかけていますね。遠目に見ても、動きが尋常じゃない……速過ぎて目で追えませんよ」

「……ま、あたしらほどじゃないが、確かにかなりの使い手のようだね……それで指揮官さん、あたしらはこれからどう動けばいいんだい?」


 指揮官が考えを整理するように発言し、グレイがそれに応える。

 指揮官はあごに手を当て、少しの間考えるそぶりを見せたあとに答えた。


「……勇者殿たちには、あそこで暴れている彼を止めて欲しいのですが……対処が必要な怪物は、他にもいますので……」

「ああ、アレですか……」「ああ、アレだね……」


 傭兵から視線を外した三人は、同時にソレを視界に収める――。


『――勇者さあぁぁあんっ!! 勇者さん、どこなの~~~!? わたし強いから、勇者さんじゃないときっと止められないよ~~!! できれば、早く出てきて欲しいんだけど~~~!!』


 その場所では赤い鱗を持つ美しい古竜が、なぜか勇者を名指しで呼びつつ、兵士たちをまるで枯れ枝のように吹き飛ばしながら暴れ回っていた。


 指揮官の男性が、困惑した様子で勇者に声をかける。


「……もしかして勇者殿、あの古竜と面識がおありで?」

「いえ、僕はさすがに、会ったことないですけど……」


 若干縮こまりながら勇者はそう言い、グレイの方に視線をちらっと向けた。

 しかしグレイは、視線の意味に気付いているだろうに反応を示さない。


(あれって、グレイが言ってたエルストさんと一緒にいたっていう古竜だよね……ということは、あの傭兵は多分エルストさん……グレイは、指揮官の人に事情を説明するつもりがないのかな)


 いくら幼馴染みであると言っても、戦場において助命を嘆願するような真似はしない。

 ストイックなところがある、グレイらしい考え方だなと勇者は思った。


(――と言っても、いざとなった時グレイがどう動くのかは、僕にも分からないな……グレイは意地っ張りで、あまり心の内を人に話さないし……)


 そんな風にグレイのことを心配していた勇者に、当の本人が話しかける。


「……ご指名みたいだし、クロス、あんた一人で行ってきなよ」

「……ええっ!? 僕一人で!?」

「出来ないとは言わせないよ、あんたは、魔王を倒した勇者なんだから……指揮官さんも、それでいいかい? あっちの傭兵は、あたしが相手するからさ」


 グレイの提案を受け、指揮官はしばし考え込む。


「……あなたには及ばないでしょうが、我々指揮をとる立場の者からすれば、彼だって十分に化物ですよ。弓兵たちに仲間を撃たせるわけにもいきませんし、戦場では止めようがない、とても頭の痛い存在です」

「――だからこそ、あたしが行くんじゃん。それにどうやら、エルストのヤツも一対一を望んでいるようだからね……」


 後半は小声で言い、少し目を細め、いだ表情で〝彼〟を見つめるグレイ。

 その横顔を見ても、勇者にはグレイの気持ちは分からない。分からないが……。


「……分かった。じゃあグレイは、エルストさんの方を頼むよ。気をつけて」

「……はっ、誰に言ってんだい。あたしが負けるかよ……クロスこそ、古竜一匹におくれをとったら承知しないからね」

「……それは、ちょっと保障できないかな……」


 自信なさげに、しかし頼りないとは言えない笑顔でそうおどける勇者に、グレイも自然と笑みをこぼす。


 二人は笑みを浮かべたまま腕を片方ずつ持ち上げ、交差させるようにして打ちつけ合う。合わせた腕が離れる頃には、二人の表情は真剣なものに変わっていた――。


「じゃあ、また後でね」

「うん、また後で」


 そう言い残し、勇者はクルリと背を向け、振り向かずに歩きだす。

 そしてグレイもまた、もう勇者に視線を向けることはしなかった。

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