第四十一話 無双2

 ――すべての戦士がその動きを止め、時が止まったかのような戦場のなかで、いち早く声を上げたのは敵指揮官たちだった――。



「――古竜たちが来たぞぉオオオオオッ!! 全員、頭上からの襲撃に注意せよ! 慌てるなっ、前線の兵たちは戦線を崩さぬよう、持ち場を死守するんだッ!!」


「弓兵たちを集めろッ!! 準備が整い次第、総員一斉射撃!!」


「臆するなッ!! こちらには勇者様たちもついている!! 戦力ではこちらが上なのだ、このまま敵本陣まで攻め込めえ!!!」


 彼ら指揮官たちの叱咤しったが、俺達の突然の襲撃に浮足立った軍勢を引き締めなおす。たった一度の襲撃では、さすがに敵軍総崩れとまではいかないようだ。


 敵の弓兵たちが集まっているのを尻目に、仲間の古竜たちは空中で旋回してそれぞれの担当区域に向かっていく。魔術師たちは叩いたし、狙いやすく一塊になってやる必要もない。


 こちらを狙っている弓兵たちにもオーラ持ちが混じっているだろうし、さすがにあの数の矢を射かけられるのは勘弁だ。おもに、古竜の背に乗っている傭兵の俺達が。


(でも、すぐに立て直しをはかるあたり、向こうの指揮官もなかなか優秀だな……)


 だが、確実に爪痕つめあとは残した。敵兵たちの動揺している様子が、空からでも見てとれる。


(それに、これで目標の位置もだいぶ分かりやすくなった)


 大声で、矢継ぎ早に周囲に指示を出す敵指揮官たち。

 上空からでもよく目立つ彼らに向かって、鋭く風を切り裂く音とともに、超高速の矢が突き刺さっていく――。


「――うっぎゃあっ、足がああッ!!!」

「痛っツッッ!!? クソッ、いったいどこから撃ってきている!!?」

「ヤツらだ! 奴ら、古竜に弓兵を乗せてやがる! しかもこの威力、オーラ持ちの矢だ!!」


 ――その矢は敵指揮官たちの手足が次々と射抜き、彼らを無力化していった。

 これは古竜部隊にたった四人しかいない、オーラ持ちの弓兵たちの仕事だった。


 彼らはオーラによって視力と上半身を集中的に強化しており、その目ははるか遠くの隅々まで仔細に見通し、常人では決して引けない弓を引くことができる――。


 つまるところオーラ持ちの弓兵というのは、普通の弓兵の何倍もの射程と精度を誇る精鋭なのだ。


 上空からなので狙いはかなり付けやすいはずだし、彼らの強弓は生半可な鎧など簡単にブチ抜いてしまう……空を駆ける古竜の背に乗る相方として、これほど相性がいい戦士もなかなか居ないだろう。



(……てかこれなら、遠距離からの攻撃だけでケリがつくんじゃないか?)


 サラに一応確認する。


「なあサラ、確認なんだけど、ブレスはそう何度もは撃てないんだよな?」

『う~ん、さっきぐらいのヤツだとあと、一、二回が限界かなぁ。ブレスは、ものすごーく体力を使っちゃうんだよね』

「……そうか、じゃあ厳しいな……」


 古竜たちが上空から何度もブレスを連発できるようなら、それだけで勝てたかもしれないが、ブレスにも回数制限があるようだ。

 まあ、事前に聞いてはいたのだが……。


 俺は戦場の様子を大まかに見回したあと、翼を羽ばたかせ空中に留まっているサラに、背中側から声をかける。


「……俺達も、そろそろいくか。俺達の担当は敵軍の右翼うよく後方だ。多分そこに、サラもいる」

『わかった! じゃあ、飛ばすよっ!!』


 ――サラがひときわ強く羽ばたき、担当区域に向け急発進する。

 叩きつけられる様な風圧を全身に感じながらも、俺は顔の前に腕を掲げて風を避け、グレイがいるであろう敵陣をしっかりと見据えた――。



 ―*―*―



 ――さほど時間も経たず、担当区域に到着する。

 風を切り裂くような速度で空を駆けていたサラが徐々にスピードを緩め、眼下にある大地を眺めながら、確認するように俺に聞いてくる。


『……大体ここら辺かな、エルスト?』

「ああ、他の古竜たちとも距離が離れてるし、おそらく間違いない……しかし、すげえ暴れてんな、古竜たち……」

『みんな、スッゴくはしゃいでるね……里の外でこんな盛大に暴れるのは初めてだから、きっと楽しいんだよ!』


 ……そっか。暴れられる方としては、たまったもんじゃないだろうが……とりあえず、敵の冥福でも祈っておこう……。

 


 古竜たちの突然の襲来に動揺する、混沌とした戦場――。


 すでに遠目にも、古竜たちが暴れ回っている様子が見てとれた。


 ――古竜という種族はブレスがなくとも、その強靭な肉体だけで十分強い。

 そのことを、再認識させられるような光景だった。


『――グァアッハッハッハッ!! ぬるい、温いぞ!! こんなものでは、我の進撃はとめられぬッ!!』


 テンション高く叫びながら、ノリノリな様子で敵兵を打ち倒していく古竜たち。

 その背では相方の傭兵が、所在なさげに鞍にしがみついていた。


 ……地に降り立った古竜がその前足を振れば、近くにいた戦士たちはことごとくなぎ払われ、大きな丸太のような太さの尾を振れば、背後から襲いかかろうとした戦士たちがオハジキのように弾き飛ばされていく……。


(あまり無理はしないようにと事前に伝えたけど、余計な心配だったか)


 ……むしろ、やりすぎないか心配になってきた。

 古竜部隊の目的は敵の撹乱、あわよくば敵指揮官の捕縛にあるので、それを果たしたら適当なところで切り上げてほしいのだが……。


 ――彼ら古竜は、雑兵では足止めすらできないような存在だ。

 その鱗は生半可な攻撃は通さず、何人で束になろうと傷ひとつ付けることも敵わない。しかも、動きはその巨体の割に俊敏で、強力な攻撃をかわすことすらままならないのだ。

 さらには古竜たちが最初に見せた、あのブレスもある。


 そんな古竜たちが、何十頭も空から襲いかかってくるんだから……そりゃ怖いし、混乱もするだろう。俺なら即撤退する。


 上空からは、すでに潰走している敵部隊もちらほらと見えていた。



 ……これでもし、戦場が森の中だったり要塞だったりすると古竜の強みを活かせなかったかもしれないが、ここはなんの障害物もない、見渡す限りの平原だ。

 だったら、古竜たちのポテンシャルを十全に発揮することができる――。


(この調子なら、本来の目的は果たせそうだな)



 ――そんなことを考えていた刹那、下からこちらに向けられる、肌にひりつく様な戦意を感じた――。



 サラの背から、下方の大地へと目を向ける。

 

 そこには俺達の担当である敵部隊がいて、こちらを警戒して慌ただしく隊列を整えている最中だった。


 そしてその中心付近に感じる、少し前にも経験した絶対強者特有の気配――。

 こちらにヒリヒリとするような戦意を叩きつけてくる、懐かしいその気配に向け、目を凝らす――。



(……懐かしいな、このプレッシャー。やっぱ、ここにいたか……)



 上空からでもよく目立つ、流れるような金髪。

 戦士としては華奢なその全身から立ち昇る、燃え盛るようなオーラ。


 ――幼馴染みの少女。グレイが、静かな表情でこちらを見つめていた。


 グレイはすでに剣を抜き払っており、ピンと伸ばされた剣先が、まっすぐにこちらを向いている――単純でありながら、しかしこれ以上なく勇ましい宣戦布告。


 お前の相手は自分だという、分かりやすい意思表示。


(……相変わらず、かっけえなぁお前は……)


 しかし、こうもあからさまにやられては、応えない訳にもいかないか……。


「……サラ、ここでいいから、俺を降ろしてくれないか?」

『えっ、ここで? まだ、敵の指揮官さんからは遠いみたいだけど……』

「いいんだ――俺は、決着をつけてくる」



 眼下を見遣る。

 まだ下の戦場には敵兵がわらわらといるが、まあ何とかなるだろう。


 ここからは俺なりの方法で暴れ回って、グレイを引きずり出してやるとするか。

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