第四十話 無双

 ――開戦後、すでに怒号響き渡る戦場の一角。

 前線から少し離れたその場所には、国からわれてこの場にいる勇者パーティの、メンバーの二人の姿があった。


 少し離れた場所から戦場を眺めている勇者パーティのうち、クロス・ディライトがつぶやきを漏らす。


「――凄い。これが、人どうしの戦争……魔物の軍勢と戦った時とは、何もかもが違うね…………ってグレイ、僕の話聞いてる?」

「……妙だね。なんで、古竜どもが出てこないんだい?」



 ――当初、敵が古竜の里から出陣したという報告を聞き、にわかに動揺した古竜討伐軍も、両軍勢が接敵する頃にはすでに落ち着きを取り戻しており、開戦後は有利に戦況を進めていた。


 しかし、こちらの優位にもかかわらず、戦場を眺めるグレイの目は訝しげに細められており、その口からは疑念の言葉がこぼれ出る。


「……古竜と裏切った傭兵たちが、何らかの理由で手を組んでいるのは間違いない……だとしたら当然、この戦場にも古竜が出張でばってくるモンだと思ってたんだけど…………いや、もしかして、これからなのか?」


 考察するグレイの傍らで、同じ様に戦場を眺めていた勇者もポツポツとこぼす。


「今のところ、こちらの優勢だね……。僕らが加勢する必要もなさそうだけど……グレイはやっぱり、古竜たちが姿を見せないのが気になるの?」

「……ああ。上空を警戒するように、魔術師たちにも言ってはあるんだけど……」


 グレイは戦前いくさまえに、古竜による空からの襲撃の可能性を軍上層部に伝えていたが、あまりまともに取り合われていなかった。上層部は、古竜の里側から攻めてくることはないと思い込んでいたのだ。


(……まっ、備えたところで、防ぎようはないかも知れないけどね)



 ――その時ふとグレイは、点々と雲の流れる上空を見上げた。


 すでに全身に薄っすらとオーラを纏っているグレイは視力も常人より強化されており、その目がはるか遠くの空に浮かぶ、いくつもの黒点を捉える――。


(……目算だとかなり大きいね、あれは。しかも、どんどん近づいて来てる……もしかしなくても、ありゃあ……)



「……どうやら、来たみたいだね。気張りな、クロス。こっからが本番だよ――」



 ―*―*―



 空から高速で地上に向けて飛んでいる俺とサラは、真下にいる敵の軍勢、その中でも青や赤の光を発している、ド派手な一団を注視する――。


 古竜部隊の最初の目標である魔術師たちは、激しくぶつかり合っている前線から少し離れた場所で一塊ひとかたまりになり、こちらの本隊に遠距離から魔法を撃ち込み続けていた。


(しかし、遠くから見てもやっぱりすごいな、魔術師の放つ魔法ってのは――)



 ――奴ら魔術師は、詠唱をもちいて火球、氷塊、風刃など、通常ではあり得ない自然現象を引き起こす。ひと一人が引き起こすにはあまりにバカげた威力を持つそれらを、はるか遠方からどんどんと撃ち込まれるのは、俺達傭兵にとっては悪夢そのものだ。


 それら魔法はすべて、まるで砲撃のような威力を誇っており、しかも大砲と違って魔術師はどこへでも簡単に移動できて、さらに残弾を気にする必要がない。


(……例えるなら魔術師はさしずめ、戦場を縦横無尽に駆けまわる人間砲台ってところか)


 戦場において魔術師は、分かりやすく猛威をふるう存在だ――。

 

 

「――つっても今回に限っては、居場所が特定しやすいド派手な攻撃は、こちらとしてもありがたいんだけどな……」

『うん? エルスト、なにか言った?』

「いいや何も…………それよりサラ、奴らもこっちに気付いたみたいだ――」


 地上では魔術師とおぼしき一団が、こちらに向けて杖を構え始めていた。


(これだけの数の古竜が空から降ってくるんだから、そりゃあ敵も気付くか)


 ――だが、魔術師たちが古竜たちを標的にするのは、予想できていた。



「サラ、頼む」

『うんッ!! 特大のヤツをお見舞いするよっ!!』


 地上では詠唱を終えたのか、魔術師たちの杖から巨大な火球が三つ、俺達に向けて放たれていた――。


 それを見たサラは大きく息を吸い込み、咆哮と共に〝特大のヤツ〟を口から吐き出した――熱気が肌をチリチリと焦がすような、超巨大な炎の渦だ。


 その炎のブレスは空中で魔術師の放った火球とぶつかり、あっさりとそれをみこんだ。そのまま地上に激突し、周囲にいた魔術師たちを焼き尽くしていく。



(……やっぱ半端じゃないな、古竜のブレス。でもこれが、サラの初めての人殺しか……)


 人懐っこい竜が多い古竜たちの中でも、サラは輪をかけて人間に好意的だったように思う。そのサラが、人を殺したことにショックを受けないといいんだが……。


「……サラ、大丈夫か? 人を殺すのは、これが初めてだろ……?」


『大丈夫だよ、エルスト――これは生きるための戦争で、彼らは敵なんだから』


 ……どうやら、要らぬ心配だったようだ。サラたち古竜は、生きるために殺すことを決していとわない。弱肉強食の、野生の世界に生きている。



 周囲の空中にいる他の古竜たちも、雷撃や圧縮された水弾、空気弾などのブレスを、地上に向けてそれぞれ放っている。それは魔術師たちの放った魔法をことごとく呑みこみ、粉塵を巻き上げながら地上にいる魔術師の一団に襲いかかる――。


 ――そのたった一度の攻撃で、魔術師たちからの反撃は無くなった。


 煙が晴れるとそこは、地形が見る影もなく変容していて、まさに惨状と言っていい有り様だった。

 魔術師団は、壊滅だろう。生き残っている魔術師もそれなりにいるだろうが、これで組織だった反撃は、おそらくもう不可能だ。



 ――急な古竜たちの襲撃に、その圧倒的な暴威に、戦場が静まりかえる。

 敵兵が、いや味方までも、口をあんぐりと開けて古竜の引き起こした惨状を見つめていた……俺も同じく、ちょっと自分でも予想していなかった圧倒的な戦果に、かなり面喰う。


 目の前の光景に、しばらく思考が止まった。


 …………おいおい。


(……やり過ぎないか、かなり心配になってきたぞ……)

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