第三十九話 出陣

 人が単独では決して到達できない空の上、雲海を越えたはるか上空。

 その場所を、風を切り裂くようなスピードで飛翔するいくつもの影があった――。



「――うおおおおおっ、けっこう寒いなああああ!!!」



 太陽を背に、何十頭もの古竜たちが自由自在に空を駆けていく。

 サラの背に乗った俺は普通では絶対お目にかかれないようなその光景を、強風に煽られながらも感嘆とともに見つめていた。


 近くを飛ぶ古竜の背からは、さきほど話をした槍使いの歓声とも悲鳴ともつかない叫び声が聞こえてくる。 

 高速で空を移動している最中なので、ちゃんと伝わるよう大声で会話を交わす。


「――大丈夫ですかあっ!! もし寒かったら、事前に渡した外套を着てくださいねッ!!」

「ああ、分かってる!! ……しかしすげえな!! 若い古竜たちの言うことを真に受けるわけじゃねえが、こうして古竜に乗って空を飛んでいると、本当に自分が英雄にでもなったような気分になるぜッ!!」  


 その声には高揚が滲み出ていて、いかに彼が空を飛ぶという体験に興奮しているかがよく分かる。 

 そう叫んで笑みをこぼす相手に、俺は少し重苦しい口調で言葉を返す――。

 

「――でも、いくら古竜たちと一緒といっても、俺達も命懸けですからねッ!!」

「……ああ、あれか!! 空から傭兵投下作戦……やっぱ本気なんだな!!」


 ……自分で提案しておいてなんだが、俺もこの作戦は、少しやっちまったなと感じている……。



 今、戦場に向かって力強く羽ばたき、空を駆ける一騎当千の力を持った古竜たちにも、苦手分野はある――手加減だ。


 

 のちの交渉のためにも、敵指揮官は捕縛が望ましいのだが、彼ら古竜は加減というものを知らないので、捕えた拍子に敵をうっかり握り潰してしまうかもしれない……。


 そこを、古竜に乗り込む傭兵たちが補うのだ。


 作戦の順序としては、古竜に乗った腕利きの傭兵を、空から敵指揮官の近くに落とす。そして、なんとか指揮官を無力化する。捕縛したら、古竜を呼んで共に空へと逃げる。この三つがあった。

 ……自分で言っておいてなんだが、なんとかって何だよ。



 俺達古竜部隊の目的は敵軍を混乱に陥れることにあり、そのあと統制を失った軍勢を叩くのは、すでに里を発った団長たち本隊の役割だ。指揮官の打破および捕縛も基本的には彼らの仕事である。


 しかし俺達古竜部隊も、チャンスがあれば空から飛び降りる必要があるわけで――。



(……俺もやるんだし、もうちょい俺達に優しい作戦にするんだったな……)



 ――なんて考えても、あとの祭りである。ここまできたら、やるしかない。


 サラは古竜の里においても上位の実力を持つ竜らしいので、おそらく大丈夫だろう。敵兵が哀れに思えるくらい、戦場では暴れ回ってくれるはずだ。


 しかし俺の方はといえば、確かに多対一の戦闘は得意だが、周りにいる護衛を瞬殺して敵指揮官を捕えられるかと言われると、必ずできるとは言い切れない――。


 それに今回の俺の目的は、それだけじゃない。


 ――単体で古竜を狩ってしまう実力を備えた魔物退治の専門家である、グレイと勇者を、犠牲が出る前にいち早く、俺自身の手で止める――。


 これはグレイたちと因縁もある、俺の役目に思えた。


 

 合図が来てから俺達古竜部隊は出撃したのだが、すでに空白地帯中央の平原では、戦端が開かれているだろう――そのド真ん中に、これから突っ込む。


 覚悟はとうに決めはずだったが、それでも、何となく考えてしまう。


(……傭兵としてはどうかと思うが、出来ればこんな戦争、起こる前に止めたかったな……)


 ――前を向くと、遠い大地に無数の黒い点と、立ち込める戦塵が見て取れた。



 ―*―*― 


 

 ――古竜たちと共に遥か上空、戦場となっている大地を雲の切れ間を通して見下ろす。開戦からまだあまり時間は経っていないだろうが、すでに先陣では激しい衝突が起こっていた。



 戦場に響き渡る戦士たちの雄叫び、鈍い剣戟の音。 

 赤茶けた大地がむき出しの平原はすでに戦塵にまみれていて、上空からではハッキリとは見えないが、味方の本隊が少し押されているようだった。

 

 敵軍にはいくらか魔術師も混じっているようで、轟音が鳴るたびに衝突付近で、大きな粉塵が上がっている――。


(やっぱり、魔術師が厄介だな……古竜たちにとっても、奴らの魔法の威力は侮れない……)


 下の様子を見たあと、俺は周りに滞空している古竜部隊の皆に聞こえるよう、大きく声を張り上げた――最初で最後の号令を下す。



「作戦前に話し合ったように、やはり厄介なのは魔術師たちです!! ですからまず、できるだけ奴らにダメージを与えましょう!! その後、散開してそれぞれ目標の敵指揮官を叩きますッ!! ――それでは、突撃ッッ!!!」



 号令が終わると同時に周りの古竜が次々と、乗り手と共に咆哮をあげながら、翼をたたんで落ちるように戦場へと突入していく。


(……結局、部隊長みたいなことやってるなあ、俺)


 でも本当にこれが最後の号令なので、これから先は各自の判断で動いてもらうことになる。あとは担当区域でそれぞれ、好きに暴れ回ってもらおう。



 ――斥候から得た情報では、俺の担当区域にはおそらく、グレイがいる。


 古竜の里ではいいようにやられてしまったが、今度はそうはさせない。

 今度こそ、グレイを越えてやる。あいつとのゴタゴタは、今は置いておく。

 


 俺は背面に取り付けたくらの上から、サラの鱗に覆われた背中をそっと撫でた――。

 

「――じゃあ行くか、サラ」

『――うんッ! 行こう、エルスト!!』


 そのまま俺はサラと共にはるか上空から、まっすぐ空を滑り落ちるようにして粉塵舞い上がる戦場へと突入した――。 

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