第三十八話 出撃前

 ――団長たちが最終確認を終え、里を出たのち。

 里の広場では血気盛んな若い古竜たちと、彼らに共に戦場に乗り込む予定のオーラ持ちの傭兵たちが、今か今かと出撃の時を待ちわびていた。



(楽しみ……ってわけじゃないけど、どうにも気持ちがたかぶるな)


 戦前はだいたい気分が高揚するものだが、それだけじゃなく、古竜たちと共に戦場に乗り込むという試みが上手くいくのか……不安と同時に、未知の体験に対する期待も入り混じっている。

 そんな心境の中、すでに竜の姿に変身しているサラが俺に声をかけてきた。


『戦かぁ……いよいよだね、エルスト』

「……ああ、そうだな」


 今回の作戦、俺は竜化したサラに乗って出撃することになっている。理由としては周りに勧められたというのもそうだし、サラが戦場に出るなら、俺以外の誰もサラの背中には乗せてたまるか!という意地でもあった。しょうもない独占欲だ。



 ――なんとなくサラの大きな前足の爪を撫でながら、静かに戦いへの覚悟を、集中力を高めていく。いつになく静かなところを見るに、サラも俺と同様なのかもしれない。


 ……正直俺は、サラに安全な里の中に留まっていて欲しかったのだが、俺より強いであろうサラにそんなことを言うのはさすがに滑稽に思われた。ここに至ってはなおさらそうだろう。

 できることと言えば、戦場で力の限りサラを守ることだけだ。



 これからの予定では、俺達は本隊が古竜討伐軍と接敵後、合図を受け戦場に突入する手筈となっている。まだ合図は来てないし、もうしばらくかかるはず。

 少し時間を持て余し始めた頃、共に戦場に突入する予定である同じ部隊の傭兵が気さくな感じで声をかけてきた――。



「――よっ、たしかエルストだったか? はじめましてだな。俺はシュトラ傭兵団所属の傭兵で、あんた同様、今回古竜に乗る部隊に選ばれたモンだ。よろしくな」


 そう言って笑顔で握手を求めてくる、俺より少し年上の傭兵。槍を肩に担いでいるところを見るに、俺と同じく槍使いだろう。差し出された手をしっかりと握り返す。


「よろしくお願いします。俺はエルスト・ルースカインで、こっちの古竜は相方のサラです」

『よろしくー』


 前足を大きく振って、傭兵にあいさつを返すサラ。

 今サラは古竜の姿なので、里に来てまだ日が浅い傭兵たちには、その光景はいまだ衝撃が大きいのだろう。たじろぐ槍使いの傭兵。


「……おっ、おお、よろしく……。しかし、当たり前のように古竜に話しかけられると、今でも少し驚くな。俺の相方の黒い古竜のテンションにも、まだ慣れてなくてよ。話した感じ、まっすぐでいいヤツだとは思うんだが、どうにもついていけないことが多くてさ……」

 

 遠い目をしながら、手に負えませんという感じでそう話す傭兵。

 ……ああ、あの無駄に大仰な言い方が好きな古竜たちか……まあ、がんばって。


 こちらに向き直った傭兵が話題を変える。  


「そういや、あんたが作戦の発起人なんだろ。部隊の指揮は執らなくていいのか?」

「ええ、今回の俺達の目的は敵の撹乱ですので、古竜部隊は各個一騎ずつで暴れ回ってもらいます。なので隊長はいませんし、皆さんには遊軍のような役割をしてもらいます」

「個別の判断で動いていいってことか……なるほど、気楽でいいな」


 そう言って笑みをこぼす槍使いの傭兵。言葉を続ける。


「あんたがこの前、その古竜と一緒に崖の上へと飛んでいった時の動きはまさに人馬一体……いや人竜一体だった。あんたみたいなヤツがいてくれると、こっちも心強い」


 ……ああ、グレイに見つかった時の話か。確かに無我夢中のあの時は、サラともかなり息が合っていたかもしれない。

 

「前にやったギル団長との一騎打ちも俺は見てたぜ。あんたほどじゃないが、俺も腕には多少自信があるからよ。戦が終わったあと、機会があったら手合わせ願いたいもんだ――」


 そう言い残し、背中越しにヒラヒラと手を振りながら去っていく傭兵。

 彼の後姿を見送ったあと、これからのことに思いを馳せる――。


 ――頭の中を巡るのはやはり、グレイのことだった。


 ここから先は戦場だ。俺は古竜の里を守るために戦うし、今会話を交わした槍使いのように今では仲間も大勢いる。当たり前だが、負けるわけにはいかない。


 偵察隊の報告から、勇者パーティが古竜討伐軍のどこに配置されているかは大体掴んでいる。今度は、こちらから会いに行くつもりだ。最大の障害になりうるグレイを止めるために。 

 


 ……昔のことで、しこりがないと言えば嘘になる。

 言いたいことはいくらだってある。


(――だけどまあ、今俺が好きなのはサラだから)


 昔のことを持ち出してぐちぐち言うのは、なんか違うと感じる。

 だから俺は次会った時、グレイとはただ共に育った幼馴染みとして接するつもりだった。昔のことを蒸し返すつもりはない。それはひとまず封印する。


 戦場における最大の敵として、そして昔からの幼馴染みとして、グレイと立ち合う。彼女を殺さずに、戦争に勝つ――。


(…………どう考えても、無理難題だよなぁ。グレイの方はどう考えているのか、イマイチ分からんし……)


 前に戦った時も手加減されていたようだし、たぶんすぐさま殺しに来るようなことはないだろう。


 ……しかし、グレイがいったいどれだけ戦場に私情をはさむのか……。 

 未知数だ。だが、戦わないという選択肢はあり得ない。


 しかもこれは完璧俺の都合なので、仲間の傭兵たちに頼ることもできない。俺一人の力でグレイたちと戦い、無力化する。

 でも、どうやって……。



『……どうかしたエルスト? やっぱり、不安?』

「――うおッ!?」


 サラの顔が少しうつむいていた視界に、急に表れる――。

 どうやらまた、自分の考えに沈みこんでいたようだ。不意打ちでサラに声をかけられ慌てふためく。


「あっ、いや、少し、幼馴染みのこと考えてて……」


 ……アホか、俺は。焦ってバカ正直に答えてしまった。サラに言ってもしょうがねえだろ。

 あれ、そう言えば――。


「――なあサラ。そういやグレイと再会した時、お前グレイのこと捕えるつもりだったろ。あれって何でなんだ?」


 サラの立場からすれば、あの場で無理にグレイを捕えようする理由は無かったはずだ。口を封じるためならただ殺せばいい。


 だがそんな俺の言葉を聞き、サラはよく分からないという風に首をかしげながら話し始めた。


『――うん? だってグレイさんて、エルストの大切な人なんだよね。だったら殺すわけにはいかないよ。エルストの大切な人が死んじゃったら、エルストが悲しむでしょ』

「……そう、だけど」


 だけど、関係ないサラがそこまでする必要は――。


『わたしがそうしたいから、そうするの。エルストはもう、わたしにとって家族みたいな人だから……。家族のためならなんでもするよ、わたし!!』

「…………そっか。じゃあ少し、頼みたいことがある――」

『なんでも言って!!』


 笑うように大きな瞳を細め、サラは弾んだ調子がそう言う。 


 ……どうやらありがたいことに、サラは俺の味方でいてくれるらしい。一人で勇者パーティを相手にしなきゃいけないと思っていたが、サラの力も貸りられるようだ。

 だったら、何とかなるかもしれない――。


 二人でなら、きっと――。 



『――あっそれと、グレイさんと会ってまた倒れそうになったら、すぐに言ってね! その時はエルストを連れて、全力で逃げるから!』

「……すまん。あの時のことはもう、忘れてもらいたいんだが……」

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