第三十七話 精鋭

 ――見渡すかぎりの平原に、武装した大軍勢の足音が地鳴りのように響いている。


 クエルト国とオーレス国の二国間協定によって結成された、古竜討伐軍。

 今回の戦争で集った戦力をかき集めて結成されたその軍勢は、今は障害物のない平原を進み、目的地である古竜の里を目指していた。


 その中には当然、オーレス国に招集され戦争に参加していた勇者とグレイの姿もあり――。


「――へえ、すごいね。両国に雇われた傭兵や正規兵をかき集めたら、なかなかの軍勢になったじゃないか。これでもちと心許ないが、この数なら古竜たちとも渡り合えるかもね……」

「……でも、どうやって古竜の里に攻め込む気なんだろう? あの絶壁を跳び越えるのはグレイじゃなきゃ不可能だし、あの狭い洞窟の中から攻め込むのは、待ち伏せとかが怖いよね……」

「……ま、もし戦況が膠着するようだったら、あたしらで切り込んでやろうじゃないか」


 戦意をむき出しにし、好戦的な笑みを浮かべるグレイ。

 この二人の言うとおり、古竜討伐軍の見解では敵は自然来の要塞である里の中に立て篭もり、持久戦の構えをとるだろうと考えられていた。


 言葉を交わす二人のそばには彼らが所属している部隊の指揮官もおり、その彼がグレイたちに笑顔で声をかける。


「……魔王を倒した英雄である御二方に、こんなことを言うのは不敬に当たるかもしれませんが、この部隊にいる間は、私の命令を聞いて頂きたく存じます……」

「……ふん、分かってるさ。ただ、あまり腑抜けた命令を出すようだったら、その時は分からないよ」

「肝に銘じておきます」


 今や誰もが敬意を抱く対象である英雄の二人に向かい、物怖じせずそう言ってのける指揮官に、グレイはその笑みを深くする。 


(こりゃあ当たりだね。いい指揮官みたいだ)


 そう思い内心満足していたグレイに、勇者が話しかける。


「……そう言えば、里の中に入った時、グレイはエルストさんに会ったんだよね? グレイの話だと敵側にいたって話だけど、もし次に戦場で会ったら、どうするつもりなの?」


 勇者はそう言いグレイの様子を窺う。その声音からは、純粋にグレイのことを心配している様子が聞きとれた。

 グレイは青空を見上げながらうめき声をあげる。


「ああー、あたしもまさか、あんなとこで会うとは思ってもみなかったからね。エルストも余裕なかったみたいで、まともに話もできなかったし……会ったらどれだけののしられるかと、割と覚悟してたんだけどねぇ……」


 そう言い大きく溜息をつくグレイ。勇者はその様子から彼女が珍しく弱気になっていることを感じ取り、心配そうにグレイを見つめる。


「エルストの方も、殺し合いは望んでないようだったし、あたしもできればそれは避けたい。……クロスにも、出来ればエルストや真っ赤な古竜に会ったら殺さずに捕えてほしい。コイツは完全に我儘だけどね……」


 グレイは苦笑したあと、厳しい表情で前を見据えながら、でも、と続ける。


「……まあでも、本当に危なくなったら、その時は――」


 その時、指揮官の近くにいたグレイたちのもとに、伝令役の動揺を露わにした声が届いた――。



「でっ、伝令ッ!!! 古竜の里より、裏切った傭兵たちが出てきました! その数およそ五千ッ!! どうやら、里にこもらずに討って出てきたようですッ!!」


 グレイがその報を聞いて目を見開き、勇者が息をのむ。

 予想していなかった敵の動きに、進軍中だった軍勢は、にわかに混乱の様相を見せ始めた――。



 ―*―*―



 ――里の内部。ほとんどの傭兵が出払い閑散とした広場。


 放っていた偵察隊から、向こうの古竜討伐軍が進軍を開始したという報告を得たこちらの陣営は、作戦通り里からほぼ全員の傭兵を放出し本隊として進軍させた。今も里に残っているのは、古竜の背に乗る予定の腕利きの傭兵たちと、あとで本隊に追いつく予定の団長たち幹部だけである。

 

 そのなかでも古竜側の陣営の総大将を務める、グリー傭兵団の団長が大きく息を吐いた――。



「――はあ~~、やっぱ、俺も古竜に乗りてぇなあ……。これって、強い奴が古竜の背に乗っかって敵さんに奇襲をかけるんだろ? だったら俺も乗ったほうが良くないか? 副長よ、本体の指揮はお前に任せようと思う……俺は古竜に乗って、敵陣に突入するからよ」

「……何言ってるんですか、だめに決まってるでしょう、総大将殿。寝言は寝て言ってください」

「……はあ~~クソッ、おいエルスト!! おめえ、選ばれたからにはちゃんと活躍しろよ! 最低でも一人は指揮官級を倒さねえと、承知しねえからな!!」


 ……子供か、うちの団長は。一体なんの八つ当たりだ……。

 たまに、なぜ俺はこの人のもとで戦ってるのかと、疑問を感じる……。


(……俺は作戦を提案した立場だし、言われずとも、今度こそ成功させて見せるけど)


 団長が、里に残った選りすぐりの精鋭である傭兵たちを見回しながら話を続ける。


「しかし、思ったよりオーラ持ちの弓兵が少なかったな。こんだけ傭兵が集まって、たった四人しかいねえとは……」

「もともとオーラ持ちは数が少ないうえ、その中でも弓兵はかなり希少ですからね。威力のある遠隔攻撃ということだったら魔術師でもいいんですが、彼らは基本国のお抱えですから、傭兵には滅多になりませんし……」

「……あとは、古竜と足りないところをおぎない合える一流の戦士を、竜たちの背中に乗っけてもらうのが一番効率的か……」


 ――団長の言うとおり、今回の戦場では若い古竜たちに相棒となる傭兵たちがそれぞれ乗り、共に戦場を駆けることになる――。

 そしてその古竜たちによる空からの奇襲、撹乱かくらんが、今回の作戦のかなめだった。



 俺の予想では今頃、向こうの軍隊は自ら里より討って出てきた俺達に混乱していることだろう。まあ確かに、戦力で劣っている相手が自ら有利な戦場を放り出すような真似をすれば、誰だって混乱する。


 ――確かに、こちらの方が戦力として劣っているならば、その通りだ。


 だが、こちらの作戦本部の見立てでは、古竜たちを戦場で大暴れさせることができれば戦力差などあっという間にひっくり返るはずである。俺達にとっても初めての試みなので、断言はできないが……。


 兵力で見ると、今回戦争に集まった戦力の四分の一が古竜の側についた形になっているので、その戦力差は約三倍。正面からぶつかった場合まず勝ち目はない。


 だが、こちらには古竜たちがついている。今回の戦争、空から一方的に奇襲をかけられる古竜たちがいったい戦場でどれほどの戦果をあげるのか、実験してみるという意味も多少はあった。戦争だってのに、こっちの陣営はけっこう余裕だ。


 しかし三倍の軍勢相手にも勝ちを確信してしまうほどには、古竜たちは強靭な種族だ。向こうの戦士たちに少し、同情してしまうくらいである……。

 

 お試しの意味もあり、今回戦場に出る古竜はこの先も力を貸してもらう予定の若い古竜五十頭。老竜やほかの戦える古竜たちは防衛の意味もあり、里の中で待機だ。もしダメそうな場合はすぐさま救援に来る手筈てはずになっている。

 

(まあたぶん、この数でも十分だけど……)


 正直、向こうの連中には戦力を分散されて森の中を進まれでもした方が厄介だった。障害物のない平地でひとかたまりになっているのであれば、古竜たちを思う存分暴れさせることができる。

 


 ――古竜たちの力を借りた空からの急襲作戦。それに伴う混乱に乗じて、敵の指揮官級の撃破、もしくは捕縛――。

 これが作戦本部で検討された、あまり両陣営に被害を出さず、戦争に勝つ方法だった。


 ある意味何のひねりもない作戦だが、シンプルだからこそ防ぐのも難しい。予想はできても、誰も経験したことなんてないだろうし。

 それに古竜討伐軍がこちらの動きを把握しているように、こちらも向こうの動向は掴んでいる。指揮官級がどこに布陣しているのかもほぼ把握済みだ。


 こちらの目的は両国を交渉の場に引きずり出し、空白地帯における古竜の里の存在を認めてもらうことにある。それには古竜の里に手を出すのは割に合わないと、そう両国に認識させることが肝要であり、それ以上下手に恨みを買うような事態はこちらとしても避けたい。

 

 なので敵味方にあまり被害を出さないよう、てっとり早く指揮官を狙うことにしたのだ。

 

 もし向こうが空白地帯に集まった戦力をいったん本国に戻し、態勢を整えるような動きを見せたら、古竜たちの機動力を生かしその前に叩くつもりだったが、そうならずに済んでよかった。



 ……今回の戦、例えば相手が魔物退治を生業なりわいとする教会騎士団だったりしたら危険も大きいだろうが、いまこちらに進軍してきている軍勢はもっぱら対人専門の傭兵たちで構成されている。ならば、古竜一頭を抑えるのにも連中は苦労するはずだ。雑兵では、古竜たちを足止めすることすら困難である。


 ――心配事があるとすればそれは、一騎当千の力を持っているが数は少ない古竜たちを、さらなる絶対的な力で狩りとるおそれのある存在、勇者パーティだ。

 勇者パーティといってもグレイと勇者の二人だけらしいが、この二人は出来るだけ早期に無力化しなければならない。できれば、俺自身の手で。



 ……グレイあたりは、古竜たちの力を過小評価はしていないと思う。だがそれでも、おそらく彼女ですら甘く見ている。


 戦場での古竜の価値は、勇者パーティの想像すら越えていくはずだ。


 まあ何にしても、古竜たちの力を借りた新しい傭兵団、初の戦場だ。

 精々せいぜい、引っかき回してやりましょうか――。

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