第三十六話 『我は漆黒の雷撃を身に纏いし、大空の覇者なり!』
古竜の里で起こったバカ騒ぎより数日後、ちょうどグレイたちが会議に参加していた頃――
――今や多くの傭兵が内部に入り、天幕を立て生活している古竜の里。
作戦失敗の報を受けて当初は混乱していた里の内部も、今では落ち着きを取り戻し、着実に戦闘準備を進めていた。すでに、戦の用意はほぼ整っている。
そんな慌ただしい里の様子を、俺はサラと共にのんびりと見つめていた。
(かなり忙しそうだな……ま、
そんな忙しいなか、なぜ俺とサラがのんびりしていられるのかというと、それは野外で行われている各傭兵団の代表者たちを集めた重要な会議に、俺達が参加しているからだった。つい慌ただしい準備の様子に目が行ってしまったが、会議の内容はちゃんと聞いている。
急きょ置かれた長テーブルの周りに、風格のあるこれぞベテランといった傭兵たちが席に突き、議論を交わし合っている――。
……どうやら若いのは俺とサラだけのようで、場違い感がスゴイ……サラはいつも通り、平然としたもんだが……。
――俺が中心になって立てた次の作戦。作戦本部で検討はすでに終わっているし、作戦を立てたと言っても今俺がすべきことはない。各傭兵への指示出しも、それぞれの上役がやったほうがスムーズに進むだろう。……けして、準備がめんどくさくてこちらに避難してきたわけではない。
そんなわけで俺は、作戦後のこれからの方針を定めるための会議に同席していた。戦端が開かれてもいないのに気の早い話だが、各傭兵団の意識のすり合わせをしておくことは今後のためにも欠かせない。
そして、その会議の中心にいるのは副長とアメリアさんだった。
うちの陣営の頭脳である副長とアメリアさんコンビが、これからのことについて相談し合っている。
両国に俺達の離反がばれてしまった以上、基本どこかに雇われ仕事をする立場である俺達傭兵は、これから苦しくなるだろう。そのあたりの対応も含めて、この先どうしていくべきなのかを考える会議なのだが――。
「――もう、開き直っちゃいましょうか」
「そうですね、それが良いと思います」
……割と重要な会議だと思うんだが、このようにあっさりした感じで会議は進行していた。副長が話を続ける。
「戦が終わった後にクエルト国オーレス国周辺で、我々は善良なる古竜たちを救うために立ちあがった、正義の傭兵団である!とか大々的に喧伝して、私達の印象を操作しましょう。もちろん、それだけでは不十分ですが、どんな戦争だって勝てば官軍、負ければ賊軍……今回の戦に勝てば、向こうだって交渉に応じるしかなくなる。そうすれば、こちらの要求を通すこともできます」
「……問題はどの程度被害を与えるか、といことですね。やり過ぎて恨みを買ってしまっては、全面戦争になる可能性もありますし……」
話を聞いた感じ、我々の頭脳陣はあまり負ける心配はしていないようだ。まあ、古竜たちの力を借りられるとすれば、そういう気持ちになるのもよく分かる。
――破壊力、突破力、機動性、奇襲性――
戦場において古竜たちは、まさに一騎当千の働きをすることだろう。
……この先、戦争になってしまったからには、古竜たちの力も借りなければいけなくなる。次の作戦では彼らが頼りだ。
考えようによっては、今ここに集まっている傭兵団の雇い主は古竜たちとも言える。
グリー傭兵団とシュトラ傭兵団には古竜という戦力を、他の傭兵団には古竜の里で余っていた鱗や爪などの素材を対価として、危機に瀕している里を救うため、俺達傭兵を雇い入れているという見方もできるのだ。そんな彼らを矢面に立たせるのは、俺としても気が
もともとこの里を救うことことが俺の目的だったわけだし、古竜の里全体を巻き込むような事態は、自分としては避けたかったのだが……。
『……どうした、エルストや。また小難しい顔をしておるのう』
俺の周りに影が落ちる。何事かと思い上を見ると、近くで会議を聞いていた老竜がぬっと首を伸ばし、真上から俺を見下ろしていた。
……最近は、こんな光景にも慣れてきている自分が恐ろしい。前はかなり驚いていたもんだが、今では少しビクつくくらいで済んでいる。
「……いえ、当初の作戦では今回、古竜たちを戦わせるつもりはありませんでしたから……俺の立てた作戦の見通しが甘くてこうなってしまい、申し訳なく思って……」
『ふむ……あれはどうしようもなかったと、皆思っていると思うがのう。あの断崖を登ってくる人間がいるとは、考えもせんかったし。……まあそれはともかく、ワシらが戦うことを、ヌシが気に病む必要は全くないぞ。里の古竜たちは元々そのつもりだったぐらいじゃしの。ホッホッホ』
老竜は快活に笑い、話を続ける。
『それに、ヌシの傭兵団の長が前に言っていた通り、ワシ達は同盟関係じゃ。一蓮托生であり、ワシらと共に戦ってくれることを感謝こそすれ、恨み事を言う道理はないのう。特に、ヌシには感謝しておるんじゃよ、エルストや……』
「……古竜の長……ありがとうございます」
そう言ってくれると、少し気が楽になる。
しばらく老竜の言葉にジーンとしていたのだが、それをぶち壊すかのような声が遠くから響いてきた――。
「――あああっ、エルスト隊長、こんな所にッ! 姿が見えないと思ったら、こんな所に逃げ込んでいたんですねッ!! ほら、早く来てください! 手が足りないんですから、隊長にも手伝ってもらわないと!!」
(……やべえ、見つかった)
そう言って俺を呼ぶのは、俺がグリー傭兵団で隊長を務めている隊の傭兵で、もともとの俺の部下だ。くそ、上手く会議に紛れ込めたと思ってたのに……。
一応言い返す。
「いやべつに、サボってたわけじゃないんだ……ほら、俺も次の戦闘に備えて、英気を養っておく必要があるというか……」
そんな俺の言いわけはあえなく聞き流され、そのまま部下に連行された――。
――準備で騒がしい里の中を、部下に急かされるようにして歩みを進める俺。
後ろからサラがついて来てくれているが、部下がそれを気にした様子はない。
……最近では、俺とサラが一緒にいるのは当たり前のように周りからは思われていて、どこに行くにもセットみたいに扱われている。やっぱ、里で寝泊まりする時に傭兵用の天幕ではなく、サラの家に泊まったことがまずかったか……。
だってほら、むさくるしい男どもと天幕の中でギュウギュウ詰めになって寝るよりは、圧倒的にサラの家の方が居心地いいわけで。
いや、俺はサラと一緒にいられること自体は嬉しいんだが……どうにも周りの視線が生温かくて、それがかなりうざい。
おい部下、こっち見てニヤニヤするな。特に何もなかったっての。
しかし相変わらず、里の中は戦闘の準備で忙しいようだ。喧騒で里中がごった返していて、道中、いやでも騒ぎが目に入ってくる。
とある所からは、聞き覚えのある叫び声が響いてきて――。
「我らがサラちゃんのためならば、たとえ火の中、水の中ッッ!!!」
「「「うぉおおおおおおおおおお、姐さああああああああああん!!!」」」
その場所では、老年に差しかかった傭兵が腕を振り上げ、それに応じて叫びを上げている傭兵たちの姿があった。見なかったことにしたかったが、サラの名が聞こえてきたからにはそういうわけにもいかない。
ていうかあの中心にいる老兵、ヨボンさんじゃん……。
ヨボンさんはグリー傭兵団に所属している古残の傭兵で、経験豊富なベテランであり俺も何度か助言を受けたことがある。たしか、サラのことを孫のように可愛がっていたと思うんだが……おじいちゃんと呼ばれて、めちゃくちゃ喜んでたな。
周りの傭兵たちも、サラの腕っ節に惚れて姐さん呼びしているグリー傭兵団の奴らだ。どうやらこいつら、サラの信奉者とでも言うべき連中らしい。
……ヨボンさん、あんたがこの集団のまとめ役なのか……。
叫びを聞くに、彼らは信奉しているサラ姐さんのためならばと、戦意をみなぎらせているようだった。特にヨボンさんなんかはサラのためなら本当に、火の中にでも飛びこんでいきそうな気がする……。
おじいちゃんと呼ばれたのが、そんなに嬉しかったのか? 張り切るあまり、戦場でぽっくり逝くようなことだけはやめてほしい。
自分の名が聞こえたからか、サラも彼らの方を振り向く。向こうもサラに気付いたようで、こちらをじっと見つめている。
連中の様子を見てかるく首を傾げたサラがなんとなく手を振ると、奴らはまた一段と熱気を上げ、雄叫びをあげ始めた。
……まあ、やる気が出るなら、別に何でもいいとは思うが。
また違う場所では、次の作戦で古竜の背に乗る予定のオーラ持ちの傭兵たちが、戦場に出る予定の若い(といっても見た目は十分に大きい)古竜たちとそれぞれにコミュニケーションを交わしている。
とある場所で、黒い鱗に
『――我は漆黒の炎を身に纏いし、大空の覇者ッ! 問おう!! そなたが、我が覇道を共に歩む盟友か?』
「え? あっ、ハイ……」
古竜のテンションに、ついていけていない相方の傭兵。
『ならば我が背中に乗るがいい! 共に
「いやこれ、普通の槍なんですけど……」
古竜のあまりのテンションに面喰っているのか、すでに茫然と言葉を返すしかない様子の傭兵。
……似たようなやり取りが、古竜と傭兵の間でいたる所で行われていた。
隣にいるサラは、なんとも言えない苦々しい表情で若い古竜たちを見つめている。サラの引きつった表情なんて初めて見たな。
俺はサラに、呆れを隠しもせずに問いかける。
「……なあ、若い古竜っていうのは皆あんな感じなのか?」
「……うん、なんか妙に妄想たくましい子が多くって……。あっ、わたしにはあんな時期なかったからね! 本当だよ!」
サラが両手を胸の前で振りながら、必死な様子で言う。……少しあやしいが、これ以上は聞かないでおこう。
……魔王についていった若い古竜たちがそうであるように、若者の竜たちには血気盛んな者が多いらしい。でもそれにしたって、なんか違くないか、コレ……?
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