第三十五話 会議

 ――クエルト国とオーレス国、その両国間に存在する、魔王が倒されるまで魔物のはびこる土地であり、そして今は肥沃な大地と生まれ変わった〝空白地帯〟。


 この空白地帯をめぐり両国は戦争直前だったのだが、古竜の里という両方にとって無視できない存在が空白地帯内部で確認されたことにより、一時争いは中断される。

 里を排除するため両国は一時協力体制をとることとなり、それぞれの国の代表者たちによる協議が急遽、空白地帯内に立てられた巨大な天幕の内部にて行われていた――。


 

 ――空白地帯の中央付近に立てられたとても大きく、そして豪奢な天幕。

 その周りには両国が連れてきた兵士たちがひしめいており、もとは戦争中の敵国同士ということもあってか、緊張感によるざわめきは一向に治まらない。

 


 しかしそんな外の喧騒は我関せずとばかりに、天幕内では粛々として、それでいて重々しい雰囲気が張りつめている――。

 そこにはクエルト国とオーレス国、両方の首脳陣が一堂に会していた。


 両国のトップたちが集っている場とあって、そこには厳かな空気が流れていたのだが――その空気を鋭く切り裂く声が、場にそぐわぬ見た目をした、目を引く金髪の可憐な少女から発せられた。



「――だからっ!! 連行してきた傭兵が白状しただろ! 古竜の里に派遣した混合傭兵団の半分は、おたくらを裏切ったんだよ!! あたしもこの目で見たが、あいつらはすでに古竜の側についてる! 今すぐ兵を布陣させるか、でなけりゃどこか要塞に閉じこもったほうがいい! 古竜たちの襲撃も警戒しないでだらだらとこんな会議を続けているのは、あたしは自殺行為にしか思えないねッ!!」


 整った顔立ちに憤怒の表情を浮かべ、いらついた様子で周りのお偉方にそう言い放つ少女。傍らでは同い年くらいの少年が、周りを見てオロオロとしていた。


 ――この二人は魔王を倒した勇者パーティである〝勇者〟クロス・ディライトと〝剣鬼〟グレイ・ハーネットで、オーレス国から直々に戦争への協力を要請されていた彼らは、この重要な会議の場にも同席していた。

 


 オーレス国の代表が一人、グレイの言葉に反応して手を挙げる。


「……いやグレイ殿。我々とて、助力を願いお招きした勇者パーティの一員であるあなた様の言葉を、軽んじているわけではないのです。……しかし、何と言いましょうか。あまりにもこう、突拍子のない話ですので……。我々も裏をとる時間が欲しいと言いますか……」


 少女のものすごい剣幕に押されたのか、手拭いで顔の汗をぬぐいながら、お偉方の一人である老人がタジタジといった様子でグレイに言葉を返す。

 それを聞き、天幕内にいる他の代表者たちからも次々と賛同の声が上がった。


「……そうだな、いくらなんでも荒唐無稽すぎる。正直わけの分からないことになっているし、情報の裏をしっかりとってから動いても、遅くはないはずだ――すでに、いくつも偵察隊を出しているのだろう?」


「それに聞いたところ、裏切った連中の中核はグリー傭兵団とシュトラ傭兵団だという話じゃないか。どちらもこの周辺では名のある傭兵団だぞ? 彼らがそう簡単に裏切ったりするか?」


「こうもあからさまに我々雇い主を裏切っては、傭兵である彼らがこの先仕事にありつくのは難しくなります。今回の一件が広まれば誰も彼らを雇おうとはしなくなるでしょうし、そんなリスクを背負ってまでこんな大それたことをするでしょうか……」


 この協議が始まってすでに五時間ほどだが、こんな風に会議は遅々として進んでいなかった。グレイもストレスが溜まり声を荒らげようというものだ。


 だが無理もない。

 傭兵たちの突然の反乱。しかも魔物であるはずの古竜たちとの結託。

 しかし、彼らは今のところ里の内部でバカ騒ぎをしただけで、古竜たちと手を結んではいるのだろうが、その動機までは分かっていない。未知の案件すぎて、なぜこんなことをしたのかの予想すら、まるで立っていなかった。


 連行してきた傭兵もバカ騒ぎの内容までは全て白状したものの、なぜこんなことをしでかしたのかについては「自分、下っ端なんで分かりません!!」の一点張りで、これ以上は情報が出てこないと判断したグレイがかせをつけさせ拘束していた。


 両国の首脳陣にとっても未体験の今回の事件は、ながく国を回してきた経験豊かな彼らをもってしてもその判断力を鈍らせ、混乱に落とし入れている――。


 だが、こんな話が進まない会議には、全く納得できていない者もなかには居た。

 怒号が、天幕内に響き渡る――。



「――そんなこと、あとで考えりゃいいだろうがッ!!! ……いいか、古竜たちがその気になったら、今日明日にでもあたし達は空から何十頭っていう古竜に襲われるはめになる、この場所だって危ないんだ!! 古竜はそれくらいの機動力をもってるし、敵さんには戦慣れした傭兵たちだってついてる。……兵士たちが溶けてなくなるような強襲を受けたくなかったら、今すぐ兵を展開して里に進軍することをおすすめするね。それでとりあえず、ヒドイ不意打ちを受けることはなくなるはずだよ……」


 グレイも最初は激怒していたが、徐々に言い聞かせるような声音に変わっていく。周りで聞いていた首脳陣も現状の危険性を認識したのか、慌ただしく議論を再開している。

 

 そんななか、勇者クロスはいきり立つグレイをなだめながら、古竜の側についた傭兵たちの心情について思いを馳せていた――。


(――でも確かに、何で傭兵たちは古竜の側についたんだろう。……古竜は言葉の通じる種族だし、僕も交渉もせず里を攻めるのはあまり気が進まなかったけど、裏切った傭兵たちが古竜に味方するのは、そんな理由じゃないよね。……彼ら傭兵は、働きに見合うだけの対価がなければ動かない。古竜たちから、とても価値のあるものを対価として渡されたのかもしれないけど、それは里を攻め滅ぼし奪ったって手に入る。……分からない、味方することに、いったいなんのメリットが――)


 クロスが思考を深めている間も会議はのろのろと、しかし先ほどよりは着実に前進しながら進んでいった。




 ――数時間後。

 やっと会議が終わった天幕から、体を伸ばしながらグレイとクロスが出てきた。


 協議の結果、とにかくいつ襲撃されてもいいように陣容を出来るだけ素早く整え、それが終わり次第、古竜の里へこの場に集った全戦力で進軍することで決着した。古竜の里の情報は、進軍中に集めるらしい。



 クロスは会議の結果にひとまず安堵したが、グレイはここまで会議が長引いたことに納得いかず、苛立っているようで――。


「――ああ~もう!! お偉いさんってのは何でこう、頭が固いんだ!! 最初はなっからあたしは、とっとと兵を布陣させないと危険だって言ってただろうが!! ……会議中、何度力ずくで指揮権ブンドっちまおうと思ったことか……」

「……イヤイヤイヤ、そうなったら僕もさすがに、グレイのことを全力で止めるよ?」

「ふん、冗談だよ…………半分はね」

「えっ……半分は本気だったの……」


 相方の言葉に戦慄している勇者を置いてグレイはずんずんと歩みを進めていったが、突如天幕を振り返ると、苦々しい口調で言う――。


「……でも、いやな予感がするね。エルストの奴、また突拍子もないことしでかさないといいけど――」

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