第三十四話 言いたいこと

 ――戦況はいまだ膠着している。

 この戦い、救いがあるとすれば、どちらも相手を殺す気まではないという点か。


 今のりあいで気付いたが、グレイは俺とサラを大怪我させるつもりはあっても、おそらく殺す気はない。

 最初の一合いちごうの時も手加減されたような違和感はあったし、そもそもサラのことは昏倒させるつもりのように見えた。でなければ剣腹で攻撃したりはしないだろう。


 そしてサラが戦闘が始まる前に言ったように、こちらもグレイを殺す気まではない。いくら諸々もろもろ事情のある幼馴染みといっても、そこまでするほどいがみ合ってるわけではない。子供の頃からの馴染みと殺し合うなんて、俺はまっぴらごめんだった。


 だから両者とも、その攻撃は相手の無力化を狙ったものに終始している。

 ……つっても、俺の方はかなり全力なんだけど……。


 だがこの、グレイがこちらを気遣って全力を出せないという状況にこそ、チャンスはあった。

 互いに決定打を出しづらい状況なら、自然と勝負は長引かざるを得ない。

 そうなれば――


「……ッチ。下の連中が動き出したか。ちぃと派手に暴れすぎたね」


 俺達の戦いの様子を見て、下で様子を窺っていた仲間たちが動き始める。

 俺とサラがグレイと会話をしていた時はまだ状況を見守っていたんだろうが、下から見ていても分かるほど派手な戦闘が起これば話は別だ。すぐさま里の古竜たちに乗って駆けつけてくるだろう。


 グレイには悪いが、増援がくるまで彼女を足止めできればそれでなんとかなる。

 いくら人間離れした実力を持っていても、この里の古竜たちを一人で相手にするのは絶対に無理だ。


 崖の下をのぞき込んだグレイが、眉をひそめながら口を開く。

 

「……このままじゃ少し、分が悪いか。残念だよエルスト、あんたともう少し遊んでいたかったっていうのに」

「……逃げるのか、グレイ」


 ――言った途端、グレイの身体から立ち昇るオーラがその勢いを増した。

 それはまるで、グレイの荒ぶる感情を表しているかのようで。


「分かってないねえ。――今回はあんたらのこと、見逃してやるって言ってんだよ、あたしは」


 そう言って、グレイがわずかに腰を落とした。


 ――来る。

 その体勢からグレイは弾かれるように、俺の正面へと突っ込んできた。


 音を置き去りにするようなスピードでこちらに突進してくるグレイ。この場から逃げ出すと思っていたので、予想外の行動に少し面喰う。


(だけどさっきのやり取りで、このスピードにもだいぶ目が慣れた)


 グレイの移動速度を予測し、剣の間合いに入る前に槍を突きこんだ。


 ――手応えあり。予想外にもグレイの右肩に、狙い通り槍の切っ先が突き刺ささった。カウンター気味とはいえ、またはじかれるかと思ったのだが。

 しかし、グレイはニヤッと笑っていて……。


(げっ!! これ、ギルさんと同じ――)


 グレイの右肩はその一部だけに、分厚くオーラが集中していた。

 おそらくギルさんの時と同じよう、オーラが鎧のような強度を持っている。

 よく見ると刃先が、全く通っていない。


(グレイも使えたのかよッ!!?)


 ――この時点で、すでに勝負は決まっていた。


 グレイの強化に任せた力ずくの突進に槍を押され、俺は持ち手ごと体勢を崩す。

 その瞬間、グレイは剣を手放し両手で槍の柄を強く握りしめる。

 そのまま俺の体ごと、強引に真横へと振りぬいた――


 足場のない、断崖の向こうの空中へと。


「あ…………」


 槍ごと空中に投げだされた俺に、わずかな浮遊感が襲いかかる。

 が、それはすぐに落下の風圧にとってかわる。

 まるで時間が引き延ばされたかのように、周りの景色がゆっくりと流れだす。


 ――これは、やばい。死にかける時のやつだ。


『エルストッッ!!!』


 サラが勢いよく崖から飛び出し、落下中の俺を追いかけてきた。

 サラが翼をはばたかせこちらに近づいてくる光景が、ゆっくりと流れて見える。

 その引き伸ばされたような時間の中で、俺は去り際のグレイの声を、はっきりと聞いた――


「――またすぐ会えるさ。今度は、ちゃんとした戦場でね――」


 ―*―*―


 グレイは崖下を覗き込み、空中で無事にエルストがサラに回収されているのを確認してから、顔を上げゆっくりと息を吐いた。


「……はあ~~、まさか、こんな再会になるとはね。まあでも、思ったよりエルストの奴が元気そうでよかったよ…………おっと、ここでダラダラしてる暇はないか」


 狙い通りエルストとサラを排除することに成功したグレイは、空を飛んでこちらに向かって来ている何頭かの古竜を見遣みやり、すぐさまこの場所から離脱することを決める。


 グレイはオーラを再び纏い、崖の上の森の中を、元来た道へと駆けだした――。



 一分足らずで森を走破したのち、グレイは登った時と同様にわずかな突起を足場にし、断崖絶壁をすいすいと降りていく。


 そのまま下まで降りるとグレイの帰りを待っていた勇者や混合傭兵団の面々が、崖を降りてきた少女に向かい次々と声をかける。


「グレイっ、よかったあ~無事で!! 無茶しないでって僕はいつも言ってるのに、全然聞く耳持たないんだから……」

「〝剣鬼〟さん、なかの様子はどうだった? 第一陣の連中は、どんな状況なんだ?」

「なぜか急に静かになったけれど、もしかしてあなたが何かしてくれたのか?」


 一度に多くの質問をされたグレイは、ガシガシと頭を掻きながら答える。


「ああもう、いっぺんに聞かれても答えらんねえから。それより、里から逃げてきた傷だらけの傭兵たちはどこに……」


 きょろきょろと周りを見渡しながらそう言うグレイに、一人の兵士が声をかける。


「――ああ彼らなら、何だか急に、仲間を助け出さなければ!!と叫んで里の中に戻っていきましたよ。一応止めはしたんですが…………でも、見た目より元気そうでしたね」

「……ッチィ!!」


 グレイは盛大にひとつ舌打ちをこぼすと、里の中で行われていたバカ騒ぎをどう説明するかと、頭を回転させる――


 グレイはすでに、あの傭兵たちが自作自演の敗残兵だということに気付いていた。この場に残っていれば、無理やり口を割らせようと思っていたのだが……。



 ――その時ふと、視界の端に寝転がって治療を受けている傭兵の姿が映った。

 それはさきほど、グレイの脚にしがみつき彼女に無理やり引き剥がされた傭兵で、里の中から逃げ出してきた傭兵の一人だ。どうやら引き剥がされた時に足を挫いてしまったようで、足首が添え木で固定されている。そのせいで仲間と共に里のなかに戻れなかったのだろう。



 その傭兵は、目が合ってしまったグレイを、泣きそうな顔で見つめている。


 グレイはその傭兵を見て、魔王もかくやという邪悪な笑みを浮かべた――



 ―*―*―



 ――崖下に落下中、空中でサラに前足で掴まえてもらった俺は、そのまま運ばれて無事地面に着陸していた。


 地面に降りた瞬間、冷や汗がドバッと出てくる。今のは久々の臨死体験だった。老竜の攻撃から、必死こいて逃げ回った時以来の恐怖だ。

 さすがに空中に投げだされた時は、生きた心地がしなかったな……。


『エルストだいじょうぶ? 怪我とかしてない?』

「……ああ、俺は大丈夫だ。サラのおかげで命拾いしたよ、ありがとな」


 呼吸を整えだんだんと落ち着いてきた頃、崖下に降り立った俺とサラの元に、団長たちが駆けてくる様子を眺めながら、これからどうしたものかと俺は急速に考えを巡らせる――



 ――作戦は、失敗だろう。まさか、グレイに見つかるとは……。



 しかもあんな方法で作戦がバレるなんて、さすがに俺も予想だにしていなかった。一体どうやって、あんな場所までこれたんだ……。

 まさか、エクシード状態で登ってきたのか? あの、断崖絶壁を?


 ……あり得ない、とは言い切れない。相手はなんと言っても、あのグレイだ。

 不可能なことのひとつやふたつ、鼻歌まじりにこなしても俺は全然驚かないだろう。あの燃え盛るようなオーラを見たあとでは、余計にそう感じる。


 ……厄介な敵になるとは思っていたが、さすがにもう少し自重して欲しかったぜ、グレイさんや……


 これだから、英雄と呼ばれる人種は手に負えない。大陸の歴史を見てもそうだが、奴らは個人の武勇のみでとんでもない戦果を上げてしまう。作戦を立てる方としては、頭を掻きむしりたくなるような存在だった。


(……っと、済んだことを気にしても仕方ないか)


 ――これから先、国と古竜の里の衝突は、おそらく避けられない。

 戦争に、なってしまうだろう。出来るだけ規模を広げないように、次善の策は用意しているが……。


 作戦が失敗した時の次善の策として、その可能性は各傭兵団の幹部には伝えてあったが、それでも反発は必至だろう。色々と作戦の変更も必要だ。



 グレイが最後に言っていたように、次会うとしたら戦場になるだろう。


(……そういえば、まともに話もできなかったな)


 状況が状況なだけに仕方はなかったが、ある意味助かったような気もする。

 冷静に話ができる場で会ってしまったら、俺も溜まっているものを、全部ぶちまけてしまっていたかもしれない――


 俺にだって、言いたいことはたくさんあるんだ。

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