第三十三話 燃え盛るオーラ

(――相変わらず、すげえ量のオーラだ。いや、昔よりずっと増えてる――)


 目の前にいる少女から発せられている、尋常ではない量のオーラ。

 全身に纏ったオーラが、許容量を超え溢れだしたかのようにユラユラとうごめいている……。

 それはまるで、全身から立ち昇る炎のようで――。


(……伝説に語られるような英雄、そのままの姿じゃねえか……)


 その姿を見てるだけで足がすくみ、気圧され、ぶるりと全身が震えた。

 俺が全身にうっすらと纏った淡い燐光のオーラが、随分とみすぼらしく感じられる。


 俺が全身にオーラを纏っている姿を見て、グレイは少し目を見開き驚いた。


「おおっ、全身にエクシード! やるじゃねえかエルスト、いったい何時いつ覚えたんだ?」

「……俺だって遊んでたわけじゃねえ。グレイからだって、一本取っちまうかもしれねえぞ」


 ……思ってもいない虚勢を張る。ただの強がりだ。

 だがそうでもしなければ、グレイの気迫に飲み込まれてしまいそうだった。


「――へえ、それは楽しみだ。あんたと立ち合うのは五年ぶりだね、エルスト。どれくらい腕を上げたのか見せもらうよ…………いくぞ――」



 ――ドン。

 


 俺は、グレイの動きの予兆を一瞬たりとも見逃さないつもりだったし、グレイが踏み込むその初動は完璧に捉えていた、はずだった――。


 だが気付くと、鮮やかな金髪がすでに眼前を舞っていた。

 ――槍の間合いの内側に、すでにもぐり込まれている。


(はっやッッ!!?)


 ギルさんのように、技巧で意識の隙を突いたわけではない。

 ――ただ純粋に、速い。 


 グレイはそのまま、下からすくい上げるように剣を振るう。

 かろうじて槍の防御が間に合い、剣身を槍の柄で受け止める。だが――。


「――ッッらああアアアア!!!」

「うぇっ!?」


 ――下に向けてグレイの剣を押さえ込んでいた槍ごと、俺の身体が持ち上がる。

 そして巨大な猛獣が手のひらですくい上げるかのように、凄まじい力で放物線上にはじき飛ばされた。


『エルストッ!? この――』


 吹き飛ばされた俺が地面に激突すると同時、サラが前足を振り上げグレイに轟然と振り下ろす――。

 地面を割り砕くその一撃を飛び上がってかわしたグレイは、サラの頭の高さまで跳躍し、剣の腹をサラの頭部めがけて叩きつけた。


「あんたも寝てろっっ!!!」

『イヤだよっ!!』


 ギィン!! サラが前足を素早く振り、鋭い爪で迎撃。しかし――。


『ッ痛つう……ッガアアアアアアアア!!!』


 ――グレイの一撃をはじいたサラの前足の爪には、痛々しいひびが入っていた。 激突の反動で距離が離れたグレイに向け、サラが咆哮をあげながら炎のブレスを吐きだす。グレイは火炎の渦を飛びずさってかわし、大きく距離をとる――。


(ここだッ!!)


 起きあがりすでに体勢を整えていた俺は、グレイの着地地点に向け瞬時に距離を詰め、着地前に槍を突き出した――。

 しかしいまだ空中にいるグレイは、その体勢でも正確に槍の穂先に剣を合わせ、エクシードの強化に任せて振りきる――。


 ガキィン!! 剣戟の音が響く。

 ――俺が突きこんだ槍が、あらぬ方向に逸らされていた。


(あ゛あッ!!? マジかよ、はじかれた!?)


 こちらは体重を十全に乗せた渾身の突き。

 対して向こうは腕力だけで振りきった剣撃。

 しかし結果は、こちらが押し負けた。

 

(エクシードの強化に、差がありすぎるッ……!!)


 俺の必中を確信した一撃はしかし簡単にいなされ、グレイは無事に着地しさらに距離をとった――。



 戦闘音が止み、戦況が膠着こうちゃくする。

 俺達三人はそれぞれに距離をあけ、静かに敵の動きを窺う。

 その緊張が流れる空気のなかで、サラが耐えきれないといった様子で叫んだ。


『――ったいなあ、もうッ!! ……まさかわたしの爪の方が割れるなんて、その武器ちょっとカタすぎ!!』

「……へっへえ、いいだろ。コイツはあたしの特注品でね。ただひたすらに頑丈に作られた長剣さ。古竜に踏みつけられたって、コイツは折れはしないよ」


 自慢げにブンブンと剣を振りまわすグレイ。相変わらず男みたいな奴だ。


 しかし、無邪気なその口調、態度とは裏腹に、恐ろしいほどのオーラによって強化された身体から繰り出されるその剣撃は、まさに〝剣鬼〟の異名にふさわしい威力を持っている。



 それは美しい少女が可憐かれん華麗かれいに繰り出す舞うような剣技――とは一線を画した、苛烈かれつ激烈げきれつな激しい打ち込みの嵐。


 グレイの体格、身体能力、気性すべてに最適化された、ほとんど我流と言っていい幼少の頃より磨かれ続けた荒々しい剣舞けんぶ

 そのグレイ流とでも言うべき剣筋は五年前とは比べ物にならないほど研ぎ澄まされ、おそらく今なお急速な成長を遂げているのだろう。


 サラが竜の姿で戦っている様子を俺は初めて見たが、グレイは俺を含めてニ対一でも、互角以上に渡り合っている――


 ……はっきり言って、手のつけようがない。バケモンだこりゃ。


「――しっかし、こんなもんかい? そっちのきれいな古竜もそうだけど、こりゃあ随分と肩すかしだね。……あたしから一本取るんじゃなかったのかい、エルスト。そんな程度じゃ何度やっても、あたしには触れられないよ――」


(……どうすっかなあ、これ……)

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