第三十一章 終幕
「――敗残兵係り、続々と準備を完了していますッ、エルスト隊長!!」
「――よーし、じゃあ準備できた傭兵からそれぞれ、洞窟内に突入ッ!! 外のいる連中を、震え上がらせてやれッ!!」
「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」
―*―*―
里の内部より聞こえてくる、空気の震えを伴ったいまだ鳴りやまぬ破砕音。
その音が聞こえてくるたび、混合傭兵団の戦士たちは立ちすくみ、その足を震わせていた――。
「何だよ、コレ……いったい、なかでどれだけ激しい戦闘が……」
「この破砕音、一頭や二頭じゃきかねえぞ……何頭もの古竜が、なかで暴れ回ってやがる――」
「里のなかに入った連中は、無事なのか……?」
里の内部で行われているだろう惨劇を想像し、不安や焦燥を募らせていく混合傭兵団の面々。
――少しずつ、人間の悲鳴のような音も響いてきた。
アアァァァ……とかイイィィィ……とかの残響音しか聞こえないが、間違いなく人間の悲鳴である。
その悲鳴を聞き、ますます表情を青ざめさせる兵士や傭兵たち。
「……これ、もしかして、里のなかに入るのは自殺行為なんじゃ……」
「兵糧攻めははどうだ? 周りを囲んで補給をたてば……」
「馬鹿野郎っ、空を飛べる奴ら相手にそんなの意味あるかよ!」
第一陣より第二陣に送られてくるはずの突入の合図もなく、残された混合傭兵団の面々はあちこちで色めき立ち、近くにいる者たちで推測を交わし合う。
そんな動揺が広がり始めた空間に、一人の女性の、凛とした声が響き渡った――。
「――あんたら、それでも
高めに積もった遺跡のガレキの上に立ち、凛として美しい、しかし奮い立つような勇ましい声で、グレイ・ハーネットはそう高らかに叫ぶ――。
その傍らで、勇者クロスはあたふたとしていた。
「じゅ、十頭はさすがに、グレイでも厳しいんじゃ……」
「黙りなクロス!! あんたにも、半分は受け持ってもらうからね」
「……えええええぇぇぇ!!?」
いきなり場の注目を集めた二人の少年少女に周りの傭兵たちが
「お、おおおおおおッ!! そうだ、我々には勇者様がついていたんだった!!」
「みんな、よろこべっ!! 今回の戦い、並みいる魔物をなぎ倒し、魔王を討ち滅ぼした英雄である勇者様たちが、我々の味方となってくださっている! この方たちさえいてくれれば、古竜ですら恐れる必要はないはずだっ!!」
その声を聞き、混合傭兵団中にざわめきが伝播する。
「……そういえば、似顔絵で見たことがある。あれが、魔王を倒した英雄……」
「噂には聞いていたが……まさか本当に勇者を招き入れていたとは……」
「魔物狩りの専門家である勇者パーティがいれば、この
頼もしい助っ人である勇者パーティの存在に、戦士たちの士気は徐々に持ち直していく――。
だが、そんな希望を打ち砕くかのような知らせが、里へと続く洞窟内よりもたらされた。
「うわあああああああああ、に、逃げろぉーーーーッ!!!」
その叫びを皮切りに、洞窟のなかから次々と傷だらけの傭兵が飛び出してくる。
彼らの格好はひどく汚れていて、悲鳴とあわせて何かから必死に逃げてきた様子が見て取れた。
洞窟の前で身を投げ出すように倒れ込み、肩で息をしている傭兵たちに、グレイがいち早く駆け寄って事情を問いただす。
「おい、いったい何があった!? 第一陣の状況はどうなってるッ! 他の傭兵たちは無事なのか!?」
グレイに肩を掴まれた若い傭兵が、息も絶え絶えといった様子で答えた。
「ッ……第一陣は、古竜たちの猛攻を受け、部隊の半数が壊滅ッ……! 我々はまるで歯が立たず、古竜に傷ひとつ付けることもできないまま、敗走することに……古竜ぱねえ、まじぱねえっす……」
その若い傭兵の言葉に、周りで説明を聞いていた者たちが息をのむ――。
里から逃げてきた傭兵の介抱にあたっていた者たちも、彼らの惨状を見て次々とうめき声をもらした。
「……ゲエエ!? この鎧、表面が溶けてやがるッ!?」
「うげ、マジかよ! そんなブレスを生身で食らった日にゃあ……」
「……悲鳴すげえし、中に入ったらどんな目にあうか……」
里の外に残っていた傭兵たちが、どんどん及び腰になっていく……。
「これもう、逃げるしかないんじゃ……」
一人の兵士がぽろっとこぼした言葉に、グレイが勢いよく食ってかかった。
「ア゛アッ! てめえ何言ってやがる!! ここで半分も戦力をけずられたら、この先どうやって古竜とやり合うんだよ! 今すぐ、第一陣の救援に行くしかねえだろッ!」
それをとりなすように、一人の傭兵がグレイに声をかける。
「いや、それは……里のなかで生き残っている傭兵は、ほとんどいないんじゃないっすかね、たぶん……。それに無事な連中は、自力で洞窟の前まで逃げてきますよ、おそらく……」
「何でてめえに、んなことが分かんだよ!」
なぜか反論してきた傷だらけの若い傭兵の言葉を、グレイはそう言って一蹴する。
しかし食い下がる若い傭兵。
「本当に里の中はぱない、マジぱないんですって!! 危険ですから!!」
「……チッ、いったい何なんだよテメエは! ええい、いいから放しやがれ!!」
足にしがみついてくる傷だらけにしては元気な傭兵を、グレイは無理やり引き剥がした。
その様子を見て、洞窟から逃げ帰ってきた傷だらけの傭兵たちが、ケガをしているとは思えない俊敏な動きで洞窟の入り口をふさぐ。
「ここから先は、絶対に通せません!! 危険ですので!!」
固い決意を秘めた表情でそう宣言する傭兵たちを見て、グレイはひとつ舌打ちをこぼすと、身体中から淡い燐光――というにはあまりに強い光の、まるで燃え盛る炎のようなオーラをその全身から立ち昇らせた。
グレイが、身体全体にそのオーラを纏う。そして洞窟の方をちらりと一瞥すると、それとは全く違う方向に、いきなりものすごいスピードで駆けだした。
その方向には、古竜の里をぐるりと囲う断崖絶壁しかない。
だがグレイはそれに構わずにどんどんスピードを上げていき、壁の直前で身をかがめたかと思うと、そのままの勢いで跳び上がる――。
そして絶壁の壁を、わずかな突起を足場にすいすいと登っていく。
「少し待ってな、クロスッ! あたしが状況を見てくる!!」
そのままグレイは崖の頂上にたどり着くと、そう言い残し彼らの視界から消えた。
――その様子を唖然と見送った混合傭兵団の面々と勇者は、それぞれに言葉を漏らす。
「……なんだありゃあ……
「……グレイ、また一人で……」
その頃、傷だらけの傭兵たちは――
「……なあ、これヤバいよな。……どうする?」
「……とりあえず、隊長のとこに報告に戻るか。もう、手遅れな気もするけど……」
これからどうするべきか、
―*―*―
「エルスト隊長っ! 偵察隊の報告では、外にいる連中のほとんどが戦意を喪失しかけているそうです!!」
「ハッハッハ! ようし、順調に進んでいるなっ!! みんな、作戦は上手くいっているぞッ!! この調子で、ドンドン騒ぎまくれえええええええ!!!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」」」
―*―*―
崖の壁を登りきったグレイは、そこにあった森林のなかをエクシード状態のまま駆け抜ける。矢のような速さで木々の間をすり抜けていくグレイは、一分もかからず視界の開けた場所に出た。そして――
「なんだこれ……」
――崖の上の森を抜けた先、グレイの眼下では、巨大な古竜がきれいに並べられた鎧に火を噴いたり、なにもない地面を踏みならしていたり、傷一つない傭兵たちが揃って悲鳴を上げていたりする意味不明な光景が展開されていた。なぜか皆、ちょっと楽しそうだ。
遠目にはよく見えないが、中央には楽しそうにそいつらを煽っている人物もいる。
「ハッハハハ、もっとだ!! もっと騒げーーー!!!」
「…………」
何でこんな事態になっているのか、グレイにはさっぱり分からない。
だがグレイは、すうっと深く息を吸い込み、胸に去来している万感の思いを込め、こう叫んだ――。
「――なにやってんだっ、お前らああああああああああああああああ!!!!!」
里の狂騒が、ピタリと止んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。