第三十章 狂騒曲

 ――……ドオォン、ドオンッ、ドオォン……――


 木々のさざめきしか聞こえない静寂に包まれた森のなかを、大地を震わせるような轟音が通り抜けていく。


 古竜の里のなかから聞こえてくる、強大な力を何かに叩きつけているかのようなその音は、聞くもの全ての背筋を震わせる圧を持って、里の外にいる混合傭兵団の面々に襲いかかっていた――。


 なかで行われているであろう激しい戦闘を想像し、思わず音を立て、つばを飲み込む兵士や傭兵たち。


 その轟音を受けてなお身動みじろぎもしないのは、この一団のなかでは魔王を打ち倒した勇士である、勇者パーティの二人だけだった。

 

 そのうちの一人である勇者クロスが、傍らにいるグレイに言葉をかける。


「――グレイ、これって……」

「ああ、どうやら、始まったみたいだね――」


 

 ―*―*―


 その頃、里のなかでは――。


「おらあ急げえ! サポート係りは向こう、悲鳴を上げる係りはこっちだ! 敗残兵の係りは悪いが、近くの奴にかるく青あざが付くくらい殴られてくれ! さあ急げ急げ!!」


「ちょっと!? 敗残兵の係りだけ扱いひどくないっすか!?」


 ――大慌てで、作戦の準備を整えていた。


 

 

『エルストさん、こんな感じで、いいの、かいッ!!』


「ええおばちゃんッ、その調子でお願いしますねッ!!」


 ドオォン、ドオンッ、ドオォン!!!


 赤黒い鱗におおわれた凶悪な風貌の古竜――の姿に変身したおばちゃんに声をかけられ、彼女が全体重をかけて片足ずつ、交互に地面を踏みならしている様子を俺は眺めていた。

 地響きを伴うような轟音に負けぬよう、こちらも声を張り上げる。


 すでに〝轟音係り〟である古竜たちは巨大な竜の姿に変身し、張りきって地面を踏みならしたり、崖の壁をぶん殴ったりしていた。彼らの叩く調子はリズミカルで、竜の表情からはあまり感情は読み取れないが、その様子は随分楽しそうだ。


『アッハッハッ!! いいねえコレ!! なんだか楽しくなってきたよ!』

『おうよ!! どんどん気分が上がってくらあ!!!』

『まさかこの年になって、こんなお祭りに参加できるとはねぇ……』


 本当に楽しそうである。これ一応、あんたたちの里を守るための作戦なんだが……。



「うっぎゃああああああああ!? ヤァラァレェタアアアアアア!!!」

「あっ、足が喰われてええええッッ!! 誰か、ダレカアアアアアア!!!」

「うわああ、火が、燃え移って……!! 熱い、あついいいいいいッッ!!!」

 

「……なんだか、ちょっとわざとらしいですね。説明とかいらないので、もう少しシンプルにいきましょうか」


「……わ、分かりました……うっぎゃああああああああああああああ!!?」

「ダレカアアアアアアアアアッッ!!!」

「あついいいいいいいいいいいッッ!!!」


 分かりやすい悲鳴が聞こえてきたのでそちらに目を向けると、〝悲鳴係り〟の傭兵たちが懸命に大声を上げていた。

 そして、監督役のアメリアさんにダメ出しを食らっている。


(いやでも、さすがのど自慢の傭兵たち。すげえ声量だ)


 こちらも、古竜たちの地響きに負けず劣らずの大音量である。

 これなら無事、崖の向こうに悲鳴が届くはずだ――。



(あとは……)

 周りを見渡し他の係りの進捗状況を確認する。


 サラが古竜の姿に変身している様子が目に映る。相変わらず、竜であっても綺麗な姿だ。


 そのサラの前には、大量の金属製の武器や防具が整然と並んでいた。

 それらの前に立ったサラは、少しのけ反りながら大きく息を吸い込む。


 そして――。

『ガアアアアアアアッッ!!』


 その口内から、火炎の渦が吐き出された。サラが得意な炎のブレスだ。


 並べられた大量の装備は炎のブレスを受け、瞬く間に焦げつき、その表面を溶かしていく。

 サラがブレスを吐き終えると、そこにはイイ感じに焼けた装備品が転がっていた。


『さあサポート係りのみんな、焼けたよ~っ! 敗残兵係りさんのところに、持っていってあげてっ! あっ、まだ熱いからやけどに気をつけてね!!」

「「「うっす!! 了解しました、姐さん!!」」」


 サラのところにはグリー傭兵団所属の、サラの腕っ節に惚れ込んだ傭兵たちを多めに配置しておいた。こいつらなら、喜んでサラの言うことを聞くだろう。



 一通り見回した感じ、だいたい順調のようである。

 問題なのはやはり……


「痛ってえ! てめえ、本気で殴ったな!? もうちっと手加減しろ!」

「かるく青あざが付くくらい、って言われただろうが! てめえこそ強く殴りすぎなんだよ! これでおあいこだ!」


 青あざをつけるために傭兵同士が殴りあっていたり、


「ぶはっ!? すな、砂が口に入って……!?」

「あっ、わるい……しかし泥だらけってどんな感じなんだ……地面に体擦りつけたほうが早くないか……」


 泥だらけになるために傭兵たちが頭から大量の砂をかけられりしている、敗残兵の係りだった。


 この係りは、うちの団長とギルさんが監督役のはずなのだが……。


「おいグリートッ!! お前、さすがに戦鎚を出すのは反則だろッ!?」

「エクシード状態の奴に言われたくねえよ、ギル!! 見た感じ外傷が出来ればそれでいいんだよッ! ガチで殺しにきてるだろ、おまえッ!?」


 ……集団の中央で、その二人は率先してガチの殴り合いをしていた。


 まあ監督役がこの調子では、この惨状も仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。こりゃあ、配役を間違えたな……


 しかし、放っておいた方がいい感じにボロボロになりそうなので、俺は静観することにした。決して逃げたわけではない。



 

 ――数分後。


 最初は半信半疑でイヤイヤやっていた傭兵たちも、場の空気に当てられたのか徐々に調子を上げ、今ではもう里全体がお祭り騒ぎみたいになっていた。


 ……右を見れば古竜が何もない崖の壁を楽しそうにぶん殴り、左を見れば傷ひとつない傭兵たちが元気に悲鳴を上げ続けている。


 混沌狂騒混乱。

 古竜の里の内部は、そういったもので埋め尽くされていた――。



 ちょっと楽しい。

 俺も、この流れに乗りたくなった。


「――よーし、もっとだッ!! もっと騒げええええええええッ!!!」


「「「うおおおおおおおおお!!!」」」



 古竜の里の狂乱は続く――。

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