第二十九章 集う役者 

 ――ガシャンガシャンガシャン――。


 洞窟のなかから、大勢の人間が移動している音が反響して響いてくる。


 遺跡から里のなかへと繋がっている洞窟の前で、俺は傭兵や古竜などの味方と共に、今こちらに進軍しているはずの仲間を待っていた。



「――これ、もし出てくるのが団長さんたちじゃなかったら、すっごくびっくりしちゃうね!」

「……不吉なこと言うなよ、サラ。少し怖くなってきたぞ」


 ガシャガシャと洞窟のなかから響いてくる、姿の見えない大勢の人間の足音は、聞いているだけでけっこう不安を煽ってくる……。



 かくして、洞窟のなかから現れたのは――。



「――いよぉエルストっ、ご苦労さん! こっちの準備はちゃんと進んでいるか? ……それにしても、さっきは俺、かなりいい演説ができたと思うんだが。どう思うよ副長? 俺なんか、自分で自分の演説に聞き惚れちまったぜ」

「いえ、いつも通り酔っ払いのたわごとみたいでしたよ」


 ――作戦通り、仲間の傭兵たちだった。

 その姿を見て、ホッと溜息をつく。


 遺跡から里の内部へと続く洞窟のなかから、うちの団長と副長が気安い会話を交わしながらもぞろぞろと後続を連れて現れる――。


 後続の傭兵たちは、それぞれ里の光景を見て感嘆の声を上げていた。

「うおっ、すげえ、マジで古竜がそこら中にいる……」

「思ったより広いな……それに、すごくキレイだ……」


 初めて里のなかに入った奴らは、みな一様に里の幻想的な景色に目を奪われていて、後続の連中に早く進めと急かされていた。


 しかしほんと、ぞくぞくと出てくるなぁ……。

 洞窟の前の広場が、どんどん傭兵たちで埋め尽くされていく――。


 実際目にすると、よくこれだけの傭兵団の協力をとりつけられたものだと思う。


 ――ざっと見た感じ、五千人ほどの傭兵たちが、この場に集結していた。


 

 その傭兵たちのなかには当然ギルさんもいて、彼はアメリアさんの元に向かい話しかけている。 


「ご苦労だったな、アメリア。作戦に支障はないか?」

「ええ、下準備はおおよそ完了しています。あとはギル団長が連れてきた傭兵たちにそれぞれのを務めてもらうだけです」

「そうか……よし、あまり時間の余裕もない。すぐに始めよう――」


 ギルさんがそう言ったと同時に、慌ただしく動き始めるシュトラ傭兵団の傭兵たち。すげえ、なんて統率のとれた一団だ……。

 これもギルさんのカリスマ性の賜物たまものだろうか。うちの団長ではこうはいかない。



 ちなみにうちの団長は今、各方面に的確に指示を出す副長の横でふんぞり返っていた。少しは仕事しろ。


 その団長は俺よりひと回りもふた回りも大きい身体に簡素な鎧を着こんでいて、その肩にこれまたバカでかい戦鎚せんついを担いでいた。


 一目見ただけで分かる、完全パワー型。

 巨大な戦鎚を振るうに任せて敵をまとめてなぎ払うのが、団長の戦い方だ。


 完全武装の団長は全体的にデカイ! というイメージで、戦場ではよく目立つし、見た目通りその武威も凄まじい。その威圧的な姿だけで、戦意を喪失する敵兵もいるくらいだ。

 ギルさんが熊の様だと言うのも、確かに納得できる姿である。

 

 だが、どんな状況でも堂々とした態度を崩さないその立ち姿は、俺達団員にとっては頼もしくもあった。……少し癪ではあるが。

 


 その団長に呼ばれたので、忙しく行きかう傭兵たちのあいだを抜け、傍までかけ寄る。


「――それでだ、エルスト。これからは具体的にどうするんだ? いや、大まかな流れは分かっちゃいるんだが、作戦を立案したお前の口から、もう一度詳細を聞きたいと思ってな」

「分かりました、説明します」


 俺はそれぞれの上役の指示に従い動き回っている傭兵たちを眺めながら、説明を始めた。



「まず、ここにいる半分には〝敗残兵係り〟になってもらいます。わざと泥だらけになったり目に付くところに青あざを作ったりして、精一杯、俺達はボロボロにやられて逃げ出した! という演技をさせるんです――」


 いやあ、このアイディアを思いついた時は、自分でも妙案だと感心したもんだ。


「その人たちには命からがら逃げ出したという風を装い外に出て、古竜たちの恐ろしさを里の外にいる連中に触れ回ってもらいます。それと装備とかもある程度、サラに炎のブレスで焼いてもらうつもりです。その方がそれっぽいので」


 特にサラのブレスのところは自信がある。思わず笑顔になりながら団長に伝えた。


「……なんか楽しそうだな、お前……。まあ、相も変わらず突拍子もねえが、そこまでは分かった。それで、残りの半分の傭兵はどうするんだ?」


「残った傭兵たちには〝敗残兵係り〟のサポートをさせます。あと、ある程度の人数に〝悲鳴係り〟になってもらいましょう。この役には里の外まで悲鳴を響かせてもらう必要があるので、声量に自信のある傭兵にやらせるつもりです」


 それぞれの傭兵団から声の大きい傭兵を選出してもらっているはずだが、はてさて、どれだけのど自慢が集まるのか楽しみだった。

 

 崖の向こうにいる混合傭兵団まで悲鳴が響き渡れば、やられているのリアリティも、グッと増すだろう。

 

「あとは古竜たちに、〝轟音係り〟をやってもらいます。古竜の姿で地面や崖の壁をぶっ叩いて、いかにも里の内部で激しい戦闘が行われていると、外にいる混合傭兵団に錯覚させるんです。この役は古竜たちにしかできませんし、ガンガン轟音を響かせてもらいましょう」


 おばちゃん以下、この役を頼んだ古竜たちはみなノリノリで了承してくれた。

 久々のお祭りのようだと笑っていて、楽しんでくれているようで何よりである。


「下準備のために先に里のなかに入っていた傭兵たちも、最後にはノリノリで準備していましたよ。何だかやっているうちに楽しくなってきたみたいです。俺も、これからどうなるか想像すると少しワクワクします」


 気合を入れて作戦を立てただけあって不安も大きいが、それ以上に、里の外にいる連中が上手くだまされているさまを想像すると、ニヤニヤが止まらなかった。


 団長はそんな俺をあきれたように見てくる。


「……そうか。お前もすげえノリノリだな……。まあだいたい分かった、成功するかどうかは神のみぞ知る、ってところだな。あと、どうやら傭兵たちは、その〝係り〟に分かれ終えたみたいだぞ――」



 団長に向いていた視線を、広場に移す。

 説明を終えたと同時に、広場を右往左往していた傭兵たちはおおまかに、それぞれの〝係り〟ごとに集合していた。


 場が、静寂を取り戻す。

 

 皆、今回の話を持ちかけてきたリーダー的立ち位置にいるグリートギート傭兵団、その大将である団長に視線を向けていた。

 

 団長がその視線にこたえ、声を張り上げる。


「――あ~~、ひとまずここいる、作戦に協力してくれた傭兵団に感謝する。今回、俺達が信用できると判断した傭兵団にだけ声をかけたわけだが、まさかここまで集まるとは思わなかった。……報酬に関しては期待してくれていい。今回の戦働きで得られるはずだった金貨の、数倍の報酬を約束する…………ああ~~っだめだッ! 特に言うことがねえっ!!」


 頭をガシガシ掻きながらそう言う団長は、「エルストッ!!」と大声で俺の名を呼んだ。呼ばれてしまった。

 

 ……また、いやな予感がする。


「今回の作戦を聞いて、ここにいる連中のなかには、なんだそりゃ!と思っている奴も大勢いるだろう……実は、俺も半分そう思っている。よって今、俺から話せることはほとんどねえ」


 傍らにいる団長に、ダンと背中を強く叩かれ思わず団長の前に進み出る。


 俺に傭兵たちの視線が集まったのが、見なくても分かった――。


「……ちょうどここに、今回の作戦を立て、そして指揮を執る予定の男がいる。うちに最近入った若い傭兵なんだが、シュトラ傭兵団の団長をボコボコにのしちまうほどには、つええぞ――ほらエルスト、なんか言いやがれ」



 ……出た、団長の無茶ぶり。勘弁してくれええぇぇぇ……。


 

 一応、俺はこの作戦を立案した人間で、団長からこの場の指揮を任されている。

 士気を上げるためにも、俺が何か言う必要はあるのだろう……。


(でも、いきなり過ぎるだろうがああぁぁ……)


 思わずきょろきょろと辺りを見渡し、逃げ道を探してしまう。

(何かないのか、なにか――)

 

 ――その時。

 遠くで、こちらをニコニコと見つめているサラと、目が合った。

 それだけですんなりと、俺の腹は決まった。 

  


 もともと、俺はこういうのがあまり得意ではない。

 だがそれでも、広場に響き渡るように、俺は声を張り上げる――

 


「……俺達傭兵は、金で雇われ戦争をする。だからいまさら、綺麗ごとを言うつもりはない。俺達はただ、金払いが良く、勝てそうな雇い主につけばいい。……今回の戦、グリー傭兵団はここにいる傭兵たちに、血を流させず報酬をくれてやる用意があるッ! だからっ、それだけ信じてついて来ればいいっ!! この作戦が成功すれば、金貨の山はお前たちの物だっ!! ついでに、この美しい里を蹂躙せんとする連中に正義の鉄槌を食らわせ、古竜にとっての英雄となれッッ!!!」




「「「……ウォォォォオ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオッッッ!!!」」」





 広場に、傭兵たちの割れんばかりの雄叫びが響き渡る。

 その声を聞きながら、俺は――


(……大丈夫、だいじょうぶだよな!? 今みたいな感じでいいんだよな!?)


 上手く演説できたかどうかが心配で、めちゃくちゃテンパっていた。

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