第二十八章 開かれる戦端

 俺が古竜の里に先行して入ってから数日後、グリートギート傭兵団とギルドシュトラ傭兵団を主軸とした混合傭兵団は、古竜の里の目と鼻の先まで迫っていた――。


 

  今、古竜の里の内部では、少数の傭兵と古竜たちが慌ただしく動き回っている。

 俺はその様子を確認し、時折指示を出しながらその場を監督していた。


(これから行うペテンには、下準備が必要だからな)


 とりあえず余所よその傭兵たちも俺の命令を聞いてくれているので、準備は予定通り進んでいる。

 グダグダと文句を言う奴もいるが、その時はシュトラ傭兵団から先行してこちらに来てくれているアメリアさんが間に入り、互いの仲を取り持って事無きを得ていた。


 自分の持ち場の準備が終わったのか、そのアメリアさんに声をかけられる。



「いよいよですね、エルストさん。なんとか間に合いそうで、安心しました」

「俺もです。それにしても、アメリアさんがこちらにいてくれて助かりましたよ。折衝役がとても得意なんですね」

「……ええまあ、ギル団長の補佐をしていると、そういった気苦労は絶えませんので……」


 ……アメリアさんも苦労しているらしい。うちの副長と同じだな。



 アメリアさんは凛とした知的な美人だ。

 だが、荒くれ者だらけの傭兵団の中で副団長という地位に就いているだけあり、一流の剣の使い手でもある。当然オーラ持ちだ。


 一度ケンカの仲裁をしている時に剣を抜いているのを見たが、非常に緻密で洗練された剣技で、うちの副長とタメを張るくらいの戦士だった。……あまり怒らせないようにしよう。


 そんなふうに考え事をしていると、のんびりとした声が聞こえてきた。

 


「――ああエルストさん、こんな所に居たのかい。こっちは準備できたよ」


 そう言って声をかけてきたのは、俺が最初古竜の里に滞在したときサラの家でお世話になった、古竜のおばちゃんだった。

 今は人の姿をしており、相変わらずどこにでもいる普通のおばちゃんにしか見えない。


 おばちゃんにはのリーダーを務めてもらっている。この役は古竜たちにしかできないので、面識のあるおばちゃんにまとめ役を任せていた。


「ありがとうございます、おばちゃん。おそらく数時間後に作戦開始となりますので、今は休んでいてくださいね」

「わかったよ。なんだかひさしぶりのお祭りの様で、ワクワクするね」


 そう言って弾んだ足取りで持ち場に戻っていくおばちゃん。


 ……お祭り、か。

 慌ただしく動いている周囲を見渡す。


(……確かに、そんな感じなんだよなぁ)




 数時間後――。


 伝令役から、間もなく混合傭兵団が到着することを知らされていた俺達は、準備を終えて仲間たちが里に進軍してくるのを待ち構えていた。


 ―*―*―

 

 クエルト国とオーレス国が半分ずつ戦力を出し合い構成された混合傭兵団。

 数時間前に戦備を整え出立したその混合傭兵団は、一路古竜の里を目指し、森の中を進軍していた。


 そのほとんどが傭兵で構成されている一団ではあるが、なかには正規兵も少数混じっており、その少ない正規軍の中に、〝勇者〟クロス・ディライトと〝剣鬼〟グレイ・ハーネットはいた――。

 

「しっかし、古竜の里なんてもんがあるとはね……。古竜とは旅の途中で何度かりあったけど、あんなのを大量に相手にするかと思うと、さすがにゾッとしないよ」

「……グレイはまだいいよ、古竜の鱗だってあっさり切れるんだから。僕の剣技や魔法の威力じゃ、古竜の鱗を貫けるかどうか……」


 うつむく勇者に、グレイが発破をかける。


「なに弱気になってんだクロス。あんたは、魔王を殺した勇者だろうが。古竜の二匹や三匹、同時に相手をしてもらわないと困るね」

「……せ、せめて一頭に」


 二人の会話は一事が万事こんな調子で、おどおどしている勇者をグレイが焚きつけるというものだったが、二人にとってはこれが信頼の表れでもあった。


 会話は続く。


「……でも、いきなり里を襲ったりして本当にいいのかな……。魔物に分類されてはいるけど、古竜は一応、言葉の通じる種族だし……」

「あたし達が旅の途中で相手をした古竜たちには、さっぱり話が通じなかったけどね。いきなり現れたと思ったら、『クックック、貴様が勇者か。なるほど、強大な聖なる気配を感じる……』とか『我は漆黒の炎を纏いし天空の王者、終点を司る暗黒より生まれし――』うんたらかんたら、とか言って、急に襲いかかってきたじゃん」

「うん、なんか無駄にカッコつけてたよね……」


 魔王の側についた古竜たちは、ちょっと精神的な病にかかっていたようだ。


「だいたいイイも何も、それはあたしらが考えることじゃないよ。人間同士で争っている時代に、古竜の里を襲うのは人道的に間違ってる! なんて言っても誰も聞きやしない。それこそ、〝勇者様〟がそう言おうともね……」


 二人がそうこう話しているうちに、一団の進行方向にある木々の隙間から、朽ち果てた遺跡の様なものが見え始める――。


 混合傭兵団は古竜の里のなかへと続く洞窟がある、古代遺跡に到着した――。

 



 ――しばらくのち。 


「さあて、そろそろだね。ひさしぶりの大物狩り、ワクワクするよ……あんたもそうだろ、クロス――」

「……僕のさっきの話、ちゃんと聞いてた? でも、最初に里のなかに入らずにすんで良かったよ。先に傭兵団のみなさんが進軍するみたいだ。勇気あるなあ……」

「……ちっ。一番槍は奪われちまったか」


 大きく森が開かれた遺跡の広場。そこには傭兵や兵士が部隊ごとに立ち並び、最後の確認をグリートギート傭兵団とギルドシュトラ傭兵団主導で行っていた。


 グリー傭兵団の団長である、ひときわ大きい体躯を持つ男が声を張り上げる――。


「――作戦はさっき話した通りだっ! まず里のなかには第一陣として、俺達グリー傭兵団やシュトラ傭兵団、その他いくつかの傭兵団で攻め込む!! んで、ここにいる戦力で里を落とせるようなら中から合図を出すから、そのあとに残った第二陣が突入ッ! そうしたらあとは、なかにいる古竜を狩りつくすだけだ!! ……今回の戦、古竜の首をとった戦士には、国が相応の報酬を出すそうだ!! 気張れテメエら!! ここで戦果を挙げれば、大金持ちだ!!!」


 ――広場中に男の鼓舞が響き渡り、これを聞いていた兵士や傭兵たちの戦意が漲り、野心の火がゴウゴウと燃え盛る。


 シュトラ傭兵団の団長が勢いよく腕を振り上げ、号令をかけた――。



「私達に続けッ!! 第一陣、突入ッッ!!!」

「「「う゛お゛おおおおおオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」」」



 そして、戦端が開かれる――。

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