第二十七章 フリ

 ――空白地帯内に、古竜の群棲地ぐんせいちと思しき隠れ里を発見――


 この報告はクエルト国、オーレス国の両方へとほぼ同時刻に、それぞれが雇った傭兵団よりもたらされた。偶然にも、両国の傭兵が同時にこの里の存在を発見したようである。


 この知らせを受けた両国はひとまず停戦し、この里の扱いについて協議することとなった。

 協議の結果、威力偵察を名乗り出たグリートギート傭兵団、ギルドシュトラ傭兵団を主軸に混合傭兵団を結成。偵察後、双方の戦力を比較してもし上回っていたらそのまま里を攻めることも考え、両国から半分ずつ戦力を出し合い、古竜の里を襲撃することに決めた――。




 ――と、ここまでは俺達の想定通りに事が進んでいた、作戦は順調だ。

 グレイが少数しか参加していない正規兵の中に混じっているとギルさんから情報をもらい、それがそこはかとなく不安ではあるが、作戦通りいけばグレイと直接ことを構えず古竜の里を守りきれるはずだ。



 

 今、俺はグリー傭兵団を離れ、サラと共に先行して古竜の里の中に入り込んでいた。大きめの広場には篝火がたかれ、夜でも周りの人間の顔がはっきりと見えるくらいには明るい――。

 その周りには、作戦に協力してくれる傭兵団の伝令役たちがいた。


 彼らは古竜の素材を対価に作戦に協力することを了承した傭兵団の団員たちで、これから彼らに作戦の詳細を伝え、それぞれに伝達してもらう手筈になっていた。


 傭兵である彼らは里に入った当初、そこら中を古竜が歩き回っている光景にかなり面喰っていて落ち着くのに多少の時間を要したが、のっそりとサラの爺さんである老竜が話し合いの場に現れると、息を止めるかのようにシンッ、と静かになった。


 ……サラの爺さん、間近で見るとすげえ迫力だからな。呼吸も勝手に止まるわ。


 とりあえず、場が静かになっているうちに話を進めよう。


「――俺はグリートギート傭兵団所属の傭兵、エルスト・ルースカインです。今回の作戦の指揮をグリート団長より任されました。これから作戦の概要を話しますので、それぞれ自分の傭兵団へと正確に段取りを伝えてください」


 言い終わると同時、周りから失笑が漏れた。

 俺はまだ若いので、こういった重要な場では見た目で舐められることも多い。こんな若い奴が指揮を執るなんて、といったところか……。


 この場に集まっている傭兵の一人が、納得できないという様子でしゃべり始めた。

「……グリートさんの言うことなら一応従うが、なぜお前みたいなガキが指揮を執るんだ? 作戦の途中でブルって逃げ出すくらいなら、今のうちにグリートさんに泣きついた方がいいと思うぞ」


 周りから、今度ははっきりと嘲笑が響く。

 ……ああ、やっぱりこうなったよ……。


 傭兵は、命の次にメンツが大事な生き物だ。

 ここで舐められるわけにはいかないのだが、さて、どうするか……。


 俺が悩んでいると、隣にいるサラから援護射撃が飛んできた。

「ちょっと、エルストはすっごく強いんだよ!! この間だって、ギルさんていう人に一騎打ちで勝ったんだから!!」


 サラの言葉を受け、傭兵たちにざわめきが広がる。

 一応、どうだすごいだろうと胸を張ってみる――。


「……ギルさんて、ギルドシュトラ傭兵団の団長のことか? バカな、あんな若造にやられるわけがねえ」

「いやでも、この場でそんな嘘を突く意味もないんじゃ……シュトラ傭兵団の伝令役だって、ここに来てるんだし……」

「それが本当なら、多少は認めてやってもいいが……」



『――エルストは、ワシら古竜の里が認めた本物の戦士じゃ。文句がある者は、ワシの前に進み出よ。ワシから二十秒逃げ切れたら、話くらいは聞いてやるぞ――』



 老竜が少し上体を浮かせ、威厳のある声を広場に響かせる。

 それだけで、誰も二の句を継げなくなった。どうやら彼らの文句は霧散したようだ。


 俺は老竜に頭を下げ、話を続ける。


「今回、俺の指示には絶対に従ってもらいます。今回の作戦の成否には、なによりも正確な情報の伝達が不可欠です。伝令役のみなさんにはかなり働いてもらうことになりますが、どうかよろしくお願いします」


 そして傭兵たちにも頭を下げる。

 老竜が近くにいるし、これくらい下手に出ても命令は聞いてくれるだろう。

 ……いざとなったら、また老竜の威光を借りればいいや。


 話を続ける。


「作戦はこうです。まず古竜たちは全員この里で待機、外には出しません。この集落は断崖絶壁にぐるっと囲まれていますので、敵は遺跡内の洞窟からしか入ってくることができない、いわば自然の要塞です。それを活かして、洞窟を抜けてきた混合傭兵団を里のなかで迎え撃つ――というをします」


 今、混合傭兵団は戦備を整えている最中だろう。

 両国から半分ずつ戦力を出し合い結成された混合傭兵団――さらにその半分にはうちの息がかかってるんだけどな。


「混合傭兵団が里の近くまで進軍したら、まずグリー傭兵団とシュトラ傭兵団、それとここにいる協力してくれた傭兵団だけで、古竜の里の内部に進軍します。遺跡内の洞窟はそれほど広くなく大勢を一度には進軍できませんし、威力偵察ということにすればおそらく要求は通るでしょう」


 もっとも、グリー傭兵団とシュトラ傭兵団は混合傭兵団における最大勢力なので、そうそう意見できる奴もいないだろうが。


「そして里の内部に進軍した我々は、盛大に負けたをします。ガンガン轟音や悲鳴を上げたりして、崖の向こうにいる敵の兵たちに聞こえるよう、我々が古竜にボロ負けしているという演出をするんです。上手くいけば混合傭兵団はその場で撤退……古竜の里の強靭さを両国に示し、里と国の交渉を有利に進めることができます」


 そう、ここまでが作戦の大まかな概要だ。国との交渉に持っていくためには、まず古竜の里に手出しをしてはいけないと、両国に認識させる必要がある。


「作戦の際、我々の戦力の半分くらいは敗残兵の格好をさせて里の外に出しますが、もう半分は里のなかに残ってもらって戦死扱いになります。ほとぼりが冷めるまで里のなかにいてもらうので、そのつもりでいてくださいね――」


 ――俺は笑顔で、周りの傭兵たちへの説明を終えた。

 みな呆れ顔だったり顔が青くなっていたりして、その表情は様々だ。


 

 まあいきなりでは、かなり荒唐無稽な話に聞こえるかもしれない。

 だが、それは誰も経験がないからそう感じるだけで、情報の統制さえしっかりすれば俺はイケると踏んでいる。


 突拍子がないのは、百も承知。

 だが、だがらこそこんなペテンが成功する見込みも十分あると、俺は思う。


 とにかく、ここまできたなら古竜の里の狂騒、盛大に盛り上げていきましょうか――

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