魔法使いの独白と古竜の里の狂騒

勇者一行の旅路 side魔法使い

 私の名前はリリネル・アライメント。背丈が世間一般の基準よりも多少低いことをのぞけば、おおよそ全て完璧な超一流の女魔術師よ。


 魔法学園都市において、若干十六歳にして〝大賢者〟の称号を授かった英才は、後にも先にも私だけでしょうね。


 そんなすでに一角の地位を得ている私は今回、魔王討伐のための勇者パーティの一員に選ばれた。まっ、周辺諸国を見回しても私以上の魔術師なんて存在しないし、当然と言えば当然だけど。


 はっきり言って私はそんなメンドくさい旅に出るのはイヤだったけど、成功したら魔術の研究費用を倍増すると言われれば話は別だ。

 はやく研究室に引きこもり思う存分魔術の研究をするためにも、私はとっとと魔王を倒すことにした――。


 


 旅に出ててから三年、私達勇者一行はバッタバッタと魔物をなぎ倒しながら同時に情報収集を進め、ついに、所在が分からなかった魔王の居場所を突き止めた。


 表舞台にはほとんど姿を現さず、裏から魔物を操り各国を脅かしている魔王を探し出すのは雲を掴むような話ではあったけど、幸運にも、幹部らしき魔物の口をむりやり割らせその居所を掴むことに成功した私達は、魔王に悟られぬよう慎重に彼の者が潜む場所へと歩を進めた――。

 


 魔王の元へと向かう途中、魔物や魔人による妨害はどんどん激化していった。

 段階的にどんどん敵が強くなっていくのでこっちに魔王がいると教えているようなものだと思ったけど、敵がバカなぶんには楽なのであまり気に留めなかった。


 それに、バカと言っても奴らの実力は本物。どんどん強くなっていく敵に足止めを食らったことも少なくなかった。さすが、一騎当千の精鋭のみが選ばれる旅路ね。魔王に近づくごとに、その戦いは困難を極めていった――。



 ちなみに、そういう意味ではうちのパーティの男性陣は頼りない。

 というか、戦闘に関してはあまり使えないのよね……。

 


 一人目、勇者クロス・ディライト。170cm。

 顔合わせの時、当時十二歳の時から私と同じ背丈だったこの勇者は年を経るごとにすくすくと成長、今では正面に立つと見上げなければ顔も見えない……。


 ……忌々しい。四年もの旅を経ても、私は少しも背が伸びなかったわよ……。


 戦闘能力の方はまあまあ。剣と魔法の両方が使えるからなにかと器用に立ちまわれる戦士で、勇者がいて助かったという戦闘も少なくない。あと、キレると超強い。


 まあでもやっぱりパーティだから、一芸に特化していた方が果たせる役割は大きい。戦闘では私とグレイがめちゃくちゃ戦果を上げていたので、勇者はあまり目立たなかったかもね。

 でも、勇者がいなければ困る場面も多かったというのは、本当だから。



 二人目、武闘家ディー・ハストン。200cm以上。

 こいつは一目見た時から嫌いだった。なぜなら、隣に並ぶとまるっきり私が子供にしか見えないからだ。デカブツめ……背丈をよこせ。


 だけどまあ、旅慣れていないメンバーのなか、唯一頼れる大人でもあった。

 ディーがいなければ旅のペースもかなり落ちていたはずだし、そこは感謝している……。


 こちらも戦闘に関してはまあまあ。

 戦場を前衛、後衛と縦横無尽に走り回って、オーラを纏ったその無駄にでかい身体で敵の攻撃を受け止める盾役。ディーは旅の途中にグレイについていけないということに気付いてから、この戦闘方法に切り替えた。最初体一つで敵の攻撃を受け止めにいくディーを見た時は、かなりビビったわ。何やってんのよ、コイツ……。

 

 だったらせめて簡素な鎧くらいつけたらとディーにアドバイスしたら、俺は武闘家だっ! て涙目で怒鳴ってきた。よく分かんない。

 


 その点、途中から旅路に加わった少女、グレイ・ハーネット。

 彼女だけは、最初からかなり見所があった。

 ――グレイを絶対信頼できる前衛と認識するのに、そう時間はかからなかったしね。



 私はこの三人の仲間と共に戦いを乗り越え、旅は順調に進んでいたのだが、途中思わぬハプニングが起きた。


 ――色恋沙汰である。

 やめてほしいわよ、ホントに……。

 

 めんどくさいのでいろいろと詳細は省くが、勇者とグレイがの仲がギクシャクしていて、その問題を解決するためにディーと二人でそれぞれに話を聞きに行くことになった。私はグレイ担当だ。別行動している彼女を探しに行く――。



 林の中で見つけたグレイは、夜中にも関わらず一人型稽古を行っていた。


 グレイが我流で磨き上げたというその剣術は、剣を一振りするごとに風圧によって周りの木々が揺れるほど力強く、月光に照らされたその動きは見惚れてしまうほど美しいもので――っと、そんな場合じゃなかったわね。


 歩いて近づき、こちらを振り向いたグレイに私は話しかけた。


「こんなところにいたの。こんばんはグレイ、いい月夜ね」

「ああ、リリネルか……。確かにいい月夜だね、剣が振りやすいよ」


 そう言ってまた型稽古に戻るグレイに、私はさっさと確信を突くことにした。


「グレイ、あんた勇者のことどう思ってるのよ」

「ブッフォ!!??」


 不意を突かれたのか咳きこむグレイ。この子が慌てるなんて珍しい。


「どうって、何でそんなこと、急に……」

「急じゃないわよ。あんたたちが最近ギクシャクしてるから、仕方なく相談に乗りに来てあげたの。ほら、ちゃっちゃとお姉さんに話してみなさい」


 グレイは勇者と同い年で、私より四つ下だ。グレイたちが十二歳の幼い頃から、成長する彼女らと共に旅を続けてきた。

 だから私は彼女のことを対等な仲間であると同時に、妹のようにも思っている。


 グレイはしばらく「うー……あー……」だのと頬を染めて恥ずかしげに言葉を濁していたが、観念したのかポツポツと気持ちを白状し始めた。


 いわく――。

 グレイは勇者のことを好ましく思っている。だが、それが恋愛感情かどうかはよく分からない。

 そして、そんな状態で勇者に分かりやすく好意的な態度で来られると、どう対応していいのかもよく分からない。

 それに故郷に付き合っている彼氏もいて、そいつのことを考えると頭がこんがらがってもう訳が分からなくなる、と。


 数ヵ月前その彼氏に、勇者を好きなったかもしれない、お前に会いたいという手紙も出したそうだ。返事は来てないらしい。……割と鬼畜ね、グレイ。



 ――この話を聞いた時、グレイが年相応の悩みを持っていて、不謹慎だけど私は少し安心していた。

 

 グレイは強い子だ。決して折れない。

 どんなに絶望的な状況だろうと、グレイはその小さな背中で私達を引っ張っていってしまう。その姿は頼りがいがあり、まるで物語の英雄の様なんだけど、幼い年齢に釣り合わないグレイの強さが、私はずっと心配だった。


 だから、天才である私ですら〝特別〟だと感じてしまう彼女が普通の女の子の様な悩みを抱えていることが、私はけっこう嬉しかったのだ。


 っと、私は相談に乗ってるんだったわね。ひとまず、私の考えを言おう――。



「とりあえず私は、あんたの今の彼氏には見込みがないと思うわよ」

「……エッ!?」


 だってそうでしょ。


 自分の女を取られたかもしれないっていうのに追いかけても来ないなんて、そんな男にグレイを任せられるわけないじゃない。


 そういう意味ではまだ幾分か勇者の方が見所あるわよ。少なくとも、会ったこともない男よりはよほど信用できるわ。

 あいつ、女装させたら完璧美少女のなよなよ男子だけど、やるときはやるからね。


 それに彼氏の話ならグレイから聞いたことがあるけど、グレイはその男が強くなって旅に追いつくのをずっと期待していたようだった。


 ……グレイは長い間、その男が追い付くのを待ってたっていうのに……。

 惚れた女のためなら、歯を食いしばってでも追いついて来いっての、玉無しめ。



 そういった事情で、最初はなから全面的にグレイの味方である私は、その男のことが嫌いなのだ。


 とまあ、私はそいつが嫌いなのでさんざん扱き下ろしたが、結局のところ決めるのはグレイだ。私がなにを言おうとそれは変わらない。


 でも、グレイがこれ以上悩む姿も見たくないので、私は解決法を提示することにした。


「――直感で決めたらいいわ。故郷に残してきた彼氏に悪いとか、そういうことはひとまず考えなくていいから。あんたが今好きなのはどちらなのか……それに答えを出すことでしか、この問題は解決しないわよ」


 私の言葉を受け、グレイはうつむいて考え込む。

 

「……まっ、今日明日答えを出す必要はないから。ゆっくり考えなさいな」


 私が言えるのはここまで。まあグレイなら、すぐに答えを見つけるだろう――。



 ――数日後。

「あ゛あ゛もうっ!! エルストの奴、何で返事を寄こさないっ! ざけんじゃねえあの野郎、どうなっても知らないからな!! もう悩むのはやめだッ!!」


 皆で朝食を取っている最中にグレイが急に立ち上がって叫んだ。全員そろって唖然とグレイを見上げる。


 ……どうやらようやく吹っ切れた、というか悩むのをやめたようね。


 悶々と悩み続けるのは自分の性に合わないと気付いたようだった。

 そう、その方があんたらしいわ、グレイ。




 ――その後、魔王討伐後に勇者を選んだグレイは、パーティを解散したあとも勇者と二人で旅を続けている。さらに成り上がるための旅とグレイは言っていたが、再会するなり逃げ出した元カレを探すための旅でもあると、勇者からは聞いていた。



 魔法学園都市に戻り研究三昧けんきゅうざんまいの日々を過ごしている私は、二人から送られた手紙を読みながら考える。


 ……こうなると、グレイの元カレが少しだけかわいそうね……嫌いだけど。


 エルストだっけ。もしも会うような機会があったら、愚痴くらいは聞いてやるか。


 そんなことを考えながら、私は魔術の研究に戻っていった――。

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